作曲家、シンガーソングライターとして、日本の音楽シーンに確かな存在感を放つアーティスト、大橋トリオ。2015年12月末からクリスマス休暇でバンクーバーに滞在中の大橋さんに本紙が独占インタビュー!

 

 

終始静かに語る大橋さん。音楽を聴くときはBGMでなく、爆音で聴くのだとか

  

独特の世界観を洋楽ベースで表現するアーティスト

 もともとは作曲家・大橋好規(よしのり)として活動していたが、1人でありながらも遊び心で「大橋トリオ」と名乗ってソロシンガーデビューする。2009年にはシングル『A Bird』がスマッシュヒット。同年発売のファーストアルバム『I Got Rhythm?』は、iTunes総合アルバムチャートで堂々1位を獲得。一般リスナーのみならず数々のアーティストも魅了し、SMAP、小泉今日子、布袋寅泰、今井美樹、矢野顕子、平井堅、観月ありさほかへの楽曲提供の依頼を受けたり、コラボを手がけてきた。

 他のアーティスト作品も多数カバーする中、『贈る言葉』は歌詞の魅力を再発見するカバー曲として話題になった。

 2月3日には向井理が出演する賃貸経営会社ハウスメイトのCM曲『愛で君はきれいになる』を含むアルバム『10(TEN)』をリリース予定である。

 ミスターメローと称される彼の歌声は、限りなくソフトで透明。アコースティックにジャズのテイストが入った小粋なサウンドは、柔らかい日差しの注ぐ空間でのコーヒータイムにぴったりだ。

バンクーバーダウンタウンでのインタビュー

 今回の来加の目的の一つは親戚を訪ねること。バンクーバー在住の写真家・今泉慶子さんが大橋さんの叔母に当たる。

 帰国を翌日に控えた1月6日、滞在中のホテルで出迎えてくれた大橋さんに、曲作りのことを中心に話を聞いた。

バンクーバーではどんな経験をしましたか?

 「親戚のクリスマスパーティーや新年のパーティーで日系の方たちと話して勉強になりました。後はキャピラノやビクトリアに行ったり、この界隈を歩いたりしたくらいですが、こちらの人からは僕らの英語もしっかり聞いてくれようとするあったかさを感じました」  

新年ということで今年の予定を。

 「新しいアルバムがリリースになるので、テレビに出たりツアーをしたりといろいろやると思います」

10枚目となる『10(TEN)』ですね。このアルバムに行き着くまでにどんな流れがありましたか?

 「最初はアコースティックなもの、それからちょっとジャズフレーバーのものをやってきたのですが、僕の音楽はJポップという分野になるので、聴く人の幅を広げるには、Jポップをもっと掘り下げて意識しないといけない。それは自分でも思うし、周りからも言われて葛藤になったりもするんですけど。それでもう少しポップに広げてみたりしたものの、それもやりつくした感があって。じゃあ今度はコラボしてみよう、そしてロックにいってと試行錯誤ですね」  

聴く人の幅を広げることが一つのフォーカスなわけですね。

 「ええ。でもこだわりの音楽性みたいなところは捨てるわけにはいかないから、そこはうまくかいくぐれる隙間を攻められればいいかなと」  

周囲の要求もたくさんあるんでしょうね。

 「もっと派手にと言われ続けています。でも比較的低い音域でウィスパーで歌うというのが、自分にしっくりしてて、その自分の芯は貫くようにしています。無理に張り上げると、だめな方向にいってしまいがちなので」  

歌詞作りは全部他の人に委ねていますよね。もしかすると大橋さんにとって曲作りは、伝えたいメッセージありきではなく、メロディが出てきて、もっとこうしたら面白いかなと、音で遊んでいるような感覚だったりしますか?

 「完璧にそれです。音楽が好きなだけで、そこにメッセージを込めるつもりはまったくなくって、要は音が気持ちよければそれでよくって。歌詞を書く人もそれをわかっていて、僕が作った音に添えるような感じで歌詞を書いてくれています。まあ結局歌詞がはまって、そこにメッセージが生まれるんですけど」  

何日もメロディが浮かばないこともありますか?

 「悩んでも始まらないんで、もうやらないって決めてて。期限が3週間だとしたら、初めの2週間は何もやらない。最後の1週間でがーっと」  

そういった音楽作りのおいしいところと辛いところは、どういったことにあると感じていますか?

