2017年8月31日 第35号
バンクーバーで8 月5日、6日、毎年恒例の日系コミュニティのお祭り「パウエル祭」が開催された。ここで2006 年から毎年「原爆展」(バンクーバー9 条の会主催)がバンクーバー日本語学校並びに日系人会館で開催されている。同展は、2006 年にブリティッシュ・コロンビア大学で開催された世界平和フォーラムに参加した日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)がフォーラム終了後、関連資料を9 条の会に寄贈したことから始まった。
今年はこの原爆展で6日に9 条の会代表・落合栄一郎博士が講演した。 8 月5日には広島の8 月6日8 時15 分を迎えた。バンクーバーでも同時刻に黙とうを捧げた。
会場の様子。多くの人が集まった。(Photo by Miyuki Nakamura)
原子力が引き起こす「悪と闇」 ‐原子力に関する21 世紀の課題‐ 落合栄一郎氏講演
原子力が引き起こす影響には2 局面ある。それを「悪‐Evil」と「闇‐Dark」と表現した。「悪」は、目に見える明らかに極悪な結果。原子爆弾(原爆)による被害がこれに当たり、高熱や爆風による劇的破壊を意味する。これに対し「闇」は目に見えないが静かに確実に生物を蝕む静的破壊を指す。
「悪」の局面
原子力が生み出す「悪」の局面は、一つは原爆による破壊力。広島・長崎で人類はその破壊力を目の当たりにした。もう一つは人間の原爆利用の欲求。人間は何かを作り出すとそれを使用したいという欲求に駆られる。科学者は科学的見地から実験として、政治家は政治的な利用目的で、そしてビジネスマンはそこに商機を見いだす。こうして原爆は拡散する。
現在、原爆を保有しているのは国連常任理事国アメリカ、イギリス、中国、フランス、ロシアと、保有しているとされるインド、イスラエル、北朝鮮、パキスタン。
世界で原爆は戦後増加を続け、一時は6 万4000 個あったが、さまざまな理由から削減され、現在は約1 万5 千個と言われている。
しかしその威力はメガトン級。現在は広島・長崎に投下されたものと違い、核融合爆弾で、当時の50 倍以上にまで増強されている。広島・長崎では1 発で10 万人が即死した。現在は少なくとも1 発で500 万人。1 万個を使用すると500 億人、人類を7 回全滅できる。もしくは現存する原爆の15 パーセントで人類は全滅する。それほどの威力を持っている。
こうした現状に歯止めをかけるため努力はしている。今年7 月国連で採択されたNWBT(核兵器禁止条約:Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons)もその一つ。UN 加盟国193 カ国・地域のうち124 カ国が参加。賛成122、反対1、棄権1 で採択された。しかし、常任理事国と日本・オーストラリア、カナダを含むNATO(北大西洋条約機構)加盟国は採択会議に欠席した。唯一オランダが参加したが反対1 票を投じた。
アメリカ国連代表ニッキー・ヘイリー氏は北朝鮮の核兵器保有を欠席の理由としたが、落合氏は「UN 加盟国には交渉会議への出席が義務付けられているはずだ」と批判した。
さらに「日本が不参加なのは残念。唯一の被爆国として核兵器廃絶運動の先頭に立つべきだと思う」と語った。
「闇」の局面
戦後拡散する核兵器を抑制するため、1968 年、国連で核不拡散条約(Non-Proliferation of Nuclear Weapons:NPT)が署名された(1970 年発効)。
これは常任理事国に核兵器保有を認め、1. 不拡散‐5カ国以外の核保有を禁じる、2. 核軍縮‐核軍縮会議に誠実に取り組む、3. 平和利用‐核の平和利用を認める、の三本柱で構成されている。
しかし落合氏は、3. 核の平和利用を盛り込んだことはNPT の誤りだったと指摘する。これにより原子力発電が正当化される。原子力発電には落とし穴がある。一つは軍事転用が可能なこと。もう一つは軍事目的でも平和利用でも核分裂反応が多数の放射性核を作り微少粒子を拡散すること。
これが原子力の「闇」の部分と指摘する。放射性粒子は、目に見えない、臭わない、感じない。知らないうちに被害が拡大する。
原爆の爆発では、高熱・爆風とともに高いエネルギーの放射線(α、β、γ線や中性子)が放出される。高エネルギー放射線が体内に入り込むと健康障害を起こす。これを「外部被ばく」という。原爆では高熱・爆風によって多く死亡しているが、放射線でも多くの人々が死亡している。
一方、放射性粒子が体内に入ることによって影響が出ることを「内部被ばく」という。量によっては死に至るが、多くの場合はさまざまな健康被害をもたらす。ガンの発症がその一例。原爆の被爆者の多くが健康被害に苦しんでいるのは、この内部被ばくが原因とされる。
では平和利用ではどうか? 原子力発電(原発)でも、核分裂という原理は同じで、同種の放射性物質が作り出される。さらに、一般的な原子炉一基で作られる放射性物質は、1 年間で広島原爆1000 個分に匹敵。もし原発から放射性物質が漏れれば、故意であれ、事故であれ、放射性物質による被害は原爆と同様になる。
原発事故による人体への影響も多数報告されている。1986 年旧ソビエト連邦(現ウクライナ)チェルノブイリ原発事故では、作業員の健康状態悪化や、ウクライナで子どもの甲状腺ガンが増え続けている実態が報告されている。現在汚染地帯の健康な子どもは約20 パーセント、事故以前は約80 パーセントだった。そのほか汚染地帯以外にドイツなどの欧州諸国でも健康障害が報告されている。
2011 年福島で起きた福島第一原子力発電所事故の被害では、子どもの甲状腺ガン発症が通常の30 〜50 倍と異常に多いことが報告されている。大人の発症率も他県よりも高く、心筋梗塞、アルツハイマーも増加している。ただ、放射性物質と病気発症との因果関係が明確でなく、正確で広範囲な組織だった調査が必要と指摘している。政府の不十分な調査が放射線による健康への影響がなかなか公に認められない要因でもある。
こうしたことを踏まえ落合氏は、「放射能と人類の生活とは両立できない」と主張。生物は高放射性物質から自身を守ることはできないし、人類はいまだ高放射性核燃料廃棄物の処理方法を確立していない。
「我々に必要なのは、NWBT ではなく、“NBT : Nuclear Ban Treaty”原子力禁止条約である」と語った。
(取材 三島直美)
落合栄一郎博士:
工学博士。東京大学、UBC、米ペンシルバニア州ジュニアータ大学で教壇に立つ。トロント大学、スウェーデン・ウメオ大学、ドイツ・マーブルグ大学で客員教授など。専門著書6 冊、放射能関係著書4 冊など。
科学者の落合博士はあまり難しくならないようにとスライドを使って説明した 8月6日(Photo by Miyuki Nakamura)