2019年8月15日 第33号

バンクーバーの隣組で7月26日『死に方のコツ』と題した講演会(メディアスポンサー:バンクーバー新報)が開かれ、27人が参加した。講師は横浜の慶應義塾高等学校で社会科と「死への準備教育」を教えていた高橋誠さんである。

高橋さんの「死への準備教育」の取り組みをレポートする。

 

教師時代、生徒からウルトラマンに登場する怪獣ジャミラの愛称で親しまれ、年1回「ジャミ会」で教え子たちと集っている高橋誠さん。隣組で『死に方のコツ』講演会にて

 

「死への準備教育」を始めるまでの道のり

 「大学を卒業し、九十八歳で亡くなった大村はま先生をこれまで教師のモデルと仰ぎながら、慶應義塾高等学校で社会科教育に携わってきた。大村はま先生にとって、『教える』とは何か。それは『なさいと言わずにさせること』だ、と言うのである。教えるとはどういうことを意味するのか。これほど単純かつ明快な答えはないであろう」

 高橋さんが『教育と医学』に寄稿した文章の一節である。慶應義塾の建学精神「独立自尊」の人を目標にスタートした社会科教師人生の3年目、悪戦苦闘中に大村はまの書と出会う。大村の教育理念に啓発され、以後、高橋さんは生徒一人ひとりに「自己を見つめなさい」と言わずにいかに自分を見つめさせ、人生を考えさせるかと教育現場で試行錯誤を重ねていた。

 

アルフォンス・デーケン 『死とどう向き合うか』

 高橋さんは、病名を告知することなく、がんだった父を見送ったが、その判断の是非を心の中で問い続けていた。そして大きな出会いが訪れる。1993年にNHKの特集番組『死とどう向き合うか』だった。上智大学で「死の哲学」の講義をしているアルフォンス・デーケン教授(現同大名誉教授)は番組の中で語った。「日本人は試験前には熱心に準備するが、人生最大の試練と考えられる死に対してだけは全く準備しようとせず、ほとんどの人が何の心構えもないまま死に臨んでいる」。その言葉は高橋さんの死への認識を新たにさせた。

 

エリザベス・キューブラー=ロス 『死・成長の最後の段階』

 その後、さらにもう一つの出会いがあった。精神科医エリザベス・キューブラー=ロス著『死・成長の最後の段階』である。キューブラー=ロスが300人の末期患者にインタビューを行い、明らかにしたのは死は苦しみだけではなく、人を突き動かして成長に向かわせる大きな力でもあるという逆説的な事実だった。

 また同書は、死を教えることが考える人を作る哲学教育になり、情操教育にもなり、倫理的な人を作る道徳教育にもなることを示唆していた。

 デーケン教授の言葉やキューブラー=ロスの書によって、高橋さんは死を見つめる教育が「これまでの教師人生の総決算になるのでは」という思いを強くした。そして自らが学びを深めようとデーケン教授の「生と死を考える会」に入会する。

 

家庭科という場を得て

 男子高校で家庭科が必修科目となった1996年、家庭科で何を教えるべきかと検討会が持たれた際、高橋さんは「死への準備教育」を提案。そして退職までの13年間、高校1年生全18クラス、合計約1万人に「死への準備教育」を教えた。それは、独立自尊の人になりなさいと言わずに、独立自尊にさせる一つの試みだった。

 その傍ら、さらに高橋さんはカナダ・オンタリオ州キングスカレッジの「死と死別の教育センター」へ短期留学、英国のホスピス・ツアー、キューブー=ロスとの面会をはじめ、数々の体験学習やインタビューを経験。その学びを国内外の講演会で一般の人たちと共有し、慶應大学看護医療学部他で特別授業を受け持ってきた。

 高橋さんに話を聞いた。

 

「死への準備教育」の目的——

 アメリカの著述家ウィル・デューラントは「大きな苦しみを受けた人は、恨むようになるか、優しくなるかのどちらかである」、つまり私たちは苦しみを通して恨む人にも優しい人にもなれると言っています。「死への存在」である人間は、いつかは愛する身近な人の死と自分自身の死に直面せざるを得ません。その時、苦しみにどう対処すべきか。生徒たちが死をネガティブなものと受け取るだけでなく、ポジティブに挑戦し、人間的に成長していくことを「死への準備教育」の目的としていました。

 

さらなる意義——

 主治医として400人の患者を看取り、『安らかな死を支える』他の著書のある柏木哲夫先生は「誕生日に死を語り、結婚記念日にがん告知を語ろう」と勧め、子どもたちへの「死への準備教育」を提唱されていますが、その理由を本人に尋ねた時、「学校でイジメがなくなります!」と即答されました。キューブラー=ロスが言うように、人間はお互いに死ぬ存在であることを本当に知ったならば、お互いに限られた、与えられた命を慈しむことこそすれ、人を侮蔑したり、いじめることはできないはずです。その意味において、「死への準備教育」の実践は、私にとっては人間と社会とを変革する運動なのです。

