2018年7月12日 第28号

邦人医療支援ネットワーク、Japanese Medical Support Network (JAMSNET) Canadaは、在留邦人の医療支援を目的として設立されたNPO団体だ。このJAMSNET Canadaが主催するセミナーが、7月6日、ブリティッシュ・コロンビア州バーナビー市の日系文化センター・博物館で開催された(メディアスポンサー:バンクーバー新報)。カナダで薬剤師として活躍する佐藤厚さんと、バンクーバーで出産準備教室MOMを主宰するミッシェル・ユキ・レオンさんが講師として、妊娠中の薬との付き合い方や、カナダで妊娠・出産する際のガイダンスを解説した。その概要をここで紹介する。

 

 

約30人が参加したセミナーは好評で、終了後も講師と直接話をされる人たちが後を絶たなかった

 

「初めてカナダで出産する前に〜プレママの予備知識〜」 講師 ミッシェル・ユキ・レオンさん

妊娠から出産まで

 妊娠かな?と思った時には、まず市販の妊娠検査用スティックで検査することができる。もちろん、ファミリードクターやウォークインクリニックで検査してもらってもよい。カナダでは、妊娠に限らず病気などで受診したいときは、まずファミリードクターやウォークインクリニックで診てもらい、必要に応じて専門医に紹介してもらうシステムとなっている。ファミリードクターであれ、ウォークインクリニックであれ、自分にとって信頼できる医師を確保しておくことが大切だ。

 妊娠中の検査は、問診、尿検査、血圧測定、体重測定、血液検査、子宮底長計測などが主だ。超音波による検査は通常、妊娠期間中に1〜2回だけで、それ以外は医師の判断で必要に応じて検査を受ける。内診はほとんど行われず、日本に比べると検診があっさりしているな、と感じることが多い。ただ、出産へのリスクがあると診断されたときの対応は、はやい。妊娠高血圧症や妊娠糖尿病の場合や、胎児の成長に懸念要素がある場合など、妊娠36週を過ぎてから、誘発分娩で出産を進めたり、計画帝王切開を行うこともある。

いよいよ出産

 陣痛が始まると気になるのが、出産予定の病院に行くタイミングだ。基本的には陣痛が始まった時、または出産兆候があった時であるが、陣痛の間隔が10分くらいだと病院に行っても、子宮口が開いていないから帰宅するように言われることが多い。目安としては、陣痛が3〜5分間隔で、1分以上の強い痛みがあるようなら病院に行くこと。また、恥骨と尾てい骨の上で痛みを感じる場合は、まだ分娩までには時間があると思ってよい。おならやうんちが出そう…という感覚を陣痛の度に覚えるときは、分娩が進んできた証拠。そういう状態が続くようであれば病院へ行こう。破水した場合や、少量の出血がある場合は、まず出産予定の病院に連絡して指示を仰ぐ。間欠のない強い腹痛や、鮮血が出て徐々に増えてくる場合はすぐに病院へ。

 分娩まであと少し、という状態で入院するわけだが、入院してから数時間以上が過ぎても入院時から進展がみられない場合、陣痛を促す何らかの介助処置が行われることがある(子宮収縮剤の投与や、卵膜に小さい穴をあけて羊水を出すなど)。子宮口が十分に開き、いきむ段階になっても、恥骨の辺りで胎児が詰まってしまって出られない時間が長くなってくると、母子ともに疲労が大きくなるため、鉗子分娩、吸引、帝王切開のいずれかで胎児を出す処置が行われることもある。

 病院での入院期間は、経膣分娩の場合は1〜2日。母子ともに、何も問題がなさそうなケースであっても、産後24時間は病院で経過観察するが、状況によってはそれより早く退院できることもある。帝王切開の場合は、2〜3日の入院期間が一般的。ただし、帝王切開の傷が回復するまでに2週間はかかるので、産後に帰宅してからも無理はしないようにしよう。

産後は母子ともにケアを

 無事出産を終えて帰宅すると、それから48時間以内にコミュニティナースが電話をかけてくる。産後の母子の状態を確認したり、困っていることなどがないか尋ねてくれたり、地域で利用可能なサービスの案内をしてくれる。エリアによってはその後、ナースが自宅を訪問して、新生児の健康状態の簡単なチェックなどをしてくれる。

