2019年3月28日 第13号

日本とカナダで薬剤師の資格を取得し、現在はサンシャインコーストのドラッグストアに勤める佐藤厚さん。弊紙で2012年から連載しているコラム「お薬の時間ですよ」では、薬に関する基礎知識から気になる健康問題まで、豊富な知識を元にわかりやすく説明しており、毎回楽しみにしている読者も多い。仕事や家庭、コミュニティーとの関わりにも熱心に取り組む佐藤さんの人柄に迫るロングインタビュー!

 

佐藤厚さん(中央)とジーン君(左・7歳)、アリちゃん(右・4歳)。インタビューの間も静かに遊んで待っていてくれました

 

薬剤師になろうと思ったきっかけは?

 少年期を過ごした昭和の終わりから平成の新潟の田舎では、3世代同居世帯の祖父母が1つや2つの薬を服用しているのは当たり前でしたし、父や姉も継続的な薬の服用が必要な病気を抱えていましたから、常に「薬」が身近にある環境でした。 私の母は薬剤師ではありませんが、町で1つの病院の薬局に長年勤めていましたので、薬や薬剤師の仕事についての話を聞くうちに興味を持つようになりました。

 

日本で大学まで卒業しましたね。

 保育園から大学院まですべて日本です。高校は野球漫画「ドカベン」で有名な新潟明訓高校。薬学部を志望しているのに理系教科の成績は目も当てられないようなひどいもので、1年間の浪人生活を送りました。当時通った予備校では、講師の方に勉強方法を習っただけでなく、「難しい内容を分かりやすく説明するコツ」を教えていただいたように思います。これが今、薬剤師として一般の方に薬のことを説明したり、本紙のコラムを書く時にとても役に立っていると感じます。

 

カナダに来るきっかけは?

 1980年代の新潟の親にしては少し進んだ考えを持っていた母に、小学生の頃から「これからは英語は話せて当たり前の時代になるのだから、英語の勉強を頑張りなさい」と言われてきました。とはいえ、その頃から英会話学校に行ったわけではなく、大体、吉田町(市町村合併により現在は燕市)あたりに、そんなオシャレなものはありませんでした。中学生の時、大学時代にオーストラリアを自転車で旅行したという国語の先生に出会い、身近で海外に出ている人がいると知って大きな衝撃を受けました。さらに、東京にある星薬科大学に進んだ1990年代後半には、北米では薬剤師が処方箋の通りに薬を揃えるだけでなく、積極的に患者さんの薬の管理に携わるファーマシューティカル・ケアの概念に基づいて仕事をしており、日本の薬剤師もそれに追いつかなければならないという話を何度となく聞かされました。

 こうなると、一度くらい外国に行かずにはいられません。そして、1998年3月にバンクーバーに来ました。語学学校で2週間英語を学ぶという、ありがちな短期滞在でしたが、右側通行の車や街に漂うコーヒーの香り、ケーブルがたまに外れるのは当たり前のダウンタウンを走る電気バスなど、全てが新鮮でした。特に、スキーに行ったグラウスマウンテンから見下ろしたバンクーバーの夜景は本当に感動的で、いつかまたカナダへ戻ってきたいと思いました。

 大学院の修士課程を修了した後、サスカチワン州で約1年間のファーマシーテクニシャンプログラムを取り、カナダの薬局システムに関する基本的な内容を学びました。プログラム修了後もカナダにいたいと思いましたが、ファーマシーテクニシャンとしては永住権はおろか、仕事も見つかりません。長期にわたってカナダで生活するためには薬剤師になるしか方法がありませんでした。(ファーマシーテクニシャン:薬剤師の補助的な仕事をするスタッフ)

 

カナダの薬剤師免許取得プロセスは?

 専門的な内容に関する複数の筆記試験と実地試験、そして英語の試験がありました。頭の出来は良い方ではなく、また要領も悪いので、何度も不合格となりました。最も苦労したのは実地試験、つまりカナダ式の服薬指導や問題解決の形を習得することでした。服薬指導は、日本とカナダの薬局・薬剤師に共通する仕事ですが、細かいところで内容に違いがあります。日本の実家で一人で勉強している私にそれを教えてくれる人はいません。カナダの薬局でアシスタントとして働きながら、薬剤師の会話に聞き耳を立てていれば、習うよりも慣れることができたかもしれませんが、ビザの関係でそのようなこともできませんでした。カナダでは国家試験に受験回数の制限が定められており、その最終回までもつれ込んだ私は、ブリティッシュ・コロンビア大学の外国人薬剤師向けのブリッジングプログラム(Canadian Pharmacy Practice Program)で約半年間勉強して、最後の挑戦に備えました。2007年末に晴れて全ての試験に合格することができましたが、この時すでに30歳でした。

 

専門用語なども全て英語ですね。

 薬にまつわる専門用語は勉強しているうちに慣れていきました。英語で覚え直すというのは大変な作業に聞こえますが、ひと通り日本語で知識のある内容について分野を限定して英語で勉強するのは、それほど大変ではありません。一方、英語力を証明するためにIELTS(International English Language Testing System)という試験を選びましたが、こちらの方がより幅広い分野の話題が取り上げられていて非常に苦労しました。IELTSに集中して勉強していた頃は、周りにほとんど話し相手がいない状態でしたから、スピーキングのスコアを上げるのは特に苦労しました。

 

薬剤師という仕事は好きですか?

