2016年11月10日 第46号

たとえ独居で要介護でも自宅で暮らすことは可能か? 上野千鶴子氏が10月15日、ブリティッシュ・コロンビア州バーナビー市のアラン・エモット・センターで、112人の参加者を前に『日本の介護事情』と題して講演を行なった。

 

 

「『おひとりさま』と付けると孤独な老人が威張れるようになった」とウィットに富んだ語り口で、質疑応答を含め2時間の講演中、参加者を惹き付けた

 

カナダ講演の機会を日系コミュニティの場でも

 この10月開催の、女性や介護をテーマとした講演講師として、東京大学名誉教授、ジェンダー研究で日本を代表する上野千鶴子氏がBC州のブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)とオンタリオ州のトロント大学に招かれた。その機会を知ったバンクーバー在住の岡本裕明氏が上野氏と親交のある元バンダイナムコ・元ブシロードの中山淳雄氏を通じて上野氏に打診。日系グループの協力を仰ぎ、企友会、桜楓会が共催し、隣組、日系女性起業家協会協賛による氏の講演会が実現する運びとなった。

 

『おひとりさまの老後』がベストセラーに

 上野氏は25年ほど前にUBCのサマースクールで教壇に立った経験がある。「この度いろんな人たちに再会することができ、同窓会のような気分。それだけ年を取った」と講演を始めた。

 自身が50歳を迎えたのは日本に介護保険が生まれた2000年。独り身の自分の最期の行き場は介護施設か病院…そう諦めていたが、介護保険の誕生は家に住みながら介護を受ける道を広げた。「介護保険は自分のためにできたと思い、その研究に取り組みました」。そして2007年、女性に向けて『おひとりさまの老後』を執筆(80万部の売れ行き)、以後『男おひとりさま道』『ケアのカリスマ』『おひとりさまの最期』を出版した。

 

変化する介護をめぐる状況 —2025年問題浮上

 近年の大きな変化に独居世帯の増加がある。現在、日本の高齢者世帯の4分の1が独居で、予測では、近い将来半数を超す。人口の最も多い団塊世代は2025年に後期高齢者(75歳以上)になる。すると要介護の認定率も、認知症の発症率も跳ね上がる。こうした高齢者急増による介護・医療費等社会保障費の急増への懸念は「2025年問題」と呼ばれている。

 日本人の平均寿命は女性86歳、男性80歳。「今や人生100年時代。死ぬに死ねない人たちをどこかで看取らなければなりません」。現在の看取りの場は、病院が80パーセント、在宅13パーセント、施設が6パーセントである。この先、高齢者増の時代を迎えると病院はどうなるか。

 危機が迫る中、政府は今年4月、医療介護一括法を施行した。あるメディアの表現を借りると、その一括法の方針は「ほぼ在宅、ときどき病院」。病院と医療資源は急性期医療と高度医療に限定。病院は増やさない、入院期間は抑制し、家に帰す。具体的には「病院から在宅への復帰率75パーセントというしばりをかけました」。また軽度の症状の人たちは介護認定から外そうとしている。2000年の介護保険導入当初、利用者の掘り起こしに動いた行政が3年後には抑制へ転じた。利用者側も、自分たちが保険料を払い出したとたんに介護への権利意識が広まった。大きな変貌ぶりである。

 

上野千鶴子氏 『国策協力者』に?

 現体制のまま2025年を迎えると、病院や施設に入れず、人生の最期を看取る家族もいない中で迎える『看取り難民』は、最大ピーク時で推定47万人。だが、氏は『難民』あるいは『孤独死』と否定的に語る社会へ切り込む。

 「家で独りで暮らし、死んでいても、それを『孤独死』とは言わなくたっていいじゃないですか。高齢社会の死はゆっくり衰える予期できる死です。突然死はほとんどない。その過程でケアマネ(ケアマネージャー)が付きます。介護保険の認定を受けます。いろんな人が支えてくださって、ある日死んでいた。これをよくも悪くもなく『在宅ひとり死』と呼びましょうよ」と、氏は自ら名付けた『在宅ひとり死』の呼称を推奨する。

 氏が介護現場の取材を通じてわかったことは、施設入居の人々の『家にいたい』の悲願だという。(高齢者の8割以上が在宅死を希望)。「それは必ずしも家族と一緒に住みたいという意向なのではない。誰もいない家であっても帰りたいのです」。政府は社会保障費の抑制の目的から『ほぼ在宅』を推進する。動機は違うが「呉越同舟でも、舟の進む方向が同じならば」と、氏も多くの高齢者が望む在宅ケア、在宅死が可能な体制作りを推進している。

