在バンクーバー日本国総領事伊藤秀樹氏
「中東について」
中東における三つの世界〜アラブ、ペルシア、トルコ
中東は大きく三つの世界に分けることができる。三つの世界とは、アラブの世界(エジプト、サウジアラビアなど)、ペルシアの世界(イラン、アフガニスタンなど)、そしてトルコの世界(トルコ)だ。(ただし、イスラエルは国ができた経緯が特殊であるため、この中には含まれない)。アラブの世界ではアラビア語、ペルシアの世界ではペルシア語、トルコの世界ではトルコ語が使用されている。
誇り高い人々〜古代ギリシャ文明の継承者
中東の人々は誇り高い人々であり、これには歴史的理由がある。日本人が学校で学ぶ世界史の見方は西洋中心であり、日本人の間には西洋文明こそが古代ギリシャ文明の唯一の継承者だというイメージがあるかもしれないが、これは間違い。実際には古代ギリシャの文物はまずアラビア語に翻訳され、それに中東の学者たちが知見を付け加えたものが、やがて12世紀にラテン語に翻訳され、12世紀以降のヨーロッパのルネサンスにつながった。中東は世界史にそれだけ大きな影響を与えているのだ。
近代化のための苦悩
それにもかかわらず、17世紀以降、ヨーロッパで近代化が進む中で、中東は取り残されてしまった。この中で、中東の人々は近代化を達成するための道を模索し、苦悩し続けてきた。近代化のためにはイスラムの位置付けが重要であり、これに関しては論理的に言って肯定説、否定説、折衷説という三つの方向性があり得るが、今のところ、いずれもうまく行っていない。
「アラブの春」の背景
2010年から2011年にかけては、アラブ世界で大規模な反政府デモが起こり、チュニジアやエジプトでは政権が変わった。この騒乱の総称が「アラブの春」だが、この背景にある社会的要因は人口増加だと伊藤氏は語った。人口増加に見合う食糧増産や雇用創出ができていないため、食べるものも、住むところも、仕事もない若者の間で不満が高まり、ソーシャルメディアの発達でお互いが連絡を取りやすくなったことで、それが爆発した。
民主主義と政治的安定
政治体制は変化してきているが、中東における民主主義の定着にはまだ時間がかかることが予想される。日本を見ればわかるように、成熟した民主主義は最も安定した政治体制だ。しかし今まで独裁政権だった中東の国々においては、民主主義が混乱につながる。中東で最も組織力と資金力を持っているのは宗教勢力であり、選挙と言っても、彼らが政権を握るためだけの道具になりかねない。今後は真の民主主義を定着させるため、国際社会としても協力してこれを促進していかなければいけないだろう。
「アラブのIBM」とは
中東の歴史や時事問題に加えて、伊藤氏はアラブの文化についてもユーモアを交えて説明した。その中で紹介された「アラブのIBM」とは、以下の三つの頭文字を取ったものだ。
I=イン・シャー・アッラー(神様が思し召しになれば)
B=ボクラ(明日)
M=マレーシュ(気にするな)
例えば、約束していたものを取りに行ってみると、まだ用意できていない。「おかしいじゃないですか」と言うと、「マレーシュ」(気にするな)。「いつできるんですか?」と言うと、「ボクラ」(明日)。「本当に?」と言うと、「イン・シャー・アッラー」(神様が思し召しになれば)という答えが返ってきた。その他、サウジアラビアでの結婚式やレストランでの男女の分離など、伊藤氏は数々の興味深いエピソードを紹介した。
中東における対日感情は極めて良好
中東における対日感情は極めて良好だという。日本人には知られていないが、日露戦争での日本の勝利が中東の歴史に影響を与えてもいる。日本は技術先進国として広く知られており、経済発展の手本とされている。ただし、まだイメージの脆弱性という問題点はある。日本と中東の関係を強化していく上での最大の課題は、日本が中東について正しく理解し、中東の人々にも本当の日本を理解してもらうこと。それが日本の対中東外交の使命であると語り、伊藤氏は講演を締めくくった。
バンクーバービジネス懇話会会長 丸田博一氏
「2011年〜2012年 世界はどこへ?」2011年を振り返って
自然災害
カナダ三菱東京UFJ銀行バンクーバー支店長の丸田博一氏は、世界的な視点から、2011年に起きたさまざまな出来事を振り返った。オーストラリアやタイの洪水、ニュージーランドや日本の地震、アイスランドやチリの火山噴火など、多くの自然災害があったが、これらは経済に大きな影響を及ぼした。特に東日本大震災は、企業のサプライチェーンを寸断し、日本経済だけでなく、世界経済に大きな影響を与えた。また、日本では、福島第1原子力発電所の事故を機に、火力発電向けの天然ガスの需要が高まった。
