2018年6月7日 第23号
5月24日、バンクーバー市の隣組で日加ヘルスケア協会の座談会が開かれた。今回の講師は、近畿大学農学部食品栄養学科の専任講師であり、管理栄養士でもある明神千穂氏。シニアの身体状況の変化に合わせた、食事のとり方や調理法などをわかりやすく説明した。さまざまなデータを紹介するほか、自身の経験や考えを盛り込んだ話に、約30人の参加者は引き込まれ笑いに包まれた楽しい講義となった。ここに概要を紹介する。
日加ヘルスケア協会の座談会では毎回さまざまなテーマを取り上げ、有用な情報を会員間でシェアしている
マインドフルネス
座談会は通常通り、マインドフルネス瞑想からスタート。アンダーソン佐久間雅子さんがリードして、呼吸に意識を向けた瞑想をした。息を吸うときはお腹の方まで空気が入っていくように意識して行い、吸ったときの2倍近くの時間をかけてゆっくりと息を吐く。瞑想中に、つい他のことがらに気がそれてしまいがちだが、そんなときは数を数えながら息を吸って吐いてみると、意識が呼吸に戻ってきやすい。マインドフルネスで気持ちが落ち着いたところで、この日の講義が始まった。
身体変化に合わせた食生活
私たちの体の中にはさまざまな臓器があり、それぞれが役目を果たすことで体が健康的に機能する。そのために人間が摂る必要があるのが、タンパク質(肉、魚、卵など)、糖質(炭水化物。米、パン、イモ類など)、脂質(植物油、魚油、バターなど)、ビタミン(野菜、果物など)、ミネラル(海藻、ナッツ類、牛乳など)の五大栄養素と呼ばれているもの。必要な栄養素を含んだ食べ物をバランスよく食べることが大切だ。
人は年齢を重ねるにつれて、消化吸収機能、視覚や聴覚などの感覚機能、免疫機能、基礎代謝が低下するなど、身体状況に変化が訪れる。健康的な生活を送るためには、こうした変化に対応した食事を心がける必要がある。シニア世代は、日々の生活の中で食べる物の種類や量が偏ったりするほか、身体機能の低下によって食べる量が減るといったことから、低栄養の状態に陥る危険性もある。そうなると筋肉量が減少したり、脱水気味になったり、活動量が減ったり、転びやすくなるなどして、ついには寝たきりになってしまうということも。低栄養を予防し老化を遅らせるためには、朝昼晩3食のバランスをよく取り、欠食は避け、油脂類の摂取が不足しないように注意する、動物性タンパク質を十分に摂取する、野菜は豊富な種類のものを火を通して摂る、噛む力を維持するために歯のメンテナンスをすることなどが挙げられる。
骨粗しょう症の予防と改善
老人性骨粗しょう症とは、加齢によって骨芽細胞や破骨細胞の機能が低下したり、カルシウムの吸収能力の低下などから、骨密度が減少し骨折しやすくなったりするもの。女性の方がかかりやすい。その予防としては、カルシウム、ビタミンD、ビタミンKなど、骨の形成に役立つ栄養素を積極的に摂ることだ。カルシウムとビタミンDを同時に摂るとカルシウムの吸収率が良くなる。また、タンパク質の摂取量が少ないと骨密度低下を助長するので、タンパク質も積極的に摂りたい。
カルシウムが多い食品は、乳製品、魚介類、大豆製品、野菜、海藻。ビタミンDはキノコ類、魚類に多く、また日光浴も効果的だ。ビタミンKは緑黄色野菜や納豆に多く含まれる。日本の厚生労働省による日本人の食事摂取基準(2015年版)においては、カルシウムの一日の推奨量は、50歳以上では男性が700㎎で女性が650㎎となっている。一方、骨粗しょう症を予防するために過剰摂取を控えたほうがいい食品は、加工食品などリンを多く含むもの、食塩、カフェインを多く含むもの、アルコール。