 

家で最期を迎えるための要件と課題

 医療・看護・介護の現場で働くエキスパートたちは、家で死を迎えるために必要なこととして、次の4点を挙げた。
1 本人の強い意思
2 家族の同意
3 医療介護資源のあること
4 経済力

 家で住み続けることへの抵抗勢力の一つは家族である。家族のあり方もここ数十年で変貌し、たとえ家族がいても介護力は期待できない。そんな中、高齢者の施設入居を選択・決定するのは、ほとんどの場合本人ではなく家族。入居理由は『家族にとっての安心』だ。65歳以上の高齢者の持ち家率は85パーセントを超しているが「高齢者本人は自分名義の家を持っているのに、家から出される。同居しているばっかりに」。また病院を最期の場所と考え、病院へ誘導するケアマネージャーや医師の持つ常識も、在宅を阻む抵抗勢力になっていると氏はみている。

 医療介護資源の一つである施設に関し、氏は疑問を提起する。「要介護になったら年寄りだけでまとめて暮らさなきゃならないのか。高齢者は身体・精神・知的の中途障がい者になるようなものだと思えば、障がい者になったらまとめて面倒看られなきゃいけないのか」と述べた。

 さらに、施設より家を終の住処と奨励する理由に、空き家率13パーセントの現状と人口ピーク時以後、施設が余ることを加えた。 

 では、どれだけの資金があれば、死ぬまで介護ケアを受けられるのか。介護認定5の重度要介護者の場合、36万円までの介護費用が使える。自己負担はその1割(高額所得者は2割)。加えて高齢者高度医療費の減免制度があり、費用負担は4万4千円程度。合わせて月々約8万円が介護医療費となると例を挙げた。

 「それまでは、家族がいないと家で死ねなかったと言われていたんですが、以下の3点セットがあれば、独居世帯でも死んでいけるということがわかりました」と、「24時間体制の訪問介護/医療/看護」を示した。この3つのサービスが、医療・介護の先駆者たちにより都会や地方の両方で生まれ始めている。

 その実例として、認知症でありながら、本人の強い意思により独居を続けた女性を紹介。24時間体制の介護サービス、訪問医師と看護師、さらに徘徊への対応として防犯・警備会社と契約し、外出時に通報されるシステムを導入した。その他、興味深いさまざまなパイオニアの事例を写真と共に紹介。こうした介護現場を見てきた氏は、「在宅ターミナルケアは可能、独居でもOK」との手応えを得て、これからは本人に代わり医療と介護を統括指示をする『司令塔』の存在が鍵になると述べた。さらに大事なことは、家族の意思より「本人の意思決定を支援することが必要」と課題を提示して講演を締めくくった。

 

上野氏へ本紙インタビュー

現在の介護の分野での活動の焦点は?
 あえて言えば、消費者教育。消費者リテラシーが高くないと介護のクオリティが上がらないんですよね。こういう選択肢がありますよ、と利用者の方に示して、実践現場にいる人たちと実際に学び合って質を高めていかないといけないので。だからこういうこと(講演会など)をやっています。

北欧など福祉先進国と後進国のケアではどこが違うのでしょうか。
 (政府が)かけるお金の額が圧倒的に違います。そのため人の層の厚さが違います。日本は、高福祉高負担の社会ではないが、高齢者に関しては中福祉中負担くらいにはなったでしょうか。ただし、子育て関連の福祉はまったく追いついていません。

そういう現状なんですね。
 お金のかけ方が全然違うけれど、個々の現場の人たちのやっているケアの質では、決して日本が劣っているとは思いません。

日本で老後を迎えようか、ここカナダに居続けようかで迷う人々も少なくありません。日本での老後を考える人にアドバイスをお願いします。
 どこを選ぶかはとても大事。地域差がありますからね。介護保険ができて以来、介護事情は急速に改善されたので日本で老後を過ごすのも選択肢の内ではないでしょうか。日本の介護が遅れているとは私は思いません。

 

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 近著『おひとりさまの最期』の中で上野氏は「いろんな死というものがあるんだなという感慨を持った」と述べている。そこに触れると「生まれることが選べなかったんだから、どう死ぬか、いつ死ぬかも選べないのは当たり前のこと。できる限りは生き抜くっていうだけのことです」。人の生死に成功、失敗はないと感じ「自分の方の受容する構えは大きくなりましたね。(死に方への)こだわりはだんだんなくなってきました」と語った。

(取材 平野 香利)

 

 

「介護保険を作る前と後では大違い」と介護保険のありがたみを語った上野千鶴子氏

 

 

司会を担当した岡本裕明氏と上野氏

 

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