2019年8月8日 第32号
7月6日、ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー市内の日系人合同教会で、日本カナダ商工会議所主催により、ジャズハーピスト、古佐小基史さんのコンサートと講演会が開かれ、約100人が参加した(メディアスポンサー:バンクーバー新報)。 曲の解説やハープの構造を説明しながらの演奏に続き、音楽や自然界との関係を交えて語った体と健康の話。カリフォルニアの大地で自給自足を試みながら演奏活動をする古佐小さんから、感動と豊かな気持ちを受け取った人も多いのではないだろうか。
ジャズハーピスト、古佐小基史さん
ハープの魅力と可能性
一曲目は『On the way home』。さわやかな中に、少しセンチメンタルな旋律が会場に広がる。もともとジャズギタリストだった古佐小さんは、軽やかなアルべジオの指さばきで、ブルース、バラード、クラシック調からサウンドボードを叩くフラメンコ風ほか、ジミー・ヘンドリックスの『Little Wing』も披露。また、7つのペダルを使ってピッチを変え、ブルースを演奏する特殊な奏法、ドレミファソラシドから西洋音楽で最も重要なドとソを省くと和風の音階になるなど、ハープの構造と音楽の仕組みを説明した。「音楽は文化をよく反映していると思います」と話す。 美しい楽器を自由に操り、オリジナル曲や即興演奏でハープの魅力と可能性をふんだんに披露すると、会場いっぱいに拍手が広がった。
音楽と体と健康
古佐小さんは東京大学医学部を卒業後、同大学付属病院精神神経科に1年勤務したあと渡米。現在、カリフォルニア州で自給自足に近い生活をしながら音楽活動をしている。後半では、音楽と健康について講演した(以下、講演より抜粋)。
心の食べ物にあたる『印象』
人間の体というのは、閉じられた小さなひとつの環境です。体という閉じられた生態系の健康には、大きく2つのことが関わっています。まず、水を飲んだり物を食べたり空気を吸ったりというのは、外の環境から物質を取り入れることです。そして不要になった二酸化炭素を吐き出したり、便を出したりします。きれいな空気や栄養価の高い食べ物が健康に良いというのは、当たり前のことです。このほかにも外から取り入れるものに、印象(Impression)があります。
印象というのは、五感(5Senses)を通じて入ってくるものです。触ったり、匂いを嗅いだり、味わったり、見たり、聞いたりして、印象が体の中に入ってきます。物を食べるときには物質を介して栄養を摂取すると同時に、味や歯ごたえなど、五感によって印象が体の中に入ってきます。物質も印象も、どちらも同じく大切です。
音楽が脳の食べ物だとすると
体の食べ物が空気や水、食料だとすると、心の食べ物にあたるのが印象です。ハープ音楽というのは弦が振動する物理的な印象ですが、それを音として五感で取り入れると、心の中では感動したり、楽しくなったり悲しくなったり、精神的な体験をします。心の健康は、体の健康に影響を及ぼします。音楽が心の食べ物だとすると、音楽が心・体の健康に影響を及ぼす可能性があります。
脳は体の一番大切な臓器で、脳がないとその人の意識もありません。音楽が脳の食べ物だとすると、印象はすべて脳に入りますので大事です。たとえば、舞台の上には花と飾りのついた美しいハープがあり、それを綺麗に着飾った皆さんが聴いています。もし花も飾りもなく、みんなが同じグレーの服を着ているところで音楽を奏でたとしたら、ここでの体験は全く異なったものになるでしょう。
印象を取り入れる努力
印象に関してむずかしいところは、受け取り手が頑張って受け取らなければならないことです。
もし寝たきりになって食べられなくなっても、経管栄養で体を生かすことはできます。でも印象を受け取るには努力が必要です。たとえば美しい絵があったとき、その印象を取り入れるためには意識的に見ようとしなければなりません。音楽を聴いているときに、「今晩何食べようかな」などと考えていると、せっかくの音楽の印象を逃してしまいます。いいワインでも、一気に飲んでしまったら意味がありません。匂いを嗅いで味わいながら、その瞬間を楽しむことでその価値が分かるのです。同じ対象に向き合っていても、受け取り手の意識によって手に入る印象の質は全く変わってきます。
