2017年7月27日 第30号
原爆投下から72年となる今年の7月7日、国連で核兵器禁止条約が採択された。核兵器の保持、使用、製造などを幅広く禁止する国際条約だ。ニューヨーク国連本部では、トロント在住の被爆者サーロー節子さんの姿も見られ、会場を涙に包んだ彼女のスピーチがさまざまなメディアで報道されたのは記憶に新しい。
節子さんは13歳のとき学徒動員先の広島で被爆。日本、アメリカ、カナダの大学を経て、カナダでソーシャルワーカーとして30年以上勤務する。その後、軍縮教育に国際的に従事し、世界中の教育機関で核廃絶に向けて現在に至るまで活動している。
バンクーバー新報では、第2会期核兵器禁止条約交渉会議(6月15日〜7月7日)が始まる前の6月8日に、オタワの戦争博物館で節子さんを取材する機会を得た。本紙では、その際に聞いた話を紹介する。
6月8日、オタワにて撮影。カナダ勲章を受章している節子さんは、2015年にノーベル平和賞の候補にも挙がった
今回(6月7日)国会議事堂に招待されてオタワに来られたと聞きました。
3月にニューヨークの国連本部で、第1会期核兵器禁止条約交渉会議があって、被爆者の立場からスピーチをしました。その時にちょうど私のスピーチを聞いたカナダの議員さんたちから「カナダ政府はこの問題について議論をしていない。議論する必要がある。カナダの核兵器政策を変える必要がある」と、オタワに招待されました。
どんなスピーチだったのですか?
今、世界で核に対してどんな動きになっているか、ご存知ですか? 思いがけないことが起きているので、まずは、そこから簡単にお話して、スピーチにつなげましょう。
第二次世界大戦の際、アメリカは広島と長崎に原子爆弾を落としました。世界は核の威力について知っていますが、関心が集中したのは核の軍事的かつ技術的な面でした。そしてアメリカに続いて、1940年代後半から1960年代にかけて、ソ連(現在のロシア)、イギリス、フランス、中国が核実験に成功し核兵器を保有しました。このペースで世界中で核兵器が作られると、核戦争が起きる可能性も高くなる。それを懸念する世界的な核兵器廃絶運動が起こり、1968年に国連で核兵器不拡散条約(以下NPT)が成立しました。内容は、核兵器を持っている「核兵器国」(アメリカ、ソ連、イギリス、フランス、中国)は、核軍縮に向かって誠実に努力すること。「非核兵器国」は、核兵器の製造、取得などを行わないことを約束するものでした。それなのに50年経った現在においても、核保有国に関しては義務付けられた法的な義務を果たしていません。世界の核の95パーセントを保有するアメリカとロシアは、核軍縮どころか、条約を無視して、現在においても核兵器の近代化に努めています。
なるほど。
今年、北朝鮮が数度にわたってミサイル発射実験をしたのは記憶に新しいことでしょう。この件に関して、核保有国は北朝鮮を非難しています。もちろん北朝鮮がしたことは明らかに間違っているのでやめなければいけませんが、核保有国に関しては核実験をすでに2千回以上しています。
核保有国は、軍事的に優位になり、自分たちの地位を固定させるために、こうしたダブル・スタンダードをもって、他国には一刻も早く軍縮するよう非難しますが、自国の軍縮には努力しません。このように、操作する国と操作される国といった、力関係ができあがっています。
それは問題ですね。
だから長年NPTに従ってきた「非核兵器国」は、「核兵器国」による不誠実な状態が続いているので不満が募っていますし、今の国際情勢を見たら核兵器が使われる可能性が過去に例がないほど高くなってきているので、将来への不安も高まっています。現在、核保有国の間で合計約1万5千発以上の核兵器があると想定されていますが、意識的に核兵器を使った戦争が始まったり、テロリストの手に入ったり、誤操作で発動される可能性があります。このままだったら世界は本当に破滅するかもしれません。
怖い現実ですね。ふだん生活していると、こういった話はあまり耳にしないだけに、危機感を感じます。
そうでしょうね。核兵器なんていうと、軍事的なイメージが強いので、一般的に交わされるトピックではないのはわかっています。でも数年前から、世界的に新しい動きも始まりましたよ。「Humanitarian Initiative」 と呼ばれる人道的な動きで、核兵器が人間や環境に何をもたらすか、世界の関心がそちらへと移動していきました。
