2017年7月13日 第28号

6月27日、バンクーバー市ダウンタウンのリステルホテル・バンクーバーで、日本・カナダ商工会主催のもと、佐野亨氏の講演会が行われた。そのテーマは「日本企業の成長戦略とその中でのカナダ」。

日本経済の展望は、日本国内の少子高齢化問題や世界の保護主義の台頭など、不透明感が漂う。一方、カナダは、最大の貿易相手国アメリカの保護主義が進むなか、経済面では先行きに不安感を抱える。

佐野氏は、はじめに「日本とカナダの貿易総額を見ると、カナダの日本への輸出は総額の2パーセント、輸入は3パーセント。日本のカナダとの輸出入はいずれも総額の1パーセントにすぎないのが現実。そんな中、日本とカナダのビジネス強化は可能か」をベースに講演した。参加者87人が、メモし、うなずき、体を乗り出し聞いていた。その要約を紹介したい。

 

 

講師の佐野亨氏

 

日本企業の成長戦略

 過去10年間の日本の経済成長は、GDPで横ばい。成長していない。アメリカは28パーセントの伸び、中国は3倍の伸び。ちなみに韓国は26パーセント。何か、日本だけが取り残された感があります。

 嘆いてばかりでは始まりませんので、企業の成長の方策を考えてみます。これは1957年にハーバード大学のアンソフ(Ansoff)さんが発表した古典的な手法のマトリックスで考えてみたいと思います。

企業の成長マトリックスーAnsoff HBR

 企業の現状を「既存の市場に、既存商品で市場浸透を図っている」とすれば、成長のためには、新市場の開拓、新商品の開発、多角化のいずれかに打って出ていく必要があるということを示しています。

現在の日本企業に当てはめると

 既存のモデルでは、国内市場が飽和状態のなかで成長戦略を考えると、「海外進出でマーケットを拡大する」、「商品の質を追求し差別化を図る」ことが成長戦略の柱になります。対角線上にある新規モデルで海外進出、というのはあまりにもギャンブルに過ぎます。

 成長している日本企業の例を当てはめてみると、トヨタが海外進出で成功し、セブンイレブンが新商品の開発で質の追求、ZOZOTOWNはサイズ、フィット感を満足させる衣料のeコマースのビジネスモデルを成功させた。これらは、実にわかりやすい実例です。

 

日本企業の海外進出とその課題

 最近の日本企業の海外進出の失敗例は、「東芝のアメリカ・ウエスチングハウス社買収による1兆円の損失」、「日本郵政のオーストラリアの物流会社買収にともなう4千億円の損失」、「キリンビールのブラジルのビール会社買収による2千億円の損失」。これら最近の話題の例。その合計がなんと1兆6千億円にものぼります。

なぜうまくいかないか

 海外の企業を見る目利き力がなく、コンサルタント頼りで買収時に高値掴みをした。買収された現地企業の社員は、それなりに誇りも持っていて、なかなか現場に口出しできず、マネジメントできず放置した。企業本体との相乗効果も出せない。結局、付加価値を乗せて買った企業の暖簾をカバーできずに終わる、このような悪の循環になっているケースが多い。これを切り崩す必要があります。

海外でのマネージメントの 過去・現在

 昔は競争もそれほど激しくなく、時間もゆっくり流れていたなか、新規立ち上げが多かった。トヨタなど、現地に工場を作り新規立ち上げを成功させた。従業員も日本から多く派遣され、日本人駐在員主体で回していた。日本の言葉、文化を持ち込んだ。

 現在は競争が激化するなか、時間がなく、既存事業のMAでスタートしなければならない。従業員も現地の人が主体となり、現地の言葉、文化の運営にしなければならない。日本企業の海外進出には、現在も、未来もその地の企業マネージメントが不可欠といえます。

日本式マネージメントの課題

 合議制ーー「和を以って貴しとなす」とよく言われますが、実態は上司の考えに迎合したり、横並びだったり、結論がでるのに時間がかかります。また、誰もが賛成するような案は、他社と差別化できるような突出したものではありません。

 結果ではなく、プロセスを重視するーー真面目に仕事をしているけど、結果が出せない人は評価されない。多少、遅刻する、勤務態度に難があっても結果を出す人こそ評価されるべきです。

 責任の所在が不明、判断のスピード感が遅い。

 現在のように、変化が早く、不確実性があり、競合も激しい中では、旧来の日本式マネジメントは不適と言わざるを得ません。

海外で求められるマネージメント能力

 多様な考え方、日本人的、あるいはアメリカ人的、中国人的なさまざまな働き方を受け入れる『寛容さ』が必要。いろんなアイディアを吸い上げる度量の広さが欠かせません。

 採用したアイディアの理由を『論理的』に説明できるものでなければなりません。

 また、人事評価は、実力主義と公平性、透明性が欠かせない。『現場での判断力』、そのためには権限移譲が必要です。

 こうした海外で必要なマネージメント能力は、もともと日本人は論理構築をするすぐれた頭脳明晰さや、まかされれば発揮する現場力の強さは備わっているものです。日本人とその組織で、達成可能です。ただ、もっとも弱点と思われるのが、寛容さ。野太い大胆な自己改革が必要なのではないでしょうか。

うまくいっている企業もある

 『JT』。先進国では、展望を持てないタバコという特殊商品ですが、まだまだ有望な新興市場で、成功しています。

 『リクルート』。もともと自由でチャレンジングな企業文化があり、30代で取締役になるなどの実力主義。会社をやめて起業したり、さまざまな分野で新しいビジネスモデルを構築しています。最近積極化した海外進出でも結果を出しています。

 『無印良品』。海外進出での高い戦略性で、海外出店攻勢をかけており、注目の企業です。

 

海外進出先としてのカナダのイメージ

カナダの市場規模

 カナダの人口は3500万人。先進国では市場規模は大きくなく、すでに飽和状態にあるのではないかと思われているかもしれません。しかし、今後15年間の人口増加予想は、17パーセント。世界平均を上回っています。

 なかでも都市部の人口増加予測には目をみはるものがあります。

 メトロバンクーバーでは、現在250万人の人口が、2031年には350万人に。トロントでは、現在610万人の人口が、同じく890万人になると予想されます。

カナダはモザイク 〜バンクーバーの人口構成〜

 2011年アジア系41バーセント、白人55パーセントの人口構成が、2031年にはアジア系53パーセント、白人41パーセントに逆転すると予想されています。

 同じ移民国家のアメリカが、さまざまな人種を「融合させよう」という考えているのに対し、カナダはそれぞれの人種の文化を尊重し、モザイクタイルのように組み合わせて国力を向上させようという基本理念。特にアメリカの現状とは対象的な方向へ進化していくものと思われます。

モノに対する国・地域による反応の違い

 カナダはその人口構成からヨーロッパ、中国、アメリカの国民性が持つモノに対するこだわりがモザイクに存在する市場。同時に日本との親和性も高く、カナダを北米へのゲートウエーと位置づけ、日本からの海外進出を計画してはいかがでしょう。

●日本企業の成長戦略の理想像

 海外進出を図リ、そこでイノベーションをおこす。それをまた日本や他国に展開し、商品やビジネスモデルの質、オリジナリティを追求する。この循環こそが理想の姿ではないでしょうか。

 ただ、ここで問題となるのが、海外でのマネジメント力だと思います。

まとめ

 海外進出は、成長サイクルの起点。海外マネジメントには、寛容と論理性が重要。カナダは、日本企業にとっての世界の窓。

 

講師紹介
佐野 亨(さの とおる)
カナダ三井物産株式会社バンクーバー支店長
日本・カナダ商工会議所理事
バンクーバービジネス懇話会理事
兵庫県出身
京都大学農学部農林経済学科卒業
1991年、カナダ三井物産株式会社入社。海外駐在はアメリカ、オーストラリア
2015年 カナダ三井物産株式会社バンクーバー支店長 

(取材 笹川守)

 

 

 

熱心に聞き入る参加者たち

 

 

「企業の成長マトリックス」①

 

 

「企業の成長マトリックス」②

 

 

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