なぜ日本には長寿企業が多いのか
本の帯には『いまこそ、商売の原点を見つめ直す』と書かれていますね。
日本には創業100年以上の企業が数万社あり、創業200年の企業は世界の4割を占めています。後継者には家族もしくは養子を迎えて経営を続けてきました。老舗というのは、その地域の宝なんですね。
なぜ私が近江商人に関心があるかというのは、なぜ日本には長寿企業が多いかということなんです。そのひとつの謎を解くときに、近江商人があるのではないかと思うわけです。

一般向けにわかりやすく書かれたそうですね?
去年書いた本は、日系の人たちがカナダで定着するためにどういうことをしたかということがテーマでした。ビジネスを通じての定着過程を追及していくと、その中で滋賀県出身の人たちがビジネスをやっていたことを知ったわけです。その定着の仕方が近江商人の出店の定着の仕方と一緒だった、というのが結論でした。

今回出した本は、一般社会人向けのビジネス書です。近江商人が行った 「三方よし」経営がどういうものであったか、ビジネスだけでなく、人の生き方も紹介しました。

カナダには滋賀県人が多いですね?
明治になって鎖国が解禁になり、自由に外国へ出かけられるようになってから、日本人は朝鮮半島、中国、南北アメリカへ出て行きました。その中で北米へ出てきた人の割合が一番多かったのが滋賀県でした。移民として渡ってきて商売を始めた代表的なものが絹布商事会社シルコライナー(Silk−O−Lina)で、共同組織によって店舗を広げ、最盛期(1960年代)にはカナダ中西部に18の店舗を展開していました。カルガリーの本店が閉鎖されたのは1991年でした。経営者たちは現在90歳を超え引退しています。

 

なぜ現代に通用するような経営理念に到達できたのか
近江商人の商売の特徴は何だったのでしょうか?
彼らの活動範囲が近江でなく、国外(県外)であったということです。国外に行商に出かけたり、国外に出店を持ったりしたわけです。そのことを『他国商い』といいます。出先の信頼を得る、信用を獲得することが重要でした。出先の人たちのためになっているか、重要な存在であるかを評価してもらえないと、外来商人として存続、定着が出来なかったからです。
儲けた物を全部自分の故郷に持って帰ってしまうと思われたのでは、商売は長続きしません。だから「世間よし」と言われていたのです。 

「三方よし経営」でしょうか?
近江商人が初めて歴史に登場してくるのは鎌倉時代、約800年前です。江戸、明治、大正時代にかけて大活躍をしまして、今の日本の老舗企業の中には、近江商人の系譜につながる企業がたくさんあります。営利を最大の目的にしておらず、長く続けることが大切と考えていました。
近江商人の経営に対する考え方を完璧に表す言葉が「三方よし」です。売り手よし、買い手よし、世間よし。取引なら売り手と買い手が満足すればいいわけだけれど、それではだめなんです。取引自体が社会的に貢献するものでないと。そのことによって近江商人の経営理念というのは、現代的な意義を持つことになるわけです。

 

企業は成長していかなければならない
企業の社会的責任CSRについて聞かせてください。
(1)企業である以上は成長しなければならず、維持可能な成長が必要です。現状維持だと、落ちぶれていくばかりなのです。(2)地球資源を開発しなければならない。資源というのは地球からしか取れないわけです。(3)それでいて地球の環境、資源を守らないといけない。

この3つの相矛盾したテーマを解決しなければいけない。そのために企業サイドから言われているのがCSR(Corporate Social Responsibility)なのです。

CSRを実践する企業が増えているのでしょうか?
どこの企業もCSRを言い始めた訳は、CSRをしないと評価されないからなのです。自分の利益だけを考えている企業だと思われたら相手にされない。第一、若い人がそういう企業に目をむけない、優秀な人材が集まらない。自分のやっている仕事は社会的に意義があると思わないと頑張れないでしょう? だから企業はCSR白書を出したりCSRの推進部門を設置して、社会的に有用な活動をしているということをPRする時代なのです。
近江商人はCSRが始まるずっと前からこれを実践してきました。これはCSRの源流だと私はこの本で主張しているわけです。

 

陰徳善事の実践
近江商人は、人に知られずに善行を積んだと書いてありますが。
商いに従事して資産を築いた近江商人が次に望んだことは、子孫の長久と家業の永続でした。そのためには人に知られず善行を積むこと、すなわち陰徳善事(いんとくぜんじ)の実行だったのです。
天保の飢饉(1833〜36)の時に米を寄付したり、働き口を作るために自宅の建築をしたのが藤野四郎兵衛です。
丸紅を創った人は伊藤忠兵衛という近江商人です。その丸紅の元専務だった古川鉄治郎という人は自分の還暦の記念に、故郷に小学校を寄付しました。アメリカ人の設計で当時としては斬新な建物でした。ところが平成10年代にその保存が社会問題となったときでも、寄贈者の名前が世に出ることはまったくありませんでした。陽徳から陰徳に化した例です。

この本には昔の絵や手紙などがたくさん載っていますね?
日本の企業の組織原理を示すのが、三方よしという経営理念です。そういうものがどういうことなのかというのを分かりやすく書き、楽しめるように写真を100枚以上使いました。

移り変わる世の中で、会社を続けるということは大変ですね?

会社を続けるということが雇用を確保し、税金を納めるという社会貢献につながります。関連した分野に出て行ったり、人の流れによって会社を変えていくことも出来ます。ただ経営理念だけは変えずに、明確にきちんとしておくことが大切だと思います。
(取材 ルイーズ阿久沢)

伊藤忠、丸紅、日本生命、ワコール、西川産業、そして滋賀銀行…日本的経営を生んだ先人達の苦闘と社会的責任とは。現在活躍している企業のルーツのひとつである近江商人とは、いかなる存在なのか。『三方よし経営』の実態と現代的意義を分かりやすく描き出す。

 

末永國紀(すえなが・くにとし)氏プロフィール

1943年福岡県生まれ。1973年同志社大学大学院経済学研究博士課程修了。1973年〜京都産業大学経済学部専任講師、准教授、教授。1988年〜(財)近江商人郷土館館長。1998年〜2000年UBC客員研究員。同志社大学経済学部教授。
著書『近代近江商人経営史論』有斐閣、1997年。『近江商人-現代を行き抜くビジネスの指針』中央公論新社(中公新書)、2000年。『近江商人学入門-CSRの源流「三方よし」』サンライズ出版、2004年。『日系カナダ移民の社会史〜太平洋を渡った近江商人の末裔たち』ミネルヴァ書房、2010年。
共著『変革期の商人資本-近江商人丁吟の研究』吉川弘文館、1984年。

 

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