在バンクーバー日本国総領事館開館125周年記念行事

『暮しの中にある外交』

 

講師 在バンクーバー日本国総領事館・岡田誠司総領事

 

10月8日、日系センターでコスモス・セミナーが開催された。在バンクーバー日本国総領事館開館125周年記念行事の一環として企画され、総領事を講師に迎えた。そのテーマは「暮しの中にある外交」。「外交」という言葉は、ニュースでは目にしても、肌では感じ得ないのが、多くの人の実感ではないだろうか。これを日常生活にグッと引き寄せ、総領事自らの外交官としての体験をも織り交ぜながらの講演であった。100人を超える参加者が熱心に聞き入った。

 

 

外交官としてのエピソードを交えながら講演する在バンクーバー総領事の岡田誠司氏

 

「外交」を暮らしに置き換え、世界を見る。

 「コスモス・セミナーの大河内さんから、講演の依頼を受け、今までの講演でも外交と私たちの生活との関係についてお話する機会が多々ありましたが、今までは大学や経済団体などの講演だったので、タイトルが「外交とは何か」とか「我が国外交の課題」などといかにも堅苦しいものでした。大河内さんにそのように申し上げましたら、では、『暮しの中にある外交』にしましょうとおっしゃられて、「これは、良い」ということで今回のタイトルになりました」。

 「外交というのは日々の生活の中で、いろいろな人とのお付き合いがあるように、それが、国対国、国民対国民に代わるだけ」と、まずは外交の概念をやわらげ、身近なものとして話が始まった。

 外交とは、外国に対する『交渉(政治外交)』、『交易(経済外交、経済連携、経済協力)』、『交流(情報発信、国民レベルの交流の促進、日本文化の紹介)』、と大きくこの3つに分けられる。これらを、それぞれの事例や体験を交えて紹介した。

 

政治外交・・・日本と国際社会の平和と安定のための取り組み。

 日本の平和と安定のために取り組んでいることのひとつに、今クローズアップされている尖閣諸島、竹島、北方四島の「領土問題」。この領土問題は、交渉の中で、最も難しい問題。妥協点を見出すのが難しく、長い年月をかけ国民世論を形成して、粘り強く交渉する以外にない。互いに実力行使を絶対にしないことが非常に重要なポイントだ。

 そして、日米安全保障条約、集団的自衛権の「安全保障問題」がある。日本は、憲法9条で武力を放棄している中で、日米安全保障条約を軸に、日本の安全の問題を考えていかなければならない。日本には、専守防衛、つまり相手から攻撃を受けたときにだけしか攻撃できない憲法がある。日本が侵略されそうになったときは、日米安全保障条約にもとづき、米軍は、日本の安全を守る義務がある。日本に米軍基地があるのはそのため。ただ、問題は米軍基地のあり方。沖縄にあまりにも偏りすぎで、日本にある米軍基地の70数パーセントが沖縄にある。普天間基地問題は、その象徴で、市街地の中にあり、危険すぎるということで、海を埋め立てて滑走路をつくり、移設しようというものだ。これは1997年にアメリカとも合意しながら、今だに実現しない、非常に難しい問題だ。

 もうひとつは、集団的自衛権。今、世界のいろいろなところで紛争やテロが起きている中、日本も集団的自衛権を持つべきだ、という議論がされている。日本は専守防衛だからといって、何もしなくていいのか?という議論もある。1991年の湾岸戦争のとき、いろいろな国が行き、戦っていたにもかかわらず、日本は自衛隊を派遣することはできなかった。そこで、アメリカに次ぐ大きな金額のお金を国連に拠出した。ところが、その事実は、世界に知られることもなく、日本は何もしなかったような印象だった。これは日本の国会でも問題となった。拠出金は国連経由の資金になるため、支援が目に見えない。これではダメだということで、2001年のアフガン紛争のときは、海上自衛隊をインド洋に初めて派遣した。しかし、実際に参戦するのではなく、後方支援として多国籍軍の戦艦への海上給油を実施した。日本は、拳銃の弾一発たりとも撃ってはならず、戦闘地域に入ることもできない制約の中での苦肉の策であった。当時、岡田総領事は「文民」として、多国籍海軍の司令部のあったバーレーンへ行き、全体のオペレーションを把握し、日本の自衛艦の停泊位置を決める任務に従事していた。このとき、多国籍軍の司令部スタッフに、日本の立場や憲法上の制約を説明し、理解を得るのにずいぶん苦労したという。

 国際社会の平和と安定のための取り組みは、アフガニスタン、ソマリア、南スーダン、そして、ウクライナ、イスラム国などの紛争地域で、日本は武力を用いることなく、さまざまな形で取り組んでいる。岡田総領事が着任していたアフガニスタンでは、「フットソルジャー」と呼ばれる元農民の兵士への説得活動なども行っていたという。彼らは農業ができず、現金収入のために兵士として働いている。そんな彼らに、タリバン兵士をやめ農業に戻るようにと支援プログラムの説明をしたり、武器を捨てるよう説得した。当然、反政府武装勢力のタリバンからは敵視されるわけで、危険な任務だったという。

 ソマリアは、最も危険な国で、大使館を置いている国はひとつもない。1970年から現在に至るまで、無政府状態である。そうなると国民は生きるために内陸部の人は山賊に、海岸部の人は海賊になり、人質を取り、身代金の要求をする。それに対応するというような外交交渉もある。ODAの援助には、インフラ整備のほか、生活基盤を支えるプログラムを提供している。岡田総領事は、もともと遊牧民だった彼らにヤギをプレゼントする援助なども行った。最も身近な部分の支援に、彼らは大喜びだったそうだ。