 新生児の各種検査や検診は入院中や産後1週間以内に行われる。産後1カ月を過ぎれば、特に問題がない限り、2、4、6、12、18カ月に受ける予防接種時に検診を受ける。日本のような定期的な乳児検診はなく、予防接種のお知らせも来ないので、自分で日程管理をして、クリニックや医師などとの予約を取る必要がある。一方、母親に対しての検診は基本的に産後6週間が経ってから。しかし、その6週間の間に母体が大きく変化するので、自分の体の異常にもきちんと気づけるように注意を払いたい。産後はどうしても赤ちゃんのことだけに注意がいきがちだが、自分の体の状態にも注意するように。家族の協力を仰ぎ、母体の回復を優先させよう。

参加者からの質問

— 妊娠中の体重増加はどのくらいが理想?
 赤ちゃんと付属物、羊水、血液の増加分など最低でも6〜7㎏。母体に増える脂肪なども考えて、ひと月あたりの増加率は1.5㎏以下のペースで、最終的には9キロ〜12キロくらいまでの増加にとどめたい。カナダの医師は一般的に妊娠中の体重管理には厳しくないため、自己管理が大切だ。適正以上の体重増加は合併症や難産などのリスクが上がる。

— 産後の過ごし方として、21日間はなにもしてはいけないと聞いたのですが?
 昔は日本でも床上げ4週間、などといわれてきたが、それは栄養状態が悪かったり、衛生面で問題があったり、医療が整っていなかった頃のことで、現在の日本やカナダのような環境であれば、それほど心配する必要はない。むしろ、家の中では軽く体を動かすようにした方が、子宮の収縮にも良い。産後2週間は無理はせず、食事や水分をきちんと摂るようにして、少しでも睡眠を取り、あまり人ごみにも出ないようにしたい。

 

「妊娠と薬の微妙な関係〜安全な薬の選び方〜」 講師 佐藤厚さん

妊娠日数ごとの薬との付き合い方

 カナダでは妊娠期間は9カ月、約280日と数えられる。受精前から妊娠27日目までは「無影響期」と呼ばれ、この期間に薬剤の影響を強く受けた卵子は、受精能力を失うか受精しても着床しなかったり、妊娠早期に流産として消失すると考えられている。例外として、ニキビ治療薬イソトレチノイン(商品名:Accutaneなど)、抗ウイルス薬リバビリン、MMR(麻疹、おたふく風邪、風疹の3種混合ワクチン)などは、薬の影響が体内に残るため、服用期間中や予防接種後は一定期間の避妊が必要だ。慢性の疾患などで薬の服用をしている人は、医師と相談して安全かどうかを確認したい。

 妊娠28日目から50日目までは「絶対過敏期」で、重要な臓器が発生、分化する時期であり、胎児が最も薬物の影響を受けやすい。薬の服用は、治療上不可欠なものに限ると共に、催奇形の危険度の低い薬剤を選択するなど、特に慎重な配慮が必要な時期だ。

 妊娠51日目から112日目までは、「相対過敏期・比較過敏期」といわれる。胎児の重要な器官の形成は終わっているが、催奇形性のある薬剤の投与はまだ慎重に行うことが必要だ。 

 妊娠113日目から分娩までは、「潜在過敏期」という。薬物投与による奇形といった形態的異常は形成されないが、胎児の機能的発育に及ぼす影響や発育の抑制、子宮内胎児の死亡などといった症状が出る危険性は残っている。非ステロイド性解熱鎮痛薬(アスピリンなど)といった薬も、胎児の肺高血圧などが生じる恐れがあるので注意が必要。参考として、「くすりの使用適正協議会」という団体のサイト(団体名で検索)に詳しく説明されている。

気をつけたい嗜好物の摂取

 妊婦によるアルコールの摂取は、胎児の成長障害、中枢神経障害、頭蓋顔面奇形などを引き起こす危険性がある。少量でも影響が出る可能性が高いので飲まないことが一番だ。タバコは口蓋裂、低体重といった胎児への影響のほか、流産、早産、前置胎盤などの異常にもつながる恐れがある。妊婦だけでなく、一緒に暮らす家族も含めてぜひ禁煙を。また、妊婦がヘロインなどといった麻薬を常習していると、新生児薬物離脱症候群を引き起こす。カナダでは今年10月17日から合法化されるマリファナだが、カナダ産婦人科学会はその有害性を警告している。子どもの生涯にわたり影響が残り得るので、摂取しないに越したことはない。また、カフェイン飲料も多量摂取すると、死産、流産、早産などのリスクが高まるため、ほどほどにしたい。