また、骨を強く保つためにコラーゲンの働きにも注目したい。骨の強さを決める要素は骨量と骨質の2つ。鉄筋コンクリートの建物に例えるなら、骨量がコンクリートで骨質が鉄筋といわれる。この骨質を高めるのにコラーゲンが有効だ。コラーゲンは肌、血管、関節、腱など私たちの体のいたるところに存在し、重要な役割を担っている。牛すじや手羽先などに多く含まれており、水の中で煮込んで抽出されたものを摂ることで効果を発揮する。また、ビタミンCが不足するとコラーゲンが合成されないため、血管がもろくなって出血を起こす壊血病になりやすくなる。ビタミンCは、レモンなどの果物の他、赤ピーマン、パセリ、芽キャベツ、ブロッコリーなどに多く含まれている。
シニアの食生活、気をつけたいこと
シニアが健康に過ごすために大切なことのひとつに脱水の予防がある。目安として成人が一日に摂りたい水分は2.5リットル。水分は起床時、就寝時、食事時といったタイミングに合わせて摂るほか、その合間にもこまめに摂るようにしたい。もしもむくみなどが出るようだったら水分摂取量を多少減らすなど、自分の体に合わせた調節をしよう。
人を含む生物には日内、週内、月周、年周など、さまざまな生体リズムというものがある。この生体リズムに合わせた食生活を送ることも効果的。例えば、血糖調節の働きは活動期に高く休息期に低くなるので、睡眠前の食事は高血糖になりやすい。夕食は午後8時頃までに摂り、糖質の量を制限することも良いだろう。また、食塩の閾値は朝に高く(食塩の味を感じにくくなる)夜には低くなるので、夕食の献立の塩味は少し薄めにするなどの工夫もできる。
献立作りと調理のヒント
- 主食、主菜(肉、魚、卵、大豆製品のおかず)、副菜(野菜、キノコ類、イモ類のおかず)をそれぞれ毎食1品ずつ組み合わせる。
- 牛乳、乳製品、果物を毎日摂ろう。
- 五味(甘味、塩味、酸味、苦味、うまみ)を上手に取り入れて飽きない食事を。
- 五色(食材を白、赤、黒、緑、黄)の食材を揃えるとバランスが整う。
- 五法(切る、焼く、揚げる、蒸す、煮る)といった調理法も工夫する。
- 野菜はゆでるとビタミンなどの栄養素が逃げやすい。炒めたり、電子レンジ調理や蒸すことで栄養素を守ろう。
- 野菜の皮にも栄養が多く含まれているので有機野菜を使うなら皮はむかずに使いたい。
体は共に生きるパートナー
ライフステージによって食べる目的は変わる。子どもは体を成長させるために、成人にとっては生活をして家族を守り社会的に役に立つ自分でいるため、病人にとっては病気を治し元の生活に戻るため、高齢者にとってはこれまでの人生は楽しかったと満足するためのもの、と食べる人によって目的はさまざまだ。明神氏は、「今日お帰りになったら、自分の体と一緒にこれまでやってきたことを思い出しながら、『今までありがとう』と、ご自分の体を爪先からてっぺんまで撫でてあげてください。そして『これからもずっと一緒に生きていこう。よろしくね』と声をかけてあげてください。これからも続く一生のパートナーであり、運命共同体である自分の体のために暮らしていってください」と最後のメッセージを伝えて締めくくった。
明神千穂氏 プロフィール
奈良女子大学大学院博士後期課程修了。博士(生活環境学)/管理栄養士。現在は近畿大学農学部食品栄養学科の専任講師。2017年9月から、ブリティッシュ・コロンビア大学のFaculty of Land and Food systems, Food, Nutrition and Healthの客員研究員として在籍中。認知症高齢者に対する料理療法、大学生アスリートに対する栄養サポート、幼児を対象に野菜の栽培やクッキングを用いた食育、災害時に利用可能な保温調理システムの開発等の研究に従事。
(取材 大島多紀子)
役に立つ情報をスライドで紹介しながら話す明神氏
明神千穂氏。料理本の製作や、災害時にも役立つ保温パックという省エネタイプの調理法の開発などにも携わっている