自分の反応を観察する
五感というもののほかに、もうひとつ大事な感覚というものがあります。それは、自分自身を、どこかで観察している自分がいるという感覚です。たとえば、私は今こんなことを感じているとか、友達にひどいことを言ってしまったと、第三者的に冷静に見ている別の「自分」がいます。この「自分」は思考とか感情ではなく、宗教などで言うと「魂」というようなものなのでしょう。印象を取り入れることに加えて、この「自分」の視点からそれに反応している自分自身を観察すると、さらにその印象が深く入ってくるわけです。
自分をモニタリング
うちのファームでは鶏30羽、ヤギ7匹、豚2匹を飼っています。これらの動物を観察していると、食べられるもの、食べられないものを判断し、必要に応じてハーブを食べたりもします。彼らは自然に近いところで暮らしているため、自分をモニターする力がフルに働いているわけですね。
現代の健康問題というのは、自分自身の中で何が起きているのかわからないことにその大きな原因があると思います。調子が悪いとすぐに医者に診てもらいます。しかし、体には血管や神経がめぐらされていて、どんな精密な検査機器よりもはるかに高い精度で自分の状態がモニターできるようになっているのです。この持って生まれた自己モニタリングの能力が、現代ではかなり落ちていると思います。だからこそ、五感を研ぎすまして印象を取り入れて、印象に対して心身ががどう反応しているかを知ろうとすることは、健康に向かう大切なステップだと思います。たとえば、これをしたらストレスが溜まりそうだと思っていても、ついやってしまう。二日酔いになるとわかっていても飲んでしまう。こういうことに気付けないならば、何も変えられないのです。
人間はこの惑星で進化した動物ですから、自分でモニタリングして、必要なものや必要でないものを見極め、自分のおかしいところを治す力を持っています。意識的に印象を取り入れて、自分がどう反応しているかを観察して、自分にとってより良いものを選択していくということを積み上げていけば、健康にもっと近づいていくのではないかと思います。
古佐小 基史(こさこ もとし):1971年、愛媛県松山市に生まれる。3歳からピアノを始め、愛光中学、高校では柔道部に所属。またエレキギターを演奏してロックバンドで活躍する。
東京大学医学部在学中はジャズ研究会に所属し、スイングジャーナル誌で「最も注目すべき若手ジャズギタリスト」として紹介される。卒業後、同大学付属病院精神神経科に1年間勤務したが満足感が得られず、人生をやり直そうと1997年に渡米。渡米後にジャズ・ギタリストとしての限界を感じてクラシックギターに専念している1999年にハープに出合い、ほとんど独学で演奏技術を習得し、カリフォルニア州サクラメント周辺のアマチュアオーケストラでハープを弾く。
2005年よりストックトン交響楽団に入り、翌2006年のシーズンからは主席奏者に抜擢される。2002年と2003年にクラシックのソロCD『Celestial Harp』『Celestial Harp Ⅱ』をリリース。ジャズ・ギタリストの経験と知識をハープ演奏に活かしてライブ活動を開始。
2007年8月、Lyon-Healy Jazz & Pop Harp Competition において、日本人としては初めてペダルハープ部門で二位に入賞する。アドリブの技術が高く評価され、アメリカのハープ専門誌「ハープコラム」では「ジャズピアニストのキース・ジャレットを思わせる内省的なアドリブで特筆に価する」との評価を受ける。
2008年にベース、ドラムスを加えたハープトリオで、全曲オリジナルのジャズCD"Naked Wonder"をリリース。各地で精力的に活動している。カリフォルニア州サクラメント在住。
(取材 ルイーズ阿久沢)
もともとジャズギタリストだった古佐小さんは、軽やかなアルぺジオの指さばきでハープを奏でる
ハープの構造と音楽の仕組みを説明
英語と日本語で講演した古佐小基史さん
(左から)ハーピストの大竹美弥さん、ジャズハーピスト、古佐小基史さん、大竹加代さん(日本カナダ商工会議所理事)、サミー高橋さん(日本カナダ商工会議所会長代行)