 はい。専門知識をもとに、円滑に患者さんとのコミュニケーションを図り、健康の増進に寄与することが目標ですが、頑張ったら患者さんに「Thank you!」と言ってもらえることがうれしいです。また、私が薬局で担当するトラベルクリニックで、お客様からいろいろな旅行計画を聞くのも楽しいことで、旅慣れた人からお勧めの場所を聞くと家族旅行の目的地リストに加えています。

 

日本とカナダの薬剤師の違いは?

 現在では、薬を取り揃えて服薬指導を行うという薬剤師の基本的な仕事は、日本もカナダも変わりません。しかし、薬剤師による予防接種や処方箋の延長を始めとして、カナダの薬剤師の方が、仕事の幅が広いと感じることは多々あります。

 

薬剤師の仕事の中で大変なことは?

 常連の患者さんの訃報を聞くことです。もう10年も同じ薬局で仕事をしていますから、患者さんによっては非常に長いお付き合いをさせていただいています。しかし、誰もが年をとっていきますから、親しく接して下さった患者さんが亡くなったと聞くと、とても残念な気持ちになります。また、正しい知識を持っていただくことの難しさは、最近特に感じます。インターネットの影響で、いろいろな知識や信念を持つお客様とやり取りするのは何かと大変です。

 

今のお住まいについて

 2007年秋に、薬局実習をしていたバーナビーのロンドンドラッグスで人事担当の方から、サンシャインコーストの店舗でのフルタイムポジションのお話をいただきました。その後、試験に合格したので、2008年に現在のロンドンドラッグスで仕事を始め今に至ります。2009年には永住権を取得することができました。

 ウエストバンクーバーからフェリーで40分という便利なところに位置していますが、海と山という自然に囲まれた良いところだと思います。毎日のように鹿が家の前を歩いていることにも、最近はビックリしなくなりました。小さなコミュニティーなので子育てにも向いています。子供が学校などに行くようになって親同士のネットワークが広がり、友人が増えました。また、夏にはキャンプ、冬にはクロスカントリースキーといったアクティビティーを楽しんでいます。いま、子供たちが習っているピアノとバイオリンを一緒に練習して、コミュニケーションを取るようにしています。私自身は今までバイオリンを触ったこともなかったのですが(笑)。今更イケメンにはなれませんので、最近日本でも増えているというイクメン(積極的に育児に関わる男性)で頑張ろうと思います。

 

「お薬の時間ですよ」に関して読者からの反応は?

 とにかく自由に書かせていただいており、ありがたい限りです。内容に注文をつけられたことは一度もありませんが、編集部を通して読者の方からのリクエストや感想をいただいたこともほとんどありません。孤独感もありますが、その代わりに好き勝手に話題を選んで書いています。昨年のセミナーで、何人かの方から「いつも楽しく読んでいます」と言われてうれしかったです。毎月1回という亀のようなスピードですが、これからも休まずに続けていければと思っています。

 

コラムのネタに困ることはありませんか?

 幸いにもありません(笑)。新しい薬がコラムのネタになりそうかどうかチェックはしていますが、それ以上に社会的に現在進行形で起こっているトピックに焦点を当てるようにしています。昨年は嗜好用大麻の解禁があり、より最近では日本の芸能人の堀ちえみさんが舌がんを発表して大きな話題になりましたが、いずれも薬とのつながりがあります。このようなニュースを分析して、薬剤師的な視点で文章をまとめていると、まだまだ話題は尽きそうにありません。

 

今後の計画や抱負を。

 2017年11月に東京で開かれたグローバルヘルス合同大会という学会で、邦人医療支援ネットワークJAMSNET(Japanese Medical Support Network)のことを知り、バンクーバーを中心にセミナーの企画・講演をさせていただいています。それ以外にも、昨年は日加ヘルス協会やコスモスセミナーでも薬のお話をさせていただきました。今年4月に隣組で「大麻」に関するセミナーが決まっています。日本で生まれ育った薬剤師として、日本人の肌感覚を理解できることを生かし、枠に捉われることなく幅広く日系コミュニティーに貢献できれば幸いです。医療というと高齢者のものという印象を抱く方が多いのですが、海外での生活においては、文化の違いを含めた若い世代に向けた話題も重要であると認識しています。セミナーや本紙のコラムを通じて、老若男女の薬の疑問に全てお答えできるような活動ができればと考えています。

 「お薬の時間ですよ」は好評連載中。ご感想、ご意見を編集部までぜひお寄せ下さい!

(取材 大島多紀子)

 

 

職場にて(写真提供 佐藤厚さん)

 

職場の同僚たちと(写真提供 佐藤厚さん)

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。