 

高校生に生と死を見つめさせる実際の取り組み——

 アルフォンス・デーケン先生が「死への準備教育」は、知識、感情、価値観、技術の4つのレベルで行う必要があると説いています。そのため、授業では資料を読んで考えさせるだけの知的学習に留まらず、体験学習も取り入れる工夫もしました。

 「死への準備教育」の最初の授業で、開口一番、「諸君も死ぬ、私も死ぬ。それでは死に方のコツを学ぼう」と、高校1年生に語り、自己紹介を兼ねたウルトラマンの映画『地球は故郷』を上映。のっけからセンセイ攻撃・セイトー防衛は、死という重いテーマを扱う時のジャミラ流の目眩まし術です。(*怪獣ジャミラは高橋さんの愛称)

 大きな苦しみを受けたジャミラは人を恨むようになりますが、優しくなる道を考えたいと呼びかけます。また、ジャミラの墓石には生年・没年と墓碑銘「人類の夢と科学の発展のために死んだ戦士の魂、ここに眠る」が刻まれています。そこで上映後の「自分の墓作り」では、墓をデザインし、没年を考えることで何歳まで生きたいかをイメージさせ、墓碑銘を考えることで生まれてきたことの存在理由について思い巡らす時にするのです。

 知的学習だけではなく、選択科目の「生・老・病・死」を体験学習する産院、ケア・センター、病院、ホスピスの「実の場」での実習も取り入れました。核家族の中で、元気な両親とだけ暮らす高校生は、高齢者の姿やにおいに接して、大きな衝撃を受けたようです。

 

高校生の反応——

 「死はそこですべてが終わってしまうことだと思っていたが、実は『死=生きることの意味を知る』ことだと思うようになった」「今までのイメージは暗くて怖い、そして苦しいものだというのが強かったが、授業を受けて死は生と同じで大切なもので、自然体にかえるというイメージが強くなった」「ホスピスおよび訪問看護体験で痛感したのは、末期になってから死について考えるのは遅いということである。死を目前にした時、それを正視できるかできないかは、それまでの生き様による訳であり、その生き様はどれくらい死を意識して生きたかによるのではないか」などと生徒たちは感想を書いています。

 また最終授業が終了した時、黙ったまま、立ち上がって私の方に向かって進み出てきて、教卓の前で立ち止まったかと思うと、一礼をしただけで立ち去っていった一人の生徒のことが印象的でした。

 

高橋さんにとっての死をテーマとした活動の究極の目的——

 「死への準備教育」の究極の目的は、『引導を渡せる人となれ』です。これは比企寿美子著『引導をわたせる医者となれ』からの借り物ですが、その本には著者の祖父である三宅速と医学部に進学したばかりの速の長男(著者の父)とのエピソードが書かれています。

 長男は速に「お父さん、私はどんな医者になったらよいのでしょうか」と問います。速は「引導医者になることだ。患者さんやその家族に“この人に脈をとってもらって死にたい”といまわの際に呼ばれるような医者になれ」と答えました。「そう言ってもらうためには、あらゆる書を読んで己のものとし、良かれと思ったことは十分になす。自らの心も養わねばならぬ。患者さんが治療に未練を残さず、その手当てに満足しながら、あの世へ行けるよう引導をわたすには、恕して(心を込めて)治療に当たらねばならん。難しいぞ」と、言ったのです。

 果たしてこのようにすれば引導をわたせる医者になれるでしょうか。

 

隣組での講演内容のレポートは、来月以降掲載予定です。

 

高橋誠さん プロフィール
1944年生まれ。慶應義塾大学大学院社会学科修士修了後、慶應義塾高等学校で社会科教諭として教壇に立つ。1996〜2009年同高校で『死への準備教育』を実践、同テーマで一般向けに40回近い講演会を行う。2019年1月、がん患者を対象に、高橋さんの自宅でモーツァルトを聴き、死に関する蔵書や絵本に触れ、白衣を脱いだ医師と個人面談のできる「モーツァルト記念がん哲学カフェin MSA横浜」を開く。生涯でやりきりたいことは、愛してやまないモーツァルトの音楽の秘密を解明すること、「モーツァルトにおける生と死」をまとめること。

(取材 平野香利)

 

賢者たちの言葉を引用しつつ、死について語る高橋誠さんと傍らで見守る須賀子さん

 

 

今週の主な紙面
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