2019年1月1日 第1号
日本についての発信を続けていきたい
エアカナダのアジア担当セールスマネージャーとしてカナダと日本、カナダ国内を飛び回るマーク橋本さんは、日本語と英語を流暢に話す日系2世。オンタリオ州トロントで生まれ育ったというが、きめ細やかな応対と所作は、いったいどこから得たものだろうか。その答えは京都での修行時代にあるという。
マーク橋本さん(撮影 ルイーズ阿久沢)
家庭は日本語環境
マークさんの父、橋本昌樹さんは日本の懐石料理店で研鑽を積んだあと、夫婦でカナダ・オンタリオ州に移住。その数年後にマークさんが生まれた。
「共働きだった両親は僕を預けて仕事に行ってました。知り合いに部屋を貸していたので家の中は日本語であふれ、僕と弟はそのお兄ちゃん、お姉ちゃんたちと日本のビデオを見たり音楽を聴いたりして育ちました」
弟さんとはお互いにカナダ生まれだが、現在も日本語で会話し、テキストメッセージも日本語でやり取りする完全バイリンガル。
「日本語学校には8歳から通いました。でも義務教育のフランス語は僕にとって大変で、今でも挨拶程度で恥ずかしいものです」と笑う。
懐石レストラン
両親はトロント郊外でのケータリング業を経て、1999年に懐石レストランをオープン。マークさんは学校が終わると店に行き、白いシャツに蝶ネクタイの制服を着て料理を運び、父から聞いた料理の内容を英語で説明した。弟さんは調理場で父の手伝いと洗い物。
「僕はそのとき懐石とは何なのかもわからず、とりあえず親から聞いたことをそのまま英語に訳して説明していました」
当時は日本食というとまずは寿司。それも食べ放題の店がたくさんあった。そんな中、この懐石料理の店には寿司はなく、一見シンプルな料理が8品。ほかの店ではひとり50ドルもあれば食事ができるところを、ひとりあたり80ドルから100ドルかかるような店だった。
「それを理解し、その価値をわかっていただけるお客さまを探すのが大変でした」 あるとき昌樹さんと京都へ買出しに行く機会があり、改めて父の存在感の大きさを知った。同時に、外国人にもっと日本の本当の文化や伝統を、自分の体験した言葉で伝えたいと思うようになった。
「父の知り合いに相談したところ、京都の老舗旅館『柊家旅館』を紹介していただけることになりました。大学卒業を機に、自分の新たなチャレンジに向かって京都へ行くことが決まったのです」
旅館での修行
2009年春から京都での生活が始まった。最高のおもてなしを勉強できると聞き住み込んだ旅館で女将さんはよくしてくれたものの、まわりのスタッフとわかり合えるまでは挑戦の毎日だった。それに気づいた親方から「今は辛抱して、言われたことを一生懸命やっていれば認めてもらえるから」と言われた言葉を心の支えに、今までの自分のプライドや経験をいったんおいて新しい自分を作り上げようと思った。
修行は洗い場から始まり、風呂掃除、下足番、館内設備、フロントへと回った。『石の上にも3年』を胸に言われたとおりにし、それ以上のことをするように努めた。半年くらいして、厳しいことを言う先輩から話しかけられ、周りのスタッフも笑顔で接してくれるようになった。
「代々経営されている家業によそ者が入ってきたわけです。家業が長年続けてきたことをそう簡単に他人には教えない。認められた者だけが、その看板と責任を背負っていく。そのとき、カナダで試行錯誤しながらお店を続け、家族のみで経営している父の気持ちがよくわかりました」
日本の文化や伝統
作法や道具の扱い、畳の上での所作はお茶の文化からきているものと感じ、外国人用の茶道体験コースに入った。ところが本格的に学ばないかと先生に勧められ、裏千家に入門。
「お点前だけでなく花、書、道具、礼法までさまざまな分野が関わり、ものすごく奥深い世界と知りました。今まで家で教わってきたことや本やテレビで見たことを間近で体験し、ここが僕の来る場所であったと感じました」
習い事は茶道、華道、書道、礼法、合気道、剣道。ほかに京都メンズ着物クラブ、ロータリーの青年会ROTARACTの委員、神輿青年会委員で祇園祭をはじめさまざまなお神輿行事に参加。下賀茂神社の『流し雛』の行事ではお内裏さま役に抜擢されるなど、普通ではできないことを体験。3年間を有効に使った。
「京都をとことん感じ、知りたいという気持ちから生まれた出会いとご縁。自分の人生の土台を作り上げた3年間と感じています」
日本を紹介すること
現在、エアカナダでアジア担当セールスマネージャーとしてマーケティングを担当しているが、実はCA(キャビン・アテンダント客室乗務員)になりたかったのだという。始めはコールセンターで日英のバイリンガルとして採用され、その後CA募集があったときにマネージャーに相談すると「君はセールスの方へ行くべきだ」と言われた。
入社2年後にセールスに移り、翌年には日本のマーケティング担当になった。主な仕事内容はエアカナダの存在をより多くの日本人に紹介し、利用してもらうこと。そのためにイベントに出展することも多く、以前カナダのテレビ番組で司会をしていた経験から、イベントでマイクを握ることもある。日系コミュニティーのイベントにも積極的に参加して支援をしている。
「京都で働いた経験を生かして日本を宣伝することは私の特技なので、それが一番のやりがいだと思っています。そのほか、まだ外国で知られていない日本のエリアも紹介したいです」
日系カナダ人として
トロントをベースに仕事で国内外を飛びまわる毎日。
「日系カナダ人として日本の恵みを国外から見て感じているので、それをできるだけ多くの日本人に気づいてもらい、若い人には将来の日本のために伝統や文化、和の芸術に興味を持っていただきたいと思っています」
ふたりの息子は自分が育った環境のように、日本語や日本文化に触れる子育てを心がけている。
「カナダの航空会社で働く日系カナダ人として日本とカナダを結ぶことを第一に、これからも日本についての発信を続けていきたいと思っています」と抱負を語った。
(取材 ルイーズ阿久沢 / 写真提供 マーク橋本さん)
京都の老舗旅館『柊家(ひいらぎや)』で修行
家族写真は旅行雑誌『Conde Nast Traveler』英国版で『懐石遊膳橋本』が紹介されたときのもの。(左から)弟の圭さん、父の昌樹さん、母の幸子さん、マークさん、妻の奈々子さん。両親が経営する『懐石遊膳橋本』は2010年に昌樹さんが内装を手がけ、トロントの日系会館の一角に移転。日本と現地の食材を使う高級懐石料理店
京都では京都メンズ着物クラブに所属。 芸子さん、舞妓さんと。左隣は妻の奈々子さん
下賀茂神社の『流し雛』の行事ではお内裏さま役に抜擢された。後方は妻の奈々子さん
羽鳥隆在バンクーバー日本国総領事とマーク橋本さん