2017年8月24日 第34号

ハーグ条約、ブリティッシュ・コロンビア州の家族法、虐待を受けた場合に知るべきこと——8月10日、16人の参加者を迎え、在バンクーバー日本国総領事館と隣組の共催で開かれた講習会「国際結婚とハーグ条約ー子どもと自分の幸せのためにー」(会場:隣組)は盛りだくさんの内容だった。

 

 

 

講習会企画の背景と焦点

 バンクーバー在住の日本人・日系人で婚姻・コモンローのカップルの約8割が国際結婚をしている。これはカナダ国内最大の国際結婚率だ。もし国際カップルが破局を迎え、片方の親が、もう一方の親の許可なく子供を連れて日本に転居してしまった場合、それは「子供の連れ去り」と表現される法的問題状況となる。

 何が問題なのか。その解決策はー。この問いに答えるべく、講習会ではBC州の家族法とハーグ条約の解説が行われた。またこの問題に関連し、虐待関係に置かれた人への有用な情報、さらに医療現場での通訳サービスについても紹介された。

 

BC州の家族法 

 子供のいる夫婦が離婚した後、日本では片方の親が単独で親権を持つことがほとんどだ。しかし、BC州ではそれが当てはまらない。まずBC州の家族法では、親権には監護権、面会交流権があり、夫婦が離婚後、それぞれの親が子供と過ごす時間の長さが違っても、基本的には子供の教育、旅行、居住などの決定権を、両方の親が平等に所有できる。こうした法律制定の背景には、子供の利益を最大に尊重する考え方がある。BC州で子育てをする夫婦は、この基本概念を知っておく必要があるとダリアス・バゼランデ弁護士が語った。

 さらに森永正雄弁護士から家族法の運用について追加説明があった。片方の親が子供を連れて転居した場合、それが国外でなく、BC州内の遠方に当たる場所であっても、もう片方の親の同意がなく、その地での居住が子供に不利益とみなされれば、家族法を犯すことになる旨を説明した。大事なことは両親の合意。両親の考えが一致していれば、たとえ居住国や居住地が違っていても問題がない。こうした夫婦の考えを表明しておく同意書を作成しておけば、トラブルには発展しないことを伝えた。

 

ハーグ条約の仕組みと総領事館で行う支援 

 ハーグ条約の正式名称は「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」。オランダのハーグの国際会議で締結されたことからハーグ条約が通称となっている。講習会では岡井朝子在バンクーバー日本国総領事より日本が2014年にハーグ条約を締結した意義や条約の運用対象、実績等が解説された。ここでは当事者にとって重要な点を取り上げて紹介したい。

 ハーグ条約とは、国境を越えて不法に連れ去られた、または留置されている子供をもともと住んでいた国(常居所地国)に返還するための国際協力の枠組み。そして返還だけでなく、国境を越えた親子間の面会交流の機会を確保するための締約国の協力も規定したものである。ここで言う不法な連れ去りとは、一方の親の監護権を侵害する形で子供を常居所地国から出国させることであり、不法な留置とは約束した期限を過ぎても子供を常居所地国に返さないことを指す。  

 

 以下、日本とカナダ間で多い事例—日本人の母親、カナダ人の父親の間に子供がおり、母親が父親の許可なく子供を日本に連れていった場合—を例に挙げて、具体的な手続きを見ていこう。

 直接に日本の母親との交渉ができない中で、カナダの父親が子供を連れ戻そうとする場合、父親は子供の返還を求める申請書をカナダのハーグ条約担当局に提出できる(日本の外務省ハーグ条約室に提出してもよい)。すると、カナダ当局から日本のハーグ条約室に申請書が届き、日本のハーグ条約室では住民票などの情報から母親の所在を特定する。連れ去りが父親の親権侵害であり、問題解決の援助が必要と判断した場合、ハーグ条約室は父親、母親の両者と連絡を開始する。父親へはカナダのハーグ条約担当局を通じて説明文書を送り、父親の希望する解決方法を確認する。そして母親にも同様の説明文書の送付と意向の聞き取りを行う。

 

交渉方法

 その後の子供の返還や面会交流の確保のための交渉には3つの方法がある。
①裁判以前の機関(裁判外紛争解決手続き機関—東京弁護士会紛争解決センターなど)を利用する。
②当時者(または代理人)による協議を行う。
③裁判手続きによって解決を行う。

①②は、両当事者である父親・母親の同意が必要だが、③では、子を連れ去った親(この例での母親)の同意は不要だ。

 

子供の返還条件

 ただし協議以前に、子供の返還を求めるには、次の条件をクリアしないといけない。
①子供が16歳未満であること。
②子供が日本国内に所在していること。
③連れ去り・留置が申立人(この場合の父親)の監護権を侵害していること。
④連れ去り・留置の時に、常居所地国が条約締結国であること。

