巨大な彫刻柱に刻まれたクマやカミナリ鳥の彫像。北アメリカ北西沿岸先住民が彫ってきたトーテムポールには、それぞれに秘められた物語、説話、そして深い意味があるという。 40年にわたるトーテムポールの研究の集大成『トーテムポールの世界―北アメリカ北西沿岸先住民の彫刻柱と社会』を日本で出版したバンクーバー在住の細井忠俊さんに話を聞いた。

 

 

ハイダ族のビル・リードが制作したトーテムポール(スキダゲット村)と細井忠俊さん

  

刻まれた彫像の意味

―そもそもトーテムポールに興味をもつことになったきっかけは何だったのでしょうか?

 1975年に北部ブリティッシュ・コロンビアを旅行していたとき、スキーナ川一帯のギトクサン族の世界を訪問する機会があり、先住民の村々で「本物」のトーテムポールを見ました。それまでスタンレー公園、ブリティッシュ・コロンビア大学、ビクトリアなどで見てきてはいましたが、先住民の村で見たときのインパクトは強烈であり、それがそもそものきっかけでした。

―ご自身にとって、トーテムポールの魅力とはどんなところでしょうか?

 迫力ある大型彫刻であるということと、北西沿岸一帯の先住民の世界が歴史的、文化的に表現されているという点でしょう。

―今日では伝統芸術を継承してきているアーティストというのはどのくらいいるのでしょうか?

 いったい何人の先住民アーティストたちが活躍しているのかはわかりませんが、かなりの人々がいると思います。ただし、トーテムポール彫刻だけに関わっているという人はいないはずです。というのは北西沿岸の世界ではトーテムポールのような大型彫刻、仮面、飾り物、道具のような中小の彫刻、金銀細工、シルクスクリーン・プリントといった幅広い分野を多くのアーティストたちがカバーしているのが普通だからです。もちろん、人によってより得意な分野をもっているはずです。

 

先住民の文化

―第3章と第9章で、かつてのインディアン寄宿学校制度についての問題を紹介していますね。

 この問題は人種差別と偏見がすべてです。日系や中国系のカナダ人はこの問題においてひどい経験をしてきたわけですが、それ以上に過酷な経験をしてきたのが北アメリカ全体の先住民の人々です。

 その象徴的な一面がインディアン寄宿舎学校問題ですが、これに興味をもったり注意を払ってきた日本人は、カナダに在住している人を含めて少ないと思います。そういった方々にもぜひ読んでいただきたいと思っています。あらためて先住民の人々が今日に至るまでかかえている数々の問題のルーツのひとつを知ることになるでしょう。

―トーテムポール建立式に立ち会い、ポトラッチと呼ばれる大宴会に招かれたそうですね。

 ポトラッチは日常的に行われるものではありませんが、現在でも規模の差はあれ、先住民の間で続けられています。ただ、ポトラッチを催す人との何らかのつながりがなければ、招待を受けられることはありません。

 宴会の中身そのものは冠婚葬祭のような人生の節目とか、重要な事件に関連して行われる行事です。そこで行われるユニークな踊り、歌、儀式形態などが興味深い点でしょう。

 

カナダ先住民と アイヌ民族

―80年から90年代初めには、カナダ先住民とアイヌ民族との交流が弊紙でも報道されました。このふたつの文化の関係についてご意見は?

 北太平洋一帯の先住民文化は、きっと太平洋を越えて結ばれていたと考えても差し支えないでしょう。環境、食文化が似ていて、人種的にもずいぶん似ていると思います。ブリティッシュ・コロンビア州の先住民で白人との混血がなかった人々の容貌は非常にアジア人的でした。

 アイヌの人々にせよ、北西沿岸先住民の人々にせよ、日本人とヨーロッパ人が各々もたらした強大な圧力と影響によって、今日があるのだと思います。

 