 

 

「外交」を身近なものとして講演した岡田総領事(右)と知的生活の推進者コスモス・セミナー主宰の大河内さん

 

経済外交・・・世界第3位の経済大国日本の経済を支える。

 経済の相互依存の重要性は、いうまでもなく、日本は資源がなく、海外から資源を輸入して、それを加工して輸出するということで日本の経済が成り立っている。なかでもエネルギーの輸入依存率は80・6%。エネルギーの輸入が止まれば、日本の経済はたちどころに止まってしまう。日本の電源構成は、2011年の東日本大震災による原発事故の前と後では大きく変わった。2009年度は、LNG27・4%、原子力25・6%、石炭25・3%、石油13・2%、一般水力6・6%、揚水1・0%、新エネ等1・0%とベストバランスであったものが、2012年度は、火力(LNG、石炭、石油)90・6%、水力6・2%、原子力2・7%、再生可能エネルギー0・6%となった。火力が圧倒的に増えた。原子力発電が停止した分、火力に頼らざるを得ない。それはとりもなおさず、輸入エネルギーの増大で、日本の貿易収支は2011年以降赤字が急増している。

 もう一つの柱が、農産物の輸入。日本の食糧自給率は39%。ちなみにカナダは223%。この自給率というのは、端的にいえば、ある日、食料の輸入がぴたっと止まったとすれば、日本人の39%しか生き残れない、という意味。したがって、農産物は、安全保障の問題でもある。例えば、小麦の輸入と国内生産の割合は、輸入89・7%、国内生産10・3%と圧倒的な割合で輸入に頼っている。2012年597万トン輸入しているが、輸入先はアメリカ54・1%、カナダ24・2%、オーストラリア21・6%、その他0・1%。これほど輸入依存度の高いカナダの小麦の輸出が、中断したことがある。ある日本の商社の社長が岡田総領事のもとに相談に来た。「バンクーバーの港からいつでも出航できるよう船は用意しているが、内陸部から小麦を積んだ貨車が来ないのです。私たちのビジネスの損害もさることながら、カナダの小麦は品質が良く、日本ではパン用として使いますが、このままでは日本でパンを食べられなくなってしまう」という。調べてみると、カナダ東部で需要が高まっていた石油の輸送にばかり貨車が使われていた。「これはたいへんだ」ということで、小麦農家の人と共同でカナダ連邦政府に交渉して、解決を見た。友好国のカナダとさえこうしたことが起きる。これも経済外交の一つだ。

 経済連携の重要性。物の輸出・入は、基本的には、自由に行われることが望ましいが、各国の産業や経済状況によって、輸入規制を行っている。これは、輸入品に関税をかけることで国内産業を保護するためである。一方、輸出するほうからすれば、困った問題なわけで、WTOという場で世界の国々と交渉するが、各国の思惑が衝突し、なかなか進展しない。そこで、2国間で交渉して決めた関税率にしようというのが「経済連携協定」(EPA)。日本は、ASEAN諸国を中心に13カ国・地域とEPAを発効している。日本の鉱工業製品の平均関税率は1・9%。世界で最も低い。しかし、米は780%。米の輸入は実質できないようにし、日本の米農家を守っている。また、主食の米は、「食料安全保障」の面からも、重要な品目だ。  また、アジア太平洋地域で高い自由化を目標に、非関税分野や新しい課題などを解決していこうというのが、「環太平洋パートナーシップ協定」(TPP)。12カ国が参加して、交渉をしている。  

 

経済協力(ODA)はなぜ必要か?  

 日本は1997年までは世界トップのODAをしていたが、現在は5位。では、経済協力がなぜ必要か、景気の悪い時は不要なのではないか、といった意見もある。国際社会に果たす義務がある、という面だけではなく、実質的な支援の効果が日本経済の活性化として返ってくることも期待される。戦後の日本の復興をわずか30年で成し遂げたのはIMFからのODAによるものである。1997年までに完済。世界第3位の経済大国になって、国際社会に貢献している。

 

文化広報外交(パブリックディプロマシー)

 外交政策の立案のひとつには、国民世論による支持が必要である。この例として、北朝鮮による拉致問題がある。これは拉致被害者家族会の直接の意見を聞き、交渉の立案をしている。昔は、外交というと外交官のみが立案していたが、いまは国民の声を聞きながら進めていかなければならない。また、実際の交渉には、秘密を伴うこともあるが、可能な限り、国民への情報発信を行っている。

 さらに、国民レベルでの交流の促進や、日本文化を紹介し、互いに理解しあえるようなさまざまなイベントを開催している。これもパブリック・ディプロマシーの一環である。

 

 

心地いいプレゼントのサプライズ!岡田総領事(エレキ・サキソフォン)と中島さんのギター

 

 岡田総領事の話は、ご自身の経験、エピソードを交えて、身近に噛み砕かれたものだったが、紙面の制約により要約して紹介させていただいた。これはライブで聞くのが一番。ライブといえば、講演の後は、岡田総領事のエレキ・サキソフォンと中島有二郎さんのギターによる生演奏を聞いて解散となった。なお、この日は特別に、在バンクーバー総領事公邸の専属料理人の岩坪貴範(いわつぼたかのり)さんの手による鮭寿司のