高齢者が受ける身体的および精神的な虐待やネグレクトは、表面に表れにくく、また周りの人に気がつかれにくい問題だ。9月23日、隣組で、高齢者虐待防止ワークショップが開かれた。高齢者、介護者、地域のリーダーなどに、どんな状況下で虐待が発生し、それを防止するための対処などの説明に、約20人の参加者が熱心に聞きいっていた。

 

 

隣組で行われたワークショップ。スクリーンの側で挨拶をしているのは、「ストップ・シニア虐待」プログラムチームリーダーである、勝山タッドさん

  

高齢者虐待、ネグレクトとは

 高齢者虐待への認識を高め、虐待防止を目的に30年以上にわたって活動している、BC州高齢者擁護サポートセンター(BC Centre for Elder Advocacy and Support、以下BCCEAS)のSAIL事務局長である、グレース・バルバティンさんが講師を務めた。SAIL(Seniors Abuse & Information Line/高齢者虐待情報ライン)とは、BCCEASが提供するサービスの1つだ(詳細は後述)。

 最初に、高齢者虐待とネグレクトについて説明。前者は、高齢者を傷つける、または傷つける恐れのある全ての行為、または無視をするなどの無行為であり、後者は、適切な食料や水、住む場所、衛生、安全面の保護など基本的な生活必需品や必要なサービスを与えないことを指す。虐待やネグレクトは、個人の尊厳や自信、自尊心を喪失させたり、情報や行動をコントロールする能力を喪失させたり、周囲からの孤立を招くなどといった状況を作り出す。

 高齢者虐待には、身体的、精神的、金銭面、監禁などさまざまなタイプがある。家族、友人、近所の住人から、弁護士、医師などの専門家、法的代理人や弁護人など、誰でも虐待の加害者になり得るし、家庭、病院、コミュニティなど、どこでも起こり得る。カナダの刑法において、高齢者虐待という名前の犯罪はない。詐欺、住居侵入、監禁、盗難、生活必需品を与えないといった行為は犯罪行為とされるものの、実際のところ、犯罪とはみなされない虐待で傷つけられる高齢者も多くいるのが現状だ。

 

 

高齢者虐待が起きる 背景と対処

 こうした高齢者虐待やネグレクトが起きる要因はいくつか挙げられる。友人がいない、社会活動が制限されているなど、社会的に孤立している状況では虐待が起こりやすく、また認識されづらい。家族間の絆が薄れてくるなど、高齢者を家族やコミュニティでサポートしていく意識が低下しているという文化的背景、高齢者があまりに資産を多く持っていたり、逆にお金がなさすぎる場合といった経済的な面でも、虐待につながる恐れがある。また、介護者が経済的困難を抱えていたり、介護者自身の休息が十分に取れない、適切なサポートが受けられないといったことから起きるストレスが、虐待への引き金にもなり得る。

 虐待を受ける高齢者が、助けを求めることを躊躇するケースは意外と多い。その理由として、虐待を通報することによる家族への影響を心配したり、サポートを受けることができなくなることを恐れている、といったことが挙げられる。また、自分の話は信じてもらえないかもしれず、逆に自分自身が責められるのではないかという不安を感じて、リポートできないということもある。特に、高齢の移民の人は差別や偏見を恐れたり、英語力が限られていたり、カナダの社会制度についての認識が不足しているため、助けを求める術が分らないなど、表面化されないケースもあるようだ。アジア系の移民に特に特徴的なこととして、家族間の問題は家族の中で収めておくべきで家族以外の人に知らしめることを恥ずかしく思う考え方も、助けを求めにくい背景となり得るという。 

 それでは、高齢者虐待やネグレクトをどのように防止・対処すればよいか。高齢者自身がまず、孤立しないように家族や友人などとコミュニケーションを図ることや、高齢者同士がコミュニケーションを深めることでお互いをサポートしあうことも大切だ。隣組や日系センターといった機関に相談することも有用であるし、BCCEASが提供するSAILというヘルプラインに相談してもよい。自分の身近にいる高齢者への虐待が疑われる場合には、本人に尋ねてみるという周りの気遣いも高齢者を支える手立てとなるだろう。

 質疑応答で、虐待を受けている本人が援助を拒否する場合はどうするのかという質問が出た。それに対するバルバティンさんの答えは、もしその人に、物事について考えたり判断したりする能力が十分に備わっていると判断された場合、当局や各機関が援助のために介入することはできないという。本人が納得してその状況に置かれているのか、助けを求める手立てをブロックされているのかを判断することが前提ということだが、その判断が難しいケースも多いと思われる。虐待やネグレクトについての認識を深めることが、コミュニティ全体としてこれからもっと必要になってくるのではないだろうか。

 

BCCEASとは

 BCCEASは、虐待やネグレクトに傷つきやすい高齢者のサポートと擁護を目的としている非営利団体だ。高齢者虐待情報ライン(SAIL)の実施、高齢者向け法律クリニックや法的擁護プログラムを通して法的擁護や代理人行為を提供。また、被害者サービスプログラムを通して、家庭内暴力や性的暴力などの虐待被害者へのサポートを提供している。コミュニティグループなどで無料ワークショップを開催したり、サービス提供者に無料トレーニングを行うなど、高齢者虐待への認識を高めて、虐待防止を図る取り組みを行っている。 高齢者虐待情報ライン(SAIL)

 SAILは、高齢者が虐待や不当な扱いを受けていると感じるときに、そのことについて相談したり、高齢者虐待防止に関する情報を得ることができる電話サービス。高齢者自身だけでなく、身近な高齢者が虐待を受けているかもしれないと不安を抱く人が相談をすることも可能だ。相談内容や相談者の情報はすべて極秘扱いで、他の機関などに渡されることはない。一般的な情報から、関連する機関の紹介、精神面や実際的な援助やサポートとアドバイスなどを提供するが、クライシスラインのようなカウンセリングは行っていない。

 SAILの電話番号は、604―437―1940(メトロバンクーバー)、1―866―437―1940(トールフリー)。受付時間は、月曜日から金曜日まで(休日を除く)、午前8時から午後8時まで。日本語を含む通訳サービスは午前9時から午後4時までとなっている。

(取材 大島多紀子)

 隣組では、高齢者虐待防止や意識向上に関する情報をポスターやウェブサイト、日本語メディアを通して広く発信していく考えだ。また、セミナーやワークショップの開催、日本語で対応する相談窓口を開設することも予定している。もしこうしたことに興味がある人がいたら、隣組まで連絡してほしいとのこと。

電話:604-687-2172 (内線202)

Eメール:This email address is being protected from spambots. You need JavaScript enabled to view it.

 

講師紹介

グレース・バルバティンさん

SAIL事務局長。1998年からBC州高齢者擁護サポートセンター(BCCEAS)に勤務。その前は、雇用や移民問題に関して移住者を支える法的擁護人を務めた。女性や子供を暴力から一時的に避難させるセンターやクライシスライン、移住者の定住サービスなどの経験がある。バンクーバー異文化シニアネットワークや、平等な社会を目指すアジア女性の会でのボランティア、英会話レッスンのボランティアも行う。2009〜11年まで、バンクーバー市高齢者擁護委員会でもボランティア業務に従事した。

 

 

講師のグレース・バルバティンさん(左)と、当日の通訳を務めた高科磨理子さん

 

BCCEAS(BC州高齢者擁護サポートセンター)で、SAIL(高齢者虐待情報ライン)事務局長を務める、グレース・バルバティンさん

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