アルツハイマー博士により、アルツハイマー型認知症が発表されて100周年となったことを記念する国際会議で。シカゴ大学Sisodia教授、 マサチューセッツゼネラルホスピタルTanzi教授と。

 

杉本八郎氏は、このアルツハイマーの進行抑制薬、アリセプトを、エーザイ在職中に開発して、“薬のノーベル賞”と呼ばれるガリアン賞特別賞を受賞している。さぞやエリート街道を進んできたのだろうと想像するが、意外にも高校を卒業してすぐにエーザイに入社。仕事をしながら、大学に通い、コツコツと努力を重ねてきた人物だ。

現時点で、日本でアルツハイマー型認知症の治療薬として承認を受けているのは「アリセプト」のみ。また、世界において軽度・中度・高度までのすべてのステージをカバーする治療薬も「アリセプト」だけだ。この画期的な薬を開発した杉本氏が、現在は、アルツハイマーの根本治療薬の開発に挑んでいる。

 

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杉本先生はエーザイを定年退職されてすぐに、京都大学に移られたそうです。今回、バンクーバーにいらっしゃったのは?

昨年、朝日新聞の『人生の贈りもの』と言う記事で、アリセプト開発者として取り上げていただきました、それを読んだエーザイのボストン所長が(講演のスピーカーに)招いてくれて、ボストンだけでは、もったいないということで、ニュージャージーでも話をしてきました。

バンクーバーへは、日本帰国前に、バンクーバーに住む姉に会うため、立ち寄ったものです。

講演の内容は、アルツハイマー治療薬発見という夢についてで、1961年にエーザイに入社したときからの話をしました。

 

東京都立化学工業高校を卒業して入社しているので、18歳だったということですね。

入社当時の杉本先生。はい。写真もあります。かわいいでしょう?笑) 
子どものころは、詩人か小説家になりたいと思っていました。でも、高校を卒業したらすぐに仕事を見つけるようにと、母に東京都立化学工業高校を勧められました。大学に行きたかったですが、お金はありませんでした。

エーザイも当時は研究者の数はたったの50人。設立は1941年で、私の入社が1961年。今で言うベンチャービジネスで、まだまだ規模が小さくて、アットホームな会社でしたね。



入社後、大学に行くように勧められた。

はい。研究所に近かった中央大学理工学部の夜間に通って卒業しました。勧められても行かなかった人もいましたが、私の場合は、夜間を卒業したおかげで、後に博士号を取得することができましたし、大学の教授になることができました。

入社時は研究にそれほど情熱はありませんでした。剣道にのめりこんで、組合活動に活発に加わっていました。ただし、すごい薬を開発したい、開発してやるという気持ちはありました。目標どおりに、アルツハイマーの対処薬アリセプトと、その前にデタントールという血圧を下げる薬を開発することができました。

アリセプトの場合、専門的に言うとアセチルコリンが脳内で増える結果記憶が改善されます。しかしアセチルコリン受容体は脳内だけでなく全身にあります。そのため全身でアセチルコリンが増えると危険です。この理由が合成出身の私にはよく飲み込めなかったのです。分らなかったから恐れずにがむしゃらに研究を進めたら成功したのです。

現在、新薬開発の費用は500億から1000億と言われています。でも新薬開発は成功率0.2%と言われるほど低い。普通は怖くなりますよね?

成功するには、まず、信じて進むのが第一条件ですね。そして、貪欲であること。貪欲も二つあって、自分のためと、世の中、人のための貪欲です。自分のためだけだと、ダメ。世の中のためでなければいけない。

50年前のエーザイ。研究者は50人しかいなかったそうだ。1980年代のエーザイの筑波研究所は、内藤 晴夫現社長が、部長として束ねていました。内藤さんの指揮はすさまじいもので、夕方5時に職場を出ると早退と考えられていました。5時が定時でそれ以降は残業ですよね。夜の9時や10時に研究所を回ってくるので、そんな時間まで仕事をしていましたね。そばにあった藤沢薬品の研究所では、夜いつまでも電気が消えないエーザイ筑波研究所のことを“不夜城”と呼んでいたようです。

研究所を6つのチームに分けて、競い合わされました。協力はありませんでした。ひとつのグループが、他のグループの先を行くと、サポートではなくストップしようとするような状態でした。炭素に圧力をかけると、ダイヤモンドができるということで、“プレッシャーはダイヤモンドを作る”とか、“不可能に挑戦する”などといった言葉を、当時部長だった内藤社長は残しています。そんな中で貪欲に頑張りました。

 

