全世界で93カ国が加入しているハーグ条約に、日本も2014年に加入した。カナダで夫婦が離婚した後、元配偶者の許可なく日本に子供を連れて帰国すると、児童誘拐になることもあり得る。このような場合でも、これまでは日本に子供の返還を求めることはできなかったが、日本のハーグ条約への加入に伴い、これができることとなった。11月27日、UBC Robson Squareで、日本がハーグ条約に加入した背景と、それがカナダに暮らす日本人や日系人にもたらす意味を考えるシンポジウムが開かれた。

ハーグ条約について詳細を知りたい人は、外務省のウェブサイトを参照またはメール等で問い合わせをしてほしい。

WEB: http://www.mofa.go.jp/mofaj/index.html

メールアドレス: This email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it.

 

 

日本とカナダの法律や概念の違い、日本のハーグ条約加入がもたらす意味など、有意義なプレゼンテーションが行われた

  

 このシンポジウムは、UBC日本研究所、UBCアジア法研究所、バンクーバー・横浜姉妹都市提携50周年記念委員会の共催。パネリストとして、外務省ハーグ条約室の山崎雄太氏と、久保井総合法律事務所の弁護士、黒田愛氏が日本からビデオ出席、そして、弁護士及び調停人のユキ・マツノ氏と、DLA Piper法律事務所の弁護士、ユウジ・マトソン氏の4人が出席した。モデレーターは、UBC日本研究所共同所長・アジア法研究所所長の松井茂記氏が務めた。  

 

日本におけるハーグ条約 加入と実施 山崎雄太氏 

 ハーグ条約は、1980年に作成された国際的な子供の奪取に関する条約だ。この条約のもと、夫婦が離婚した後、一方の親がもう一方の親から同意を得ずに、子供をもともと住んでいた居住地から自分の母国に連れていき、面会もさせないという事態が起きた場合、子供を元の居住地に返還することや、親子の面会を確保することを求めることができる。

 実際の流れは、連れ去られた親Left Behind Parent(以下LBP)が申請すると、その国の中央当局が相手国の当局に連絡、子供の所在を特定し、任意の返還や問題の解決を促す。連れ去った親Taking Parent(以下TP)が応じない場合や解決がみられない場合、裁判所が原則として返還を命ずる。しかし、連れ去りから1年以上経っており、新たな居住地に子供が適応している場合や、返還により子供の心身に危険が迫る可能性が高い場合など、返還を拒否するケースもある。また、ハーグ条約は16歳以上の子供には適用されない。当事者となる人の国籍は関係なく、国際結婚の夫婦のみに適用されるということではない。

 日本がハーグ条約に加入することとなった背景として、国際結婚及び離婚の増加が挙げられる。TPが子供を日本国外に連れ去った場合、LBPはその居住を探したり、返還や面会権獲得の法的な手続きを踏むことなどを、すべて自力でやらなくてはならなかった。この条約に加入したことで、双方の国の中央当局の援助を得られるようになる。ここでいう中央当局とは、日本では外務省ハーグ条約室となる。また、この件を扱う裁判所は、東京と大阪の家庭裁判所となっている。

 2015年11月現在、外務省でハーグ条約のもとで扱ったケースは158件。この中にはすでに解決済みのケースも含まれている。また、日本から子供が返還されたケースが12件(うちカナダへは3件)で、日本に返還されたのは6件(カナダからは無し)である。

 

日本における離婚と 子供の親権 黒田愛氏

 日本での離婚のほとんどは協議離婚で、離婚のケース全体の87パーセント以上を占める。これは夫婦間の話し合いだけで離婚を決定し、市区町村の役場に離婚届を出すだけで成立する。夫と妻のどちらが子供の親権を取るかを決めるくらいで、手続きも非常にシンプルで時間もかからない。離婚のケースの約10パーセントを占める調停離婚は、夫婦間の話がまとまらない場合、家庭裁判所(家裁)に調停の申し立てをするもの。離婚の問題は訴訟にいきなり持ち込むことはできず、まず調停の申し立てをする必要がある。調停は2人の調停委員と裁判官1人が、夫と妻と1人ずつ面会をし、子供の親権や養育費のことなど、双方の合意を得るようにまとめていく。調停をしても解決をみない場合は、裁判離婚へ進む。この場合、法的離婚原因(不貞行為や家庭内暴力など)が必要となる。相手が日本国外にいる場合、日本の家裁の管轄とはならなくなるが、裁判の申し立てに対し相手からの返答がない場合や、相手の居所が不明の場合は、日本の家裁が手続きを進められる。