北西沿岸地域への旅

―ブリティッシュ・コロンビア州の太平洋岸一帯のガイドブックとしても楽しめる本ですが、旅行先のお薦めをいくつか教えてください。

 比較的行きやすく、印象的なのはプリンス・ルパートからテラスあたりのチムシャン族(沿岸チムシャン族、ギトクサン族、ニシュカ族)の領域でしょう。これらは国道17号線(イェローヘッド・ハイウェイ)沿いです。古いトーテムポールだけではなく、新しいトーテムポールを見ることができます。ただ比較的小さな領域といっても、3、4日をかけて見る必要があるでしょう。

 ハイダ・グワイ(旧名クィーン・シャーロット諸島)はイメージ的にも人気がありますが、フェリーあるいは飛行機で行き、さらに車で回らなければならないので不便です。また一般的に宿泊施設、レストランが限られていることも知っておくべきでしょう。

 有名なユネスコ世界遺産の地であるスカングウェイのトーテムポール群を見るには諸島の最南端の小島へ行かねばならず、そのためには船、あるいは水上飛行機のチャーターが必要です。スカングウェイなどの古い村跡については、ハイダ族自治政府と州政府からの規制があることを承知しておく必要があります。  

―「第6章 トーテムポールは語る」では、霧女・ワタリガラス男のサケの話や、プリンセス・ロートレスクの話など、とても興味深いものでした。彼らの説話のなかには日本の『古事記』に似たところがあるようですね。

 北西沿岸先住民の間で伝えられてきた説話における日本のものとの類似点だけではなく、いくつか本のなかで紹介した日本とのつながりにも興味をもっていただければ幸いです。

―この本はカナダでも入手できますか?

 日本では一般書店、ウェブ書店で容易に購入していただけます。残念ながらカナダには流通経路がありませんので、私にご連絡いただければ、直接購入いただけます。

連絡先は This email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it. です。

(取材 ルイーズ阿久沢 /写真提供 細井忠俊さん)

 

トーテムポールの世界

北アメリカ北西沿岸先住民の彫刻柱と社会

35年以上の歳月をかけ、日本語ではほとんど資料のない北米先住民が遺した膨大なトーテムポールに秘められた背景、各部族の特徴、歴史、文化などを詳細に紹介。270点もの貴重な写真と図版、迫力カラー16頁。ユネスコ世界遺産の地、スカングウェイも詳しく案内。旅のガイドとしても貴重な1冊。

彩流社(定価3500円+税)ISBN978-4-7791-2119-7

 

細井忠俊(ほそい・ただとし)

1949年京都府出身。横浜市立大学文理学部卒業。 東京で商社に勤めた後、UBC大学院に留学し、歴史、国際関係論を専攻。UBCおよびSFUにて人類学、考古学科目を履修。Master of Arts in Historyを取得後、UBC、バンクーバー・コミュニティカレッジ、ダグラス・カレッジの講師を経て1987年ダグラス・カレッジ国際教育センター長に就任。2007年退官。1976年から77年にかけて国立民族学博物館による北西沿岸先住民のオブジェ収集に協力し、ドキュメンタリー映画制作に関わり、写真を撮影、関連記事を執筆。共著『ホームステイ&留学の英会話』(アルク、1993年)、『留学&ホームステイのための英会話』(アルク、2006年)、共訳『憎悪と和解の大江山―あるイギリス兵捕虜の手記』(彩流社、2009年)

 

 

スタンレー公園で見られる唯一のハイダ族様式の単柱式墓棺柱。ハイダ・グワイから購入したオリジナルが朽ちてしまったため、バンクーバー市がビル・リードに複製制作を依頼し、1964年に建立された。1980年撮影

バンクーバー島北部、アラート・ベイ村にあるクワックワカワックゥ族の墓標柱。1931年、チーフ・ビリー・ムーンの墓標として建立された。制作はウィーリー・シーウィード。この写真は1980年に撮影したもので、現在はかなり朽ちてしまっている

海難事故で亡くなったチーフ・パット・アルフレッドのために2011年に立てられた記念柱。クワックワカワックゥ族の中心地のひとつであるアラート・ベイ村にある。制作はボー・ディックら

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。