「クリエイティブ産業の未来」

企友会・日加商工会議所共催の講演会が9月24日、リステルホテルで開催され、バンダイナムコスタジオ・バンクーバー社、シニア・バイスプレジデントの中山淳雄氏が「クリエイティブ産業の未来」と題して講演した。バンダイナムコの海外初の生産拠点として注目を集める同スタジオでゲーム開発事業を率いる中山氏は、コンテンツの海外展開のスペシャリストだ。今回の講演ではビジネスの視点からクリエイティブ産業全体を俯瞰し、この産業の面白さと厳しさ、そして今後の展望をわかりやすく解説した。会場には若者を中心に約80人の参加者が駆けつけ、中山氏の講演に熱心に耳を傾けた。

 

 

中山氏は幅広い資料を駆使し、クリエイティブ産業について丁寧に説明した

  

日本の クリエイティブ産業

 ゲーム・マンガ・アニメ・映画・テレビ・音楽を合わせた日本のクリエイティブ産業の市場規模は約4兆円。これはタバコ、酒類、証券などと同じくらいの市場規模だ。『クールジャパン』と聞いて思い浮かぶのはアニメとマンガかもしれないが、市場規模としてはアニメが約2千億円、マンガが約4千億円、ゲームが約1・4兆円であり、ゲームの方がマンガとアニメよりもはるかに大きい。ゲーム業界はまだ歴史が浅いことから、クリエイティブ産業における位置づけが弱いが、市場規模を見ればその影響力の大きさがわかるだろう。また、ゲーム業界内の変化は激しく、ゲームセンターや家庭用ゲーム市場が近年縮小しているのに対して、モバイルゲーム市場が急速に伸びている。

コンテンツの海外輸出〜海賊版の問題

 日本のコンテンツは世界に発信され、高い評価を得ているが、輸出額は国内の売上の数パーセントにすぎない。また輸出の9割が家庭用ゲームであり、そのほとんどは任天堂の製品だ。「ニンテンドーDS」と「Wii」が爆発的に売れていた2008年に輸出額は過去最高となったが、それ以降は年々減少している。マンガとアニメに着目すると、日本国内ではマンガ市場が約4千億円、アニメ市場が約2千億円の規模であるのに対して、米国のマンガ市場は約5百億円、アニメ市場は約2百億円。米国市場の規模が驚くほどに小さいのは、海賊版が横行しており、お金を払わずにコンテンツを消費するファンの比率が高いからだ。また海外の代理店に販売を委託し、ライセンス料を取る現在のビジネスモデルでは日本の取り分が少なく、人気の拡大が収益向上に結びついていない。

クリエイティブ・ クラスの就職の厳しさ

 雇用について考えてみると、クリエイティブ・クラス(創造的生産者)の就職状況は非常に厳しいといえる。日本人が遊びに使うお金は1995年以上減少し続けており、芸術関係学科を卒業した人材の市場は飽和状態にある。講演の中で中山氏が紹介した作家、漫画家、芸人などの職業の成功率と年収分布は衝撃的だ。作家になりたい人は数えきれないが、それを職業にできるのは約2万5千人。ただしそのほとんどは副業で書いており、執筆だけで生活できる文学作家となると、なんと日本中で50人しかいないという。また日本で最も人気のある漫画家10人の年収は1億円〜30億円だが、作品が雑誌に掲載されたことのある漫画家5千人の平均年収は280万円だ。キラキラと輝くトップの漫画家を目指して何万人もが突進していくが、そのほとんどは成功しない。「神に愛された者のみが生き残る。正直この表現でも甘いくらいの厳しい世界」と中山氏は語る。

ゲーム開発事業

 モバイルゲーム開発もまた、中山氏が『バクチ事業』と表現するほど成功率が低い。多くの時間と資金を投入してゲームを作り上げても、すぐに収益を出すようなヒット作になるのは全体の1割にも満たない。つまり、開発されるゲームの大多数はビジネスとして失敗するのだ。世界では50万本以上のゲームアプリがリリースされているが、そのうちの8割は売上げがない。それに対してトップの数本は市場シェアの大部分を獲得するほど普及する。世界各国で飛ぶ鳥を落とす勢いなのがフィンランドのゲーム開発会社スーパーセルによる『クラッシュ・オブ・クラン』だ。この一本が大ヒットしたことで、数多くの他の会社も一斉に同じようなゲームを開発し始めた。

