ホープチェストプロジェクト 2011 ― 2015
6月12日まで開催 バーナビー・アート・ギャラリー
この世界のあちこちで、少女たちが非人道的な状況に置かれていることを知り、怒りを覚えた鈴木道子さん。芸術家である自分にできることは何かと問いかけた。その答えを形にしたのが「ホープチェスト(希望箱)プロジェクト」である。
額の中の作品が、そのまま鈴木さんの服に。日常生活にアートをという思いから生まれた
5月19日、ブリティッシュ・コロンビア州バーナビー市のバーナビー・アート・ギャラリーのオープニングレセプションには、鈴木さんの作品に関心を寄せる264人が集まった。
少女の写真が印刷された純白の絹のテント。その中に入ると、白いクロスのかかったテーブルの上に桐の箱がある。その箱にかかった布地に印刷された作品、そこに表現されているのは少女の夢と希望だ。
鈴木さんは版画家として長年にわたり活動。東京を拠点に海外でも展示会を開き活動してきたが、2002年にアーティスト・イン・レジデンスとしてノースバンクーバーのキャピラノ大学に招聘されたことをきっかけに、同大学のウェイン・イーストコット教授との共同製作を開始。二人で手掛けたデジタルな手法の導入は、鈴木さんの作品に劇的な変化を生んだ。
「それまでの私の作品を見てきた方が今回の作品を観ると『鈴木さん、こんなに変わちゃった』と、びっくりされると思います」(鈴木さん)。今回はそれほどに制作の手法も視点も従来と大きく異なるものになったという。その背景には鈴木さんに衝撃とインスピレーションを与えた出来事があった。
少女たちの置かれた非道な社会への思いから
私が所属しているクリスチャンの教会に行きました時、そこでカンボジアの少女たちが性的虐待を受け、売春を強いられている非道な状況のレポートをビデオで観ました。ものすごいショックでした。とても人間のすることではないと。ショックの次に怒りが込み上げてきて……。その思いがなかなか頭から離れませんでした。
その後、東北の地震が起きました。そして震災後も高い放射線量のある地域で暮らす子供たちが、婚姻に関する、放射線そのものの被害よりも重大で感情的な言葉による虐待(風評被害)を受けていることを知り、胸が痛みました。
どうにか社会を変えられないかと思いましたが、一人の力では何もできない。私の怒りは子供たちの助けにはならないと思いました。
芸術家としてできることを
そのかわり未来を作る子供たちに、希望を与えるようなものができないか。少女たちを精神的なところでサポートができることはないかと考え始めました。私はたまたまアーティストですので、アーティストとしてできることを模索したんです。
そこで自分が辛いとき、悲しいとき、どのように立ち直っていくのか、そこを見つめました。
辛いとき、歌が好きな人ならば歌を歌うとか。いいこと、楽しかったことを思い出すとかしますね。そしてきれいなお花や海を見たりしていると、何となく気持ちがやわらいで楽になりますよね。やっぱり自分はアーティストなんだから、そういうきれいなもの、素敵なものを見せてあげる。そうすれば少女たちを元気づけられるのではないかと。それでこのプロジェクトを思い立ったんです。
少女から女性に—
鈴木さんはカナダと日本の少女たちを取材し、夢を聞き出し、作品にしていった。 「道子さんからインタビューを受けたのはもう6年近く前のことなんです。メイクアップして写真を撮って、将来について聞かれて。とてもうれしい経験でした」と語るのはアレクサンドラ・テイラーさん。鈴木さんは、当時演劇の道に進みたいと思っていたアレクサンドラさんのために、彼女の演じる姿や映画の舞台監督のイメージ画像をデザインし、布地に印刷。神聖さを表す桐の箱に、そっとかけて展示した。
アレクサンドラさんはこの日、出来上がった作品を初めて見た。「とっても驚きでした。こんなに大きなものになるとは思いませんでした。今の仕事は、アパレル店でマネキンのディスプレイなどのビジュアルな展示を担当しています。演劇ではないけれど、すごくクリエイティブで、高校時代の演劇の経験が役立っています。だからあの箱に描かれていることは、今の私につながっています」
鑑賞者からの声—
「ホープチェストというアイデアが好きです。少女が抱いている夢を表現するコラージュの仕方も興味深いですね」「とっても美しいと思います。こうした絵を観ているといろいろと考えさせられます。成長とかパーソナリティーとか…」
作品は展示物のほかに、震災後の福島で撮影したビデオ映像もあった。福島の家族の姿を観た来場者のデボラさんは「日本の親御さんが子供の将来を真摯に考えている姿勢が印象的でした」と語っていた。
人々を啓発している作品の数々。そして鈴木さん自身が身に着ける衣服もその作品の一つだった。
アートが日常の生活の一部となるように
このように身に着けられる形で作品を作ったのは、もっとアートを日常に近づけたかったからなんです。私は何十年と版画家として生活をしてきて、ただ壁に飾る展示会を何度もやってきましたけれど、やっぱり一般の方との距離感があるんですよね。もっと一般の方の生活の中に取り込んでいただくことができたらと思って。そこから作品が変わっていたんですね。
そのきっかけですか? それはこのカンボジアのビデオを観たことに始まる一連のことですね。福島の原発事故後、放射線量を計るために計測器をつけながら外を歩く郡山の少女と出会うことができ、その子を元気づけたいという思いになって…。
作品を作って売ればそれでいいという世界じゃない気がしてきたんですね。長くやっていると。
作品のアイディアが生まれる瞬間
いわゆるミューズ(芸術の神様)が降りてくるんです。ある日突然、雨のようにザバッと来ますね。ごく普通の時にです。机に向かって考えていても作品は出てこないんですよ、私の場合は。こうしたものが来るのはやっぱり日常の積み重ねなんだと思います。
今回のアイディアについては、深く汚い嫌な世界を見たこと。でも悲しいかな、意外とこういうところからアートって出てくるんですね。
泥沼に咲く一輪の花みたいなものがアートだと思うんですよ。一輪でもいいからきれいな花があれば。世の中は汚いですけど、それで救われるような気がします。そういうことをやりたいですね。力は及ばないですが、できるだけ。たとえ一輪の花であっても。
(取材 平野香利)
少女の姿に過去、現代、未来が重ねられて— 想像が膨らむ作品の数々
純白の絹で神聖な空間を創出した
オープニングセレモニーで作品への思いや協力者への感謝の思いを語る鈴木さん
作品のモデルになった女性たちとともに
自身がモデルの作品の前で— アレクサンドラさん
アレクサンドラさんがテーマのテントの中。下に桐の箱が置かれている
これが桐の箱の蓋となる
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