多くの日系団体の協力で実現した講演会

今回のイベントには、日本カナダ商工会議所、バンクーバービジネス懇話会、日系女性起業家協会、そして日加ヘルスケア協会が共催、BC州日加協会が協力、在バンクーバー日本国総領事館が後援というかたちで参加しており、いわば日系コミュニティの団体が総出で支援したことで実現した。開会の挨拶の中で、企友会会長の松原雅輝氏は、これらの団体への感謝の意を示した。

外から見た、バンクーバー日系コミュニティの特徴
10年以上にわたって、カナダにおける移住者の研究に携わってきたゲストスピーカーの加藤氏は、自身は移住者ではないため、常に外からの視点でバンクーバーの日系コミュニティを見ているそうだ。加藤氏はこのコミュニティの特徴として、以下の三点を挙げた。

(1)Visibleな地理的中心がない。例えば、サンフランシスコのダウンタウンにはジャパンタウンがあり、それが日系コミュニティの地理的な中心となっているが、バンクーバーには、そのような中心がない。

(2)Nikkei(英語話者)と移住者(日本語話者)が分離している。

(3)「コミュニティ」=「非営利」団体・人。営利団体(ビジネス)がコミュニティの中核にいない。

 

日系コミュニティを盛り上げるビジネスチャンス

コミュニティを持続させるためには、目に見えるスペースの共有と、歴史または過去の共有が不可欠だ。そして、これは大きなビジネスチャンスにもなり得る。
世界中の多くの都市に日系のコミュニティは存在するが、バンクーバーのように戦前の歴史のある都市ばかりではない。その歴史を大切にし、例えば、オッペンハイマー公園を中心に、ミニ歴史展示や散歩道、小さなショッピングモール、若い日系人・日本人のアートスペースなどを作れば、観光客にとってのアトラクションになるだろう。歴史的、空間的な目に見える日系コミュニティがあれば、日本人と日系人の絆も強まり、市や州政府からも見えやすい存在になる。そうすれば、事業に対する政府の協力も得やすくなるだろう。一時滞在者にとっても、目に見える日系コミュニティの存在は、移民や起業をするためのインスピレーションになるだろう。

なぜ一時滞在者は日系コミュニティと関わらないのか

日本からの一時滞在者は、「移民予備軍」であり、日系コミュニティの未来のために大切な存在だ。加藤氏は研究の一環として、バンクーバーで、これまで100人を超えるワーキング・ホリデー、学生、ワークビザなどの若い一時滞在者をインタビューしてきた。その中で出てきた気がかりな結果は、彼らの多くが、日系コミュニティと関わる意思がないことだという。その理由はさまざまだが、加藤氏が一番注目している理由は、彼らが、日系移民との出会いの中で、良い思いをしていないことだそうだ。

「若者は良い思いをしていない」〜一時滞在者の労働環境への懸念

日本からの一時滞在者の多くは、ワーカーとして、日系移民と接触している。そして特に日系飲食店において、彼らが日系移民の雇用主から、パワー・ハラスメントやセクシャル・ハラスメントを受けているケースが見られるという。
私たちが日々働くにあたって重要なのは、労働条件と労働環境だ。賃金や休息などの労働条件については、労働基準法によって最低限のラインが定められており、雇用主がそれを守らなければ、ワーカーは労働基準局に訴えることができる。一方、労働環境とは、ワーカーの人権に関わる職場環境であり、これを理解するには、人権という抽象的な概念を理解することが必要となる。労働基準法違反よりもわかりにくく、被害者にとっても、雇用主を訴えるべきかの判断が難しい。
加藤氏は講演の中で、具体的な被害のケースを紹介し、ハラスメントが犯罪であることを強調した。ワーカーの能力や勤務態度に問題があれば、雇用主はその人を面接の段階で落とすべき、または労働基準法に従って正当に解雇すべきであり、決してハラスメントをしてはいけない。この考え方を雇用主の間に根付かせることが、日系コミュニティの発展を考える上で非常に重要であり、日系コミュニティを構成する個人と企業の役割は、ハラスメント防止の啓蒙活動をすることだ。