アリセプトの開発には、お母様への思いもあったとか。

アリセプト開発にはお母様への思いがあったという。はい。母が認知症を患っていました。私は9人兄弟の8人目なので八郎と名づけられたぐらいで、大変な時代に本当に苦労して私たちを育ててくれました。そんな母を見て育っていて、大きくなったら親孝行をしたいと思ってきたのに、いざ親孝行ができるようになった時に、母は認知症にかかってしまいました。見舞いに行っても私のことが分からないんですよ。あれは辛かった……。治療薬があれば…と思いました。

 

さらに、懸命にアルツハイマーの薬の開発に努めてきて、やっとアリセプトを見つたときに、事件がありましたよね。

1992年に研究部門から人事部に異動になりました。ほかの研究者と喧嘩をしてしまったのが原因です。人事部だと研究人生の終わりじゃないですか。実は転職も考えたんですよ。でも、50歳という年齢のことや、論文をひとつも書いていない、学歴の問題もあるなどから、採用されませんでした。今から思うと、採用されなくて良かったんですよね。当時の社長にも、最後まで面倒をみるからと言われて、仕方なしに人事部に行きました。

人事部で日本全国の大学の薬学部をまわり、先生方と親しくなりました。このときの人脈がプラスになっていますし、出会った先生からアリセプトの論文を書くよう勧められたことで、博士号を取れました。博士号を取ったので、こうして京都大学の教授にもなれました。

私にとってのターニングポイントは、1997年2月5日に開かれたアトランタでの新薬発売記念大会です。そこで、アリセプトの開発者を代表してスピーチをしたら、集まっていた2500人以上の聴衆がスタンディング・オベーションをしてくれました。とても感動しましたね。そこで、社長に研究部門への復帰をお願いして、戻ることができました。

 

アルツハイマー根本治療薬の開発についておしえてください。

アルツハイマー新薬としてアリセプト(塩酸ドネペジル)を開発することができました。アルツハイマーの進行を遅らせることができるとして、世界で販売されていて、現在、エーザイで年間4千億円売り上げがあります。アリセプトは症状を改善することもできますが、患者や家族が求めているのは根治です。私はアルツハイマーの根本治療薬を作る、責任のようなものを感じています。

アミロイド斑と細胞内神経原線維変化(NFT)の二つが、アルツハイマー病の大きな特徴です。原因についてはベータアミロイドの蓄積、あるいはタウたんぱくと考える研究者がいます。さまざまな化合物をつくり、実験を続けていますが、肝臓に問題が起きるなどの副作用があったりして、今のところ成功に至っていません。

2003年にエーザイを定年退職して、京都大学に移りました。さらに根本治療薬を創るという夢に向かって、2004年に株式会社ファルマエイトを創設しました。京都大学薬学部などと提携していて、ミッションは病原遺伝子をターゲットにして健康を保証する新薬を創ることです。

現在、ベータアミロイドとタウたんぱくをターゲットとした根本治療薬の候補として、クルクミン誘導体の可能性を探っています。クルクミンはインドのスパイス、ターメリックの主成分で、私が大腸がんと診断を受けた時に、バンクーバーにいる甥がクルクミンと大腸がんとの関係についての新聞記事をファックスしてくれました。ファクスを受け取ったのは夜中の2時でしたが、そのときインスピレーションが沸きました。インドにおけるアルツハイマー患者は米国より4.4倍少なく、マウス実験でクルクミンがベータアミロイドを減らすことができることは分かっています。

82歳のアルツハイマー病患者の筆跡。アリセプト投与後、大きく改善しているのが分かる。(出典:British Medical Journal / 4 December, 1999)

 

 

杉本氏は人生のさまざまな場面でしっかりとチャンスを掴んだという印象だ。「私の人生を振り返っても幸運のかたまりのようなものだと思います」とのことだが、その幸運の後ろには、ピンチを活かすポジティブさや、努力、親孝行など氏の人生に対する姿勢があるよという印象を持った。

 

(取材・文 西川桂子)

 

杉本八郎(すぎもとはちろう)

1942年東京都生まれ。1961年エーザイ株式会社入社。日本薬学会技術賞、英国ガリアン賞特別賞、化学・バイオつくば賞、恩賜発明賞を受賞。2003年エーザイ退職後、京都大学大学院薬学研究科教授に。2004年京大発の創薬ベンチャー、株式会社ファルマエイト(〒602-0841 京都市上京区御車道通清和院口上る東側梶井町448番地5-307号室 TEL/FAX 075-634-7178 www.pharma8.jp)創設。趣味:剣道教士七段、薬業剣道連盟会長、俳誌「風土」同人、日本俳人協会会員。

 

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