2019年8月22日 第34号
カナダにおける日本語教育の振興を目的とするカナダ日本語教育振興会(CAJLE)の2019年度年次大会が 8月6日、7日の二日間にわたりブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア大学において開催された。今年のテーマは、「表現リテラシー:コミュニケーションから考える多文化社会の日本語教育」として、カナダ、日本各地から120名あまりの日本語教育者が集まり研究発表、意見交換が行われた。大会は毎年カナダ東部と西部で順番に行われるが、今年は西海岸での開催ということで日本からの参加者も多いとのこと。
大会参加者全員での記念写真
平田オリザ氏による基調講演
大会は劇作家、演出家、劇団「青年団」主宰者の平田オリザ氏による基調講演で開始。「演劇的手法を使ったコミュニケーション教育の進展」というタイトルで、昨今必要性が叫ばれているコミュニケーション教育になぜ演劇が有効なのかを実例と理論の両方から考察。平田氏は2006年にビクトリア大学で客員教授として太平洋アジア学科と演劇学科で教鞭をとった歴史があり、野呂博子ビクトリア大学教授の招待で再度来加となった。平田氏は年間30〜40校の小中学校を回り、演劇を取り入れた国語の授業をしている。
基調講演の中で平田氏は「演劇を授業に取り入れると生徒の授業への参加率がぐっと高まる。教師陣は教えすぎないで子供たちの中から表現が出てくるのを待つ勇気が必要」と話した。国際社会においては各文化のコンテクストのずれから来る多様性を顕在化させることの必要性を説き、「日本は『わかり合う・察しあう文化』の「会話」がほとんどだが、これからの多様な国際社会においては『説明し合う文化』である「対話」に切り替えていく必要がある」と世界各国、また多くの小中学校を巡った際の経験談を交えて話し、会場は何度も笑いに包まれていた。
日本語教育者同士の交流の機会
カナダ日本語教育振興会は1983年にトロントで発足。大学、高校、継承語学校の日本語教育者が会員で、その多くは大学教授だが、今回の年次大会の実行委員であるビクトリア大学の木村美香教授は「ビクトリアには日本語幼稚園もできたので、これを機会に多くの日本語学校・団体との繋がりを深めていきたい」と話した。
また木村教授は「日本語教育は教える場所によって求められるものや教え方も変わってくる。日本では日本語教育となると外国人に日本語を教えることがほとんどだが、カナダになると継承語として日本人子女に日本語を教えるという状況が多い」と話した。
基調講演の後は日本語教師陣による研究発表が行われ、「地域住民による外国人児童生徒の支援の意義と可能性」「多文化理解授業のための演劇作成の可能性」など、様々なトピックで日本語教育、コミュニケーションに関してのプレゼンテーションが行われた。
またカナダアルバータ州アルバータ大学高円宮日本語教育・研究センターより、将来の日本語教育を担う大学院生を支援するという目的で設置された大学院生アブストラクト賞の発表も行われ、米国インディアナ州パデュー大学の武内舞さんが、「Teaching Japanese gendered language: Effects of pragmatic—focused instruction 」で最優秀賞に選ばれ、大阪大学の野瀬由季子さん、早稲田大学の守屋亮さんが「教室内でのインタラクションに於ける学習者感情の多元的分析—ビネット調査を通した多様な学習者の感情資本に着目して—」で優秀賞に選ばれた。
6日夜にはビクトリア大学内のユニバーシティ・クラブで懇親会が開催され、ビクトリア大学のCAPI(アジア太平洋イニシアチブセンター)ディレクターのビクター・V・ラムラジ氏が「CAJLEもCAPIも共に30周年を迎え、カナダとアジアを繋ぐ団体という意味では双子のようなもの。一緒に祝えることを大変うれしく思う」と挨拶した。
7日も引き続き口頭での研究発表が続けられるとともに、ポスターによる研究発表も行われ、24のグループで様々な研究を発表。中でもCAJLEとヨーロッパ教師会のGN(Global Network)プロジェクトではこれまで当たり前に捉えられてきた単言語話者や母語話者を中心とした一元的な言語間に疑問を投げかけ、多様な日本語や言語活動に対する柔軟な理解を育成、促進するため制作されたウェブサイト「セカイの日本語〜みんなの声〜」にて多様な日本語話者とのインタビューを紹介、ワークショップなども設けている。
演劇的手法を取り入れた授業のワークショップ
大会最後のセッションでは平田氏による教師研修が行われた。野呂博子教授は冒頭の挨拶で「会話を教えるクラスで、生徒は皆会話を習いたい、ぺらぺらになりたいというが、実際に授業をやってみるとおしゃべりな生徒は授業中話しているが、本当に話すべき生徒は話さないという、多くの教師に共通するジレンマを抱えていた。そんな際に青年団の『東京ノート』という作品を拝見して、これは普通の東京の人が話している日本語だと大変ショックを受け、なんとかこの演劇を教材に使えないかとお願いした」と、平田氏の演劇を日本語の授業に使用したきっかけを説明。また「平田先生が客演教授でお見えになった際授業に参加したが、人の書いたものを演じることの難しさを実感した。若い人は難なくやっている」と語った。
その後、平田氏が実際に行っているワークショップを大会参加者の前で実践。18名のボランティアを教室の前に招き、様々なゲームやアクティビティを紹介。あるアクティビティでは「行ってみたい国」をもとにグループを作成、その国に対して浮かぶイメージについてディスカッションを行った。この日はベルギーを例にとり、日本人がベルギーと聞いて思い浮かべるイメージはチョコレート、ビール、ワッフル等だが、ベルギー人に自国のイメージを聞くと第1位はフライドポテトで、自己のイメージと他者から見たイメージにずれがあることを指摘。演劇を授業に取り入れることで、学生自身が潜在的に持っているコミュニケーション能力をどんな場面でも発揮できるようにするのが教員の役割であると説明。
イメージの共有
別のアクティビティでは二人一組になり、ボールなしでキャッチボールのふりをした場合と、実際にボールを使ってキャッチボールをした際に起こる体の動きの違いを観察し、「イメージの共有」について語った。平田氏は演劇というコミュニケーションにおいて、イメージしにくいものとしやすいものがあると話し、イメージしやすいものの例として長縄跳びのふりを実演。観客が想像する目に見えない縄跳びが演劇を支えている原理と語り、キャッチボールに比べて縄跳びの方がイメージしやすい理由を考えた。キャッチボールは経験に差があるが、縄跳びはほとんどの人に経験がある。文化や経験や歴史など様々なものを共有していないとイメージの共有ができず、これは表現と密接に結びついていると話した。コンテクストを理解することは語学教育に非常に重要であると説き、大会は盛況のうちに閉会した。
2020年度の大会はオタワで開催される。
(取材 ピアレスゆかり)
基調講演をする平田オリザ氏
優秀賞を受賞した守屋亮さん(左)と野瀬由季子さん(右)
懇親会にて、左から野呂博子教授、コーディ・ポルトン教授、 平田オリザさん
懇親会参加者のみなさん、左から 白川理恵講師、岩崎ゆかりさん、掘内まさきさん、米本和宏助教授
ポスター発表の様子
キャッチボールの真似をするワークショップ参加者たち
ワークショップの様子