「Community」とは、意識して作らなければ存在できないもの

加藤氏は、英語の概念としてのCommunityとは、異質な人々が、意識的に、多少の無理をして作らなければ存在しないものだと語る。Communityという英語がそのままカタカナで日本語で使われるのは、この語を日本語に完全に訳すことができなからだ。英語のCommunityは日本の下町や長屋のような、代々同じ土地に住む、特に努力しなくても分かり合える均質な人々の集団のみを指すものではない。それは、個人主義を突き詰めた欧米で使われ、大事にされる言葉だ。互いに価値観や立場が違うのは承知の上で、Communityを想像、そして創造し、個人も企業も資金、物、労働力、スキルなどを提供してCommunityを維持する。日本人・日系人もこのCommunityのスタイルを学び、取り入れるべきだろう。

パネルディスカッション

講演会に引き続いて行われたパネルディスカッションでは、加藤氏に加えて、Suimon Engineering Canada社長の久保克己氏、CeCan社長のアンジェラ・ホリンジャー氏、ブリティッシュコロンビア大学の学生で、UBC Japan Association幹部の岡裕太郎氏がパネリストとして参加し、カナダの日系ビジネス社会の過去、現在、未来について話し合った。

移民の傾向〜1967年のポイント・システムへの移行が転換点

近年の日系移民の歴史の転換点となったのが、1967年のポイント・システムへの移行だ。パネリストの久保氏は、「移住者の会」での経験と知識に基づいて、これについて詳しく説明した。技術移民、シルバー移民、国際結婚など、移民の傾向は変化を続けている。加藤氏によると、90年代以降は女性の移民が多くなってきており、今はカナダに移民する人の6割以上が女性と考えられるという。

バンクーバーにおける日本企業の変化

ホリンジャー氏は、BC州日加協会理事としての経験を踏まえ、バンクーバーにおける日本企業の減少について語った。森林産業が特に盛んだった60年代から70年代には、多くの日本企業がバンクーバーにオフィスを構えていたが、その後はオフィスの閉鎖や人員削減が続いており、これはバンクーバーの日系コミュニティにも影響を与えている。

日本人には帰る場所があるが、コミュニティは必要

久保氏やホリンジャー氏は、近年の日系移住者に切迫感がないことにも言及した。戦前の移住者は、カナダに「骨を埋める」覚悟で移住した。しかし近年は、「故郷に錦を飾る」ことを目的とした、夢を求めてカナダに来る移住者が増えてきた。彼らには日本に帰る場所があり、英語力も高いため、カナダにいる日本人同士だから助け合うという感覚が希薄だ。しかし久保氏は、やはり問題が起きた時に、それまで関わろうとしなかった人が日系コミュニティを頼りにするという現象はよく起こることで、日系コミュニティの必要性がなくなることはあり得ないと語った。

若者に積極的に働きかけること

若い世代を代表して参加したパネリストの岡氏は、バンクーバーで起業を目指す情熱溢れる若者だ。起業するにあたって、日系コミュニティの存在はメリットとなるという。しかし、岡氏の知る若い一時滞在者の間では、日系コミュニティへの関心は薄いそうだ。インターネットの普及で、情報を得るのが容易になったとはいえ、若者の方から日系コミュニティを見つけ、参加してくることを期待するのは難しい。日系コミュニティの方から若者に積極的に働きかけていくことが必要だ。

多様な文化が共存するBC州で、日本のヘリテージを誇りに

さまざまな問題について話し合ったパネルディスカッションだったが、ホリンジャー氏は、BC州が多様な文化の共存する素晴らしい州であることも強調した。また、加藤氏は、海外の日系社会を維持していくメリットとして、「文化のないところに、リスペクトはない」という考えを紹介し、「カナダ人」ではなく「日系カナダ人」と自分を表現できることは誇るべきことであり、そのような文化的背景を持つことで、社会の中でリスペクトを得られるだろうと語った。

バンクーバーに住む、日本のヘリテージを持つすべての人々が、助け合い、共に充実した人生を送ることができれば、それは素晴らしいことだ。そのために、企業、そして個人は何ができるのか。日系コミュニティのあり方について深く考えることができた有意義なイベントだった。
(取材 船山祐衣)

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