妊娠期間中のトラブル対応

 妊娠早期に起こりがちな悪阻。その症状を抑えるために処方される薬が、Diclectin(抗ヒスタミン薬とビタミンB6の合剤)だが、最近この薬の効果を疑問視する声も出ている。吐き気を催す匂いや食べ物を避けるようにしたり、味気の少ないものを少しずつ頻回に摂る、指圧を試すなど、薬に頼る以外の方法を模索していくのもいいかもしれない。

 妊娠糖尿病にかかると、胎児も高血糖になったり、合併症として糖尿病網膜症や、腎症の悪化、流産、早産、羊水過多などの弊害が表れる可能性がある。妊娠糖尿病は産後に治ることが多いようだが、母子ともに肥満にならないように注意するなど、そこから糖尿病に進まないような予防が肝心だ。

サプリメントや予防接種

 妊娠中に摂るように勧められるサプリメントでは葉酸(Folic Acid)がよく知られる。葉酸が不足すると、胎児の二分脊椎症などの発症リスクが高まるといい、妊娠中はぜひ摂りたいサプリだ。また、妊娠中に貧血気味になる人も多いが、その対応として鉄分を多く含むレバーを摂ることも良い(食べ過ぎは禁物)。貧血対策には鉄剤を服用する方法もある。鉄分の用量が低いものから始めて様子を見ながら、自分に合ったものを探したい。一方、妊娠中に過剰摂取してはいけないのが、ビタミンA(Prenatalと書いてあるビタミン剤の規定量を摂る分には害はない)。

 妊娠中であっても受けたほうがいいのが、百日咳の予防接種。破傷風、ジフテリア、百日咳の3種の混合ワクチンTdapというものがあり、妊婦にも安全だ。新生児が百日咳にかかると命に係わるので受けておきたい。また、インフルエンザの予防接種も安全性が高いとされているので、妊娠中でも受けた方が良い。妊娠前、または妊婦の家族が受けるべきなのは、風疹や麻疹の予防接種。風疹は飛まつ・接触感染し、妊娠初期に風疹にかかると、母親から胎児へ胎盤を介して感染、心疾患・心血管奇形などを引き起こしやすくなる。麻疹は空気・飛まつ・接触感染する。妊婦が感染すると重症化し、流産や死産、早産のリスクが高まる。

妊娠中・産後の薬の服用

 花粉症の対策として妊娠中や授乳中に飲んでもよい薬は、ロラタジン(商品名:Claritin)、セチリジン(商品名:Reactine)、ジフェンヒドラミン(商品名:Benadryl)、クロルフェニルアミン(商品名:Chlor-Tripolon)とされている。また風邪薬では、 BenadrylやTylenolは安全とされている。いずれにせよ、なるべくなら薬を飲まないで治すように心がけたい。授乳中の薬の服用にも注意が必要だ。妊娠中も産後も、薬の服用に関しては薬剤師や医師に相談して摂るようにしたい。

 

 Japanese Medical Support Network (JAMSNET) Canada は、言語的、文化的背景の理解が必要とされるカナダ在留邦人のニーズをふまえ、カナダの医療に関するセミナーやワークショップを行い、健康増進に寄与することを使命として活動している。設立はアメリカ・ニューヨークで、現在、アジア(一部オセアニアも含む)、東京、ドイツなどに関連団体がある。JAMSNET Canadaは2017年に法人化し、慈善団体としても登録された。

 

講師プロフィール

佐藤厚さん
新潟県出身。2001年、星薬科大学を卒業、2005年に同大学院修士課程修了。日本で2001年に薬剤師免許を取得。2007年にはカナダでの薬剤師免許を取得した。国際渡航医学知識認定、(渡航に際する感染症や緊急時の対応など、渡航に関した医療知識)糖尿病指導士、禁煙指導士といった資格を持つ。日経DIオンラインでコラムを執筆。バンクーバー新報でコラム「お薬の時間ですよ」も連載中。

ミッシェル・ユキ・レオンさん
  東京都出身、日本で看護師の資格を取得。救急外来、外科整形外科、内科、産科、派遣看護師として医療に従事。また在住外国人向け保育室を開設し、英語保育を行いながら産後ママへの育児指導やアドバイスを提供するボランティアサークルを主宰。1994年に渡米、1996年に渡加。無料育児指導や医療相談を受け付けるMOM Family Supportを主宰。1997年から日本語と英語での出産準備クラスを開催するほか、産後指導、母乳指導などを行っている。

(取材 大島多紀子)

 

講師を務めた佐藤厚さん(左)とミッシェル・ユキ・レオンさん

 

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