 「おいしいところは、割と簡単に形になるところ。すぐに形になるのは楽しいことだなと思いますね。辛いところはなんだろう。百何十曲作ってきて、やっぱり違うことがしたいんですよね。今まで自分がやっていない、もっと言うと誰もやっていないことができたら一番いいという。それって発明みたいなものなので、本当に難しくって」  

マルチプレーヤーで知られる大橋さんですが、川や森がある自宅のスタジオでレコーディングされているそうですね。

 「自分の好きなようにできるので。普段はコーヒー飲んでぼーっとしています」  

音楽業界にいながらもゆったりした暮らしに思えます。

 「良くないなとも思うんですけどね、隠居生活みたいで。派手な世界のようで全然地味なんです。大橋トリオのときはハットかぶるんですけど、それをしていないときはばれないですね」  

最近感動したことは何ですか?

 「映画だったら『はじまりのうた』ですね。イギリスのシンガーソングライターがニューヨークのプロデューサーに認められて、ニューヨークの街の中でレコーディングしていくんですね。この映画は音楽の人間としては面白かった。すごくいい映画で」  

こんな作品ができあがったら死んでもいいと思える作品はどんなものでしょう? そのことで思い出すのが、大橋さんがファリレル・ウィリアムスの『ハッピー』のことを話題にしている記事なのですが。

 「『ハッピー』すごいですよね。たぶん、そんな作品ができてないからまだ生きてる。もしそういうものができたら、生きる目的を失って、本当に死んじゃうかもしれない。だから敢えて作らずに(!)。世界中に届くものができたら一番いいですけどね。それもあって英語でも歌うようにしているんですけど、ハードルは相当高いですよ」    

* * *

 歌声から想像どおりのソフトで穏やかな雰囲気の持ち主の大橋さん。日常のふとした瞬間に音が生まれることも多く、今回のバンクーバー滞在中にもメロディが浮かび、慌ててキツラノの楽器店でギターを買い込んだという。また多くの日系二世、三世の人々との交流は印象的で、自身が日本人であることを再認識する機会になったようだ。

 このたびの来加は、海外でのレコーディング環境を探すことも目的の一つ。北米ミュージシャンの演奏技術の高さが魅力だという。ハイクオリティのサウンドを追求し、世界中のリスナーに愛される音楽を目指す大橋さん。次回の来加ではコンサートを開き、北米リスナーの耳に直接サウンドを届けてくれることを期待し、応援したい。

(取材 平野香利)

 

大橋トリオ プロフィール

本名・大橋好規(おおはしよしのり)。千葉県出身。4歳からピアノを習い始め、ギター、ベース、ドラムもこなす。洗足学園音楽大学でジャズを専攻。

2003年の映画『この世の外へ クラブ進駐軍』でのピアニスト役の俳優・村上淳への音楽指導が、音楽業界への最初の一歩となった。このチャンスは、大橋さんが指導に当たっていた順天堂大学のジャズ研のメンバーが、映画の音楽指導者のオーディションに大橋を含めたバンドの演奏デモテープを送ったことから巡ってきた。

自宅スタジオでの自身の高い演奏技術と音のクオリティが評価されて、各種音楽マガジンに取り上げられている。特に気に入っている自作の曲は『そんなことが素敵です』『Happy Trail』『Baumkuchen』。

 

スタンレーパークでの1枚。写真を撮るのが好きだという。ほかに好きなものはヨットを見ること、飛行機に乗ること。ビクトリア行きは水上飛行機に乗るのが目的だった(写真提供 大橋好規さん)

 

『10(TEN)』のジャケットは気鋭のイラストレーター・とんだ林蘭が手がけた(写真提供:avex)

 

新作アルバムのオープニング曲と、テレビCM曲『愛で君はきれいになる』は、『歌うたいのバラッド』などが知られるシンガーソングライター斉藤和義とのコラボ。『愛は・・・』は1度聴くと思わず口ずさんでしまう、軽やかな気分になる曲だ(写真提供:avex)

 

2月3日発売の10枚目のアルバム『10(TEN)』を記念し、4月1日の新潟を皮切りに15都市を回る予定だ(写真提供:avex)

 

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