キャラクターIP頼りと人材の硬直化

 コンテンツ生産の分野では、一度ヒットしたものに頼る傾向が顕著だ。新しいタイトルは売れるかどうかわからないが、例えば『NARUTO―ナルト―』や『ONE PIECE』など、すでに人気のあるキャラクターIP(知的財産)のフランチャイズならば、ある程度成功が保証されているからだ。映画産業でも『ジョーズ』や『スタートレック』など、ヒット作品の続編が何本も製作されている。このように同じことを繰り返す環境に留まることは、創造性を伸ばしたいクリエイターにとってはリスクだ。欧米と比べて労働者が同じ会社に勤務する年数が長い日本では特に、人材の硬直化が深刻な問題になっている。同じ人材とIPを使い回すことで安定的な産業を作り上げたが、今は良くても十年後にはどうなるのか。「危なくないクリエイティブ会社が、実は一番危ないんじゃないか」と中山氏は危惧する。

プロデューサー人材の必要性

 ゲーム機はスマートフォンに、ゲームの販売はアプリストアに取って代わられるなど、クリエイティブ産業では従来のバリューチェーンの崩壊が進んでいる。このような激しい変化の中で求められているのは、新しいアイデアを受け入れ、即戦力の人材と資金を集めてプロジェクトを成功させられる『プロデューサー』だ。しかし、高い組織力を誇る『すり合わせ型』の日本企業では、このような人材はなかなか育たない。中山氏の目標の一つは、カナダでプロデューサー人材を育成することだという。クリエイター・宮崎駿を支えたのは、プロデューサーの鈴木敏夫だった。日本のコンテンツが海外市場で収益を獲得するためには、ビジネスモデルを考えることができるプロデューサーの存在が必要不可欠なのだ。

海外市場獲得への鍵を握るのは『素人』

 世界最大のエンターテインメント市場は米国だが、今後はそれに加えて中国やインドなどの新興国の市場が大きく成長するだろう。日本のクリエイティブ産業がこれらの国の人々を夢中にさせるようなコンテンツやサービスを創出するためには、従来の常識を覆すような発想力と多様性が必要だ。それができるのは『素人』だと中山氏は考える。日本航空(JAL)を再建した稲盛和夫氏は、会社を変えることができるのは「ヨソモノ、ワカモノ、バカモノ」だと語った。コンテンツ業界を変えていけるのも、まさにこのような人たちだろう。これから数十年間にわたり、世界における日本のGDPシェアは下がり続けることが予想される。2050年を見据え、日本の経済発展の原動力となるようなクリエイティブ産業の礎を作ることが重要な課題だ。

 講演終了後の質疑応答では、アイドル育成ゲーム『アイドルマスター』の受け止め方からわかる日本と北米の文化の違いなどについて興味深いディスカッションがあった。仕事をする上で大切なことは「お客さんに喜んでもらいたいというパッション」だと語る中山氏の講演会は、特にクリエイティブ産業に関心を持つ若い参加者らにとって非常に有意義な機会となった。

(取材 船山祐衣)

 

PAC-MAN 256

中山氏が講演の最後に紹介したのは、スマートフォン・タブレット端末向けゲーム「PAC-MAN 256」 。これはバンダイナムコスタジオ・バンクーバー社がオーストラリアの会社と共同で開発したゲームだ。今年8月に配信を開始し、すでに1千万ダウンロードを超えるヒットとなっている。

中山淳雄氏 プロフィール

2004年東京大学西洋史学士。2006年東京大学大学院社会学修士。2014年マギル大学MBA修了。(株)リクルートスタッフィング、(株)ディー・エヌ・エー、デロイトトーマツコンサルティング(株)に勤務。2013年からバンダイナムコスタジオ・バンクーバー社シニア・バイスプレジデントとして活躍している。著書に「The Third Wave of Japanese Games」、「ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない?」 、「ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか」がある。

 

若者を中心とした約80人の参加者が中山氏の講演に聞き入った

映画産業ではヒット作の収益が、他作品の赤字を補うと話す中山氏

バンクーバーで活躍するバンダイナムコスタジオの中山淳雄氏

 

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