条約締結国は2017年7月時点で世界97カ国。ほとんどの国が締結している印象だが、アジアにおいてインドネシア、マレーシア、ベトナムなどは非締結国である。

 

子供の返還を拒否できる理由

 また、子供の返還を拒否できる理由に以下の6点がある。
①申し立てが連れ去り・留置から1年以上経過後になされ、かつ、子供が新たな環境に適応していること。
②連れ去り・留置の時に申立人が実際に監護権を行使していなかったこと。
③申立人が連れ去り・留置に同意したこと。
④常居所地国に子供を返還することによって、心身に害悪を及ぼすなど、子供に重大な危険があること。この判断には、申立人から直接暴力等を受ける恐れや、相手方(この場合の母親)が申立人から暴力等を受けることで、子供が心理的外傷を被る恐れがあること、両親のどちらかが常居所地国で子を監護することが困難な事情等が考慮される。
⑤子供が返還されることを拒んでいること(子供の年齢、発達の程度に照らして子供の意見を考慮することが適当な場合に限る)。
⑥子供の返還が人権および基本的自由の保護に関する基本原則により認められないこと。

 

子供との日本帰国を考える人へ

 こうしたハーグ条約の仕組みを踏まえて、カナダから日本に子供を連れ帰ろうとしている、または連れ帰った親のために、次の助言がなされた。
①ハーグ条約の対象となる可能性の有無、条約の概要等について専門家に相談すること。
②結婚相手が子供の監護権を有している場合、相手から子供の返還の申請がなされる可能性があることを念頭に、可能な限り、帰国前にDV(家庭内暴力)被害届けの提出や離婚手続きに着手するなど、自らの立場を補強できる手続きを済ませておくこと。
③子供にとって元の居住国での暮らしが危険であると主張するためには、帰国前にDVの証拠をできるだけ集めておくこと。

 

総領事館が提供する支援

 この問題に関連した大使館や総領事館が提供する支援は、次の通りである。
①該当問題に詳しい日本語が通じる弁護士、通訳・翻訳者、調停機関、面会交流支援機関、DV被害者支援団体の紹介。
②安全が懸念される場合の現地関係機関への通報・支援の要請。

なお、バンクーバー総領事館では、後述の通り、今年4月よりハーグ条約とも密接に関係するDV被害者の相談窓口「DV日本語ホットライン」を開設した。

 

アビューシィブリレーションシップと、その対策

 パートナーに対して虐待的、威圧的な行動や態度で権力を持って接するAbusive Relationshipと対策、そして未然に防ぐ方法を、ファミリー・ナース・プラクティショナーのスティーブン橋本さんと、YWCAカウンセラーの加瀬さんが具体的に説明した。

 パートナーからの態度で次の点に心当たりがあれば、対策を取る必要がある。
・あなたを軽蔑した態度を取る。
・常にお金を要求する。
・すべてにおいてあなたに決定権を持たせない。
・脅したり、あなたの行動を制限したりする。
・パートナーと付き合う前と今では、あなた自身が変わってしまった。(話せた英語も話せなくなった。自分に自信がなくなったなど)。

これらは虐待的関係の可能性をチェックするポイントの一部。(詳しくはヘルスリンクBCのサイト)https://www.healthlinkbc.ca/health-topics/dabusを参照のこと)。長く虐待的関係に置かれると、うつ病、睡眠障害、頭痛、出産のトラブルなど、健康問題の原因ともなり、最悪の場合、命を落としかねない。思い立ったら、すぐに助けを求めてほしいと次の情報が伝えられた。今年4月から在バンクーバー日本国総領事館がYWCAに業務委託したDV日本語ホットライン604-209-1808 (月〜金曜日午前9時〜午後5時)や、女性のためのセンターと、トランジションハウスVictim Link BC 1-800-563-0808 (24時間対応可)、警察911、弁護士が、助けとなる機関だ。

 また、性暴力を受けた場合の対策も紹介された。大事なことは、歯磨きやシャワーを浴びたりせず、できるだけ早く近くの病院の救急へ行くこと。健康保険に加入していなくても受診費用はかからない。病院に行けば、72時間以内ならば効くHIV予防薬の服用や、PlanBという24時間以内で効果の高い避妊薬の服用、鑑識採取などの手続きが行える。

 講習会の最後に、病院にかかる際には、日本語通訳が利用できることを医療通訳者ガーリック康子さんが紹介した。通訳料金は医療保険(MSP)でまかなわれているため、利用の際に直接には料金がかからないサービスである。

 本紙で紹介した内容は講習会のごく一部。専門家たちは、助けを必要とする人々の状況に応じた、実践的で有用な多くの知識を持っている。困っていることがあれば、一人で悩まず、ぜひ専門家へ。

(取材 平野 香利)

 

読者の皆様へ

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