2016年10月6日 第41号
バンクーバー市のコンベンションセンターで、9月25日から30日の5日間にわたって国際水族館会議(International Aquarium Congress)が開催された。IACは1960年の開催以降、4年に1度開かれ、世界中から海洋学者、水族館関係者が集まる。昨年は南アフリカのケープタウン、ことしはバンクーバー水族館の主催でバンクーバー市での開催となった。バンクーバー水族館は、非営利団体でありながらも海洋学の世界に大きく貢献している。
安部館長のスピーチの途中、水族館スタッフによる大漁旗の披露
海洋学の未来、海の汚染問題、そして現在世界中で危機に瀕する海洋生物の保存について専門家たちがプレゼンテーションをした。ゲストプレゼンターは、海洋学者、海洋生物学者、気象環境学者、水族館の飼育管理者、国立公園管理者、海の汚染を研究する機関の代表者など、海や水辺に関する専門家たちである。
近年世界中で起こっている異常気象や工場廃棄物、放射能物質や一般のゴミなどの汚染で、世界中の海洋生物が危機に陥っている事実を公表し、対処しなければならないというメッセージを専門家たちがそれぞれの観点から説明した。専門家たちは皆、「我々だけが頑張っても世界は変わらない。世界中のみなさんが意識を変えなければ海は救えない」と訴え、海の汚染や海洋生物の保護などの世界的な意識的改革を説いた。
海洋生物の危機が日に日に迫っている現在、4年に1度では間に合わないという理由から、3年に1度開催されることになった。次の開催地として選ばれたのは日本の福島県である。本来ならば2019年に開催されるはずであるが、2020年の東京オリンピックの前年にあたることから、2018年に予定されている。主催は福島の小名浜にある「アクアマリンふくしま」である。
今回、福島県から二人のプレゼンターが参加した。福島県県庁・企画調整部文化スポーツ局(福島県2020年東京オリンピック・パラリンピック関連事業推進本部)の阿部雅人次長と水族館「アクアマリンふくしま」の安部義孝館長である。プレゼンテーションでは、IACに参加する人たちに向け、福島について語った。
福島といえば、東日本大震災の記憶がまだ新しい。そして当時、ニュースで何度も耳にした「福島第一原発事故」である。放射性物質の漏れがIACでの大きな懸念である。「アクアマリンふくしま」は福島第一原発と同じ海岸沿いで、55㎞の距離にあるが、阿部次長は、福島県の放射線濃度はニューヨークやロサンゼルス、ミュンヘンやパリなどの世界の大都市と比べてもほとんど差はない、と述べた。
また阿部次長は福島の名産や名物についてもふれた。福島名物の食べ物といえば、喜多方ラーメンや会津そば、当地のソウルフードでもあるソースカツ丼である。続いて東山温泉、裏磐梯五色温泉、磐梯熱海温泉をはじめとする温泉とリゾートホテルやスパ。名産品は起き上がりこぼし、赤べこ、会津漆器や日本酒である。特に民芸品である起き上がりこぼしについては特別な想いがあり、職人の一人である早川美奈子さんについて語った。震災で受注の数が大幅に減った早川さんは、一度は起き上がりこぼしの製作を辞めることまで考えたという。だが、倒れては起き上がるこの起き上がりこぼしは福島の人々の励みになる、そう考えて、伝統民芸である起き上がりこぼしの製作を続けた。今では野沢民芸品製作企業組合の専務理事を務め、民芸品製作の保存のために尽力している。この起き上がりこぼしは現在の福島の復興の象徴だと語った。「七転び八起き」の慣用句とかけ、福島の立ち上がりをアピールした。
続いて、「アクアマリンふくしま」の安部義孝館長が次回のIAC開催予定地である「アクアマリンふくしま」を紹介した。「アクアマリンふくしま」はただの水族館ではなく、周りには自然がたくさんある環境水族館であると強調した。海洋生物の飼育、展示だけではなく、自然の保存という使命も帯びていると述べた。その言葉どおり、現在「アクアマリンふくしま」の周囲には自然豊かな公園がいくつも造られている。プレゼンテーションの途中、水族館のスタッフが猟師の伝統衣装で登場し、福島の名物の一つである大漁旗を振り掲げた。大漁旗とは漁に出た漁船が帰港する際、大漁を知らせるために掲げる旗である。デザインは様々で、縁起を担ぐデザインや、鮮やかな色彩のものが多い。「アクアマリンふくしま」の近くには漁港が幾つもあり、安部館長は、この大漁旗も名物としてアピールしていきたいと熱く語った。
東日本大震災、そしてことしの熊本大震災は、被災地はおろか、日本全体へのダメージとなった。熊本大震災での被害総額は1兆円を超えるが、東日本大震災では約16兆円に至る。震災からのダメージだけではなく、震災後の原発事故の影響による風評被害。5年経った今でも、この風評被害が復興の妨げになっている。2020年には東京オリンピック、2018年にはIACの開催が決定し、福島、熊本という個別地域としてではなく、日本が一体として再び立ち上がる大きなチャンスを世界は与えてくれたのである。日本は過去に何度も倒されてきた。地震をはじめとする数々の災害、第二次世界大戦、原爆投下。だがそのたび、日本は復興し、再び立ち上がった。それは福島の民芸品である起き上がりこぼしのようである。
(取材 榊原 理人)
水族館「アクアマリンふくしま」の安部義孝館長(左)と福島県県庁・企画調整部文化スポーツ局(福島県2020年オリンピック・パラリンピック関連事業推進本部)の阿部雅人次長(右)