 日本では、親権は片方の親が持ち、カナダのような共同親権は認められていない。少し前までは、親権は母親が持つものという概念が通っていたが、最近では父親が親権を主張するケースも多く、親権をめぐっての争いにつながることが増えてきている。親権を得なかった親は子供との面会も限られている。これは、子供を混乱させたくない、不仲の母親と父親の間に立ってつらい思いをさせたくない、といった理由で面会を控えていると考えられる。こうした日加の違いも、子供の連れ去りにつながる一因になりかねないともいえる。

 

BC州の家族法と子供の監護権 ユキ・マツノ氏

 BC州では2013年3月に新しい家族法が施行された。新しい法では、子供が安全な環境のもと、心身共に健康で、幸せに育っていくことに重きをおいている。夫婦が別れる場合、異なった合意がない限り、両親は共に子供の保護者として、親の責任を果たすことが期待されている。親としての責任は、すべて子供にとって最善の利益となるように行使される必要がある。どのように親の責任を分配するか、養育の時間をどう分配するかなどを合意することができ、それは裁判所の命令として執行され得る。ただし、子供の最善の利益に反する場合には、裁判所はこれを変更し、命令を下すことができる。そして、この新しい家族法でもハーグ条約の適用を引き続き支持している。

 カナダでは、離婚法が連邦政府、家族法が州政府とそれぞれ分かれて制定されている。つまり離婚に関することは連邦政府の法が関係し、子供の保護責任などに関しては州政府の法が適用されるということになる。ただし、どちらの法も子供の養育やそのサポートに関しても触れており、この部分は連邦と州とが重なり合っている。連邦法に従って離婚する場合は、連邦の離婚法により子供の監護権を決めることが必要であるが、州法に従って別れる場合には、州法の規定により保護者の親の責任が問題となる。連邦法と州法の規定がやや違うため、この重なり合う部分についてどちらを適用するかを決めるのは、ケースバイケースになる。BC州の家族法が施行されてから、まだ3年弱ということもあって、今後どのようになっていくか、今のところは何ともいえない現状だ。

 

カナダにおける ハーグ条約の実施  ユウジ・マトソン氏

 ハーグ条約は、元から住んでいた居住地から他国へ連れ去られた子供に危害が及ばないよう守るために作られたものである。この条約は、刑法上の問題に適用されるのではなく、あくまで民事の管轄の問題に関するものである。子供が一方の親の同意なしに連れ去られ、面会の機会も与えられない場合、残された親は子供の返還を求めるための申請手続きを素早く行う必要がある。連れ去りから1年以上たっていると返還は難しくなる。また、連れ去られた親に子供の監護権があり、実際に子供の養育に関わっていることが条件となる。なお、子供の返還が許可されないケースの1つに、元の居住地に戻ることで、子供に精神的または身体的に危害が及ぼされる可能性が認められるときというものがある。たとえば、家庭内暴力が離婚の一因だった場合、その暴力の証拠となるものを集めておくことは、子供の返還を求められた時にそれを拒否する有効な手段になり得る。

 ハーグ条約のもと、子供の返還を求める手続きは、すでに山崎氏が説明している通りだが、カナダの場合、家族法は州ごとで定められているため、BC州における中央当局はMinistry of JusticeのLegal Service Branchとなっている。カナダ政府のウェブサイトでは、子供の国際的な連れ去りに関する問題だけでなく、このようなことを防ぐためのヒントなど、役に立つ情報が掲載されているので、興味のある人は見てほしい。 

travel.gc.ca/traveling/publications/international-child-abductions

(取材 大島多紀子)

 

BC州の家族法について説明したユキ・マツノ氏

 

日本の大学に留学経験もあるユウジ・マトソン氏

 

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