そして今述べてきたことを背景に、核兵器を持たない国々が、核兵器廃絶を目的に、法的拘束力を持つ規制条約、すなわち核兵器禁止条約交渉会議の開催を提案し、去年の12月23日に国連総会で本決議が採択されました。
それが3月に国連で行われた核兵器禁止条約交渉会議(第1会期3月27日〜31日)ですね。そして、そこでの節子さんのスピーチにつながるわけですね。
その通りです。被爆者として体験を語り、条約の必要性を訴えました。でも、みんながみんなこの条約に賛成しているわけではありません。昨年10月27日の国連総会では核を持たない123カ国は賛成しましたが、アメリカをはじめとする核保有国に、アメリカの「核の傘下」にいる北大西洋条約機構加盟国(以下NATO加盟国)など約40カ国が反対しました。
世界で唯一の被爆国である日本も、平和運動の先端に立たなければいけないと、日本国民には核廃絶を掲げながら、実際に国際政治の舞台に出れば、アメリカの「核の傘下」に隠れ、この交渉会議に参加しませんでしたね。民主国家でありながら、日本は国民や被爆者の70年もの運動に耳を傾けない姿に、世界は「なんて非道な国なんだ」と思っていますよ。「(日本には)裏切られ、見捨てられた思いだ」と被爆者としての気持ちをスピーチのなかで伝えておきました。そして残念ながらカナダもNATOに歩調を合わせているのが現実です。
そうでしたか。核保有国は軍事的に優位な立場にあるので、この条約ができてしまうと自分たちの優位な立場が揺るがされるわけですね。そうなると操作する国と操作される国のバランスも崩れる。だから彼らが反対するわけですね。 また日本やカナダ、NATO加盟国に関しては、アメリカの核軍事力に頼って自国の防衛をしているので、反対の立場をとるのですね。
そうです。アメリカに合意しなければ軍事的にも経済的にも打撃を受ける不安感があります。
しかしカナダの議員さんたちのなかでは、このままではいけないと動いている人たちがいます。アメリカの影響を受けないように、カナダも核兵器禁止条約交渉会議(第2会期6月15日〜7月7日)に参加を促すのが、今回私がオタワに呼ばれた理由です。
そうでしたか。それでは私たちは核を現在の課題として、どう向き合うべきでしょうか?
核問題のことなんて、遠い昔の抽象論のように思われるかもしれません。話すのも嫌、聞くのも嫌だという嫌悪感を起こすテーマであることはわかっています。でもこれは実際に72年前に起きたこと。まだ苦しんで生きている人がいるのです。そしてこれから生まれてくる人も、それに殺される可能性があるわけです。目隠しするのはやめて、過去にあったこと、今進行していること、将来起こりうることに目を向けて、真剣に考えるべき問題だと思います。
核時代に生きるというのは、一体どういうことなのでしょうか。1945年に核が出現してから、核時代は72年間続いています。この72年間が一体どういう世界であったか、真剣に考えたことがありますか?なぜ核時代到来というのか、核が存在するということがどういう意味をもっているのか。私たちは2017年に生きていますが、なぜ他の年と同じではないのか考えたことはありますか。
まずは、核について勉強してください。きっと問題意識が生まれます。不安になることでしょう。責任感も生まれることでしょう。この課題について周囲に話せる人がいれば良いですね。研究会がきっと近くにあると思います。覗いてみてください。もしなければ、新しく作ればいいと思います。資料はたくさんあるので読んでください。そして自分の子供や孫の将来を確保したいと思うのなら、動いてください。議員さんたちとアポを取って、核に対する不安な気持ちを伝えることができれば、特に専門知識はなくてもよいと思います。
こういうことを言ってしまうと話が大きく聞こえるかもしれませんが、一人一人の声がまとまって、それが世の中を動かします。まずは、あなたの声がどれだけ大切かを自覚してください。たったひとりの私の声でも、それに賛同してくれる多くの人たちに支えてきてもらいました。最後には国連にまで私の声が届き、聞いてもらえたのですから。だから読者のみなさんも自信をもって運動に関わってください。
(取材 小林 昌子)
サーロー節子さん プロフィール
トロント在住の軍縮教育家。13歳のとき学徒動員先の広島で被爆。日本、アメリカ、カナダの大学を経て、ソーシャルワーカーとして30年以上勤務する。その後軍縮教育に国際的に従事し、世界中の教育機関で核廃絶に向けて活動する。2007年オーダーオブカナダ勲章受章。2011年日本政府外務省「外務大臣表彰」受賞。