社会
また、中東で起こった「アラブの春」は、原油価格の上昇を引き起こし、ニューヨーク市場の原油価格は1バレル100ドルの大台を突破した。それに加えて、ソニーグループの個人情報漏洩事件や三菱重工業など防衛産業メーカーの情報漏洩事件など、サイバー攻撃と思われる事件も多発し、経済に大きなダメージと不安を与えた。
円高の進行
国際的なビジネスに携わる人たちにとって、特に気になるのは円高の進行だ。2011年には欧州債務問題が再燃したことで、市場ではリスク回避の動きが強まり、株式などのリスク資産から、比較的安定した国の国債などに資金が動いた。欧州から受ける影響が比較的少ない日本は安全との見方が広がり、度重なる政府の市場介入にもかかわらず、円高には歯止めがかからなかった。結論として、2011年は多くの企業にとって困難が多い年となった。
2012年には何が起こるのか
プラス材料
では、2012年はどういう年になるのか。プラス材料の一つとしては、20兆円を超えると予想される復興需要がある。日本の企業は極めて優秀であり、震災後、サプライチェーンが予想を上回る早さで回復を続けていることも頼もしい。また、今後の国際経済連携についても期待することができる。さまざまな意見はあるが、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加で、日本のGDPが0・5%上昇するとも言われている。それに加えて、米国経済は回復の兆しを見せており、特に米国との関わりが深いカナダ経済は、米国経済の回復が本格化すれば、それに伴って良くなっていくだろう。
マイナス材料
マイナス材料としては、欧州債務危機による「負の連鎖」が米州やアジアに波及する可能性が挙げられる。これは、さらに円高が進むことにもつながる。また、復興のために日本政府が資金を出すのは良いことだが、それだけ国債が増え、国の借金は増えていく。そして、何らかのきっかけで日本の国債市場の信認が一気に崩れるリスクも大きくなってきていると言える。
イランや北朝鮮などについては、現在の時点ではマイナス材料かどうか断定はできないが、今後世界経済に大きな影響を与える可能性を秘めている。
しかし、丸田氏の考えでは、日本の企業とそこで働いている人たちは極めて優秀。「去年も乗り切ったように、今年もみんなで一生懸命がんばれば乗り切れるだろう」と丸田氏は前向きに語った。銀行としては、「良いお金の循環」を作ることを心がけており、今後は、一部の中東やアフリカなどこれからの市場での業務も拡大していく予定だ。
その後、カナダ三菱東京UFJ銀行のVice President & Chief Traderの佐藤崇史氏が、為替について解説した。
為替相場とは
為替相場の市場参加者は
(1)売らないといけない人
(2)売ってもいい人
(3)買ってもいい人
(4)買わないといけない人に分けることができる。
売る人がいれば、必ずその後ろに買う人がいるのだが、参加者に関する情報は少ない。例えばカジノでは、参加者の情報を胴元が把握することができるが、為替相場については胴元が不在であり、取引所取引ではないため、参加者全員の動きを把握することは不可能だ。ほとんどの参加者は、上記の4パターンのうちの、(2)か(3)である。
市場参加者の動機
通貨を売買する動機はさまざまだが、相場を予測する要素としては、主に(1)経常収支・貿易収支(2)購買力平価(3)金利差・キャリートレード(4)ファンダメンタルズ (5)質への逃避、の5つが挙げられる。例えば、ファンダメンダルズについては、米国とカナダの実質GDP、小売売上高、自動車販売台数、企業景況感指数などを比べるとサイクルにあまり差はないが、雇用環境や住宅市場に関しては、現在、カナダの方が米国よりも格段に良い。つまり、これはカナダドル買い材料と言えるそうだ。佐藤氏は一つずつの動機について詳しく解説し、米ドルとカナダドルの今後の動きを予想した。
今年で創立25周年を迎えた企友会。幅広い知識を持つゲストスピーカーを迎え、参加者が共に国際情勢についての理解を深めることができた今回の新春懇談会は、記念すべき一年の始まりにふさわしいイベントだった。
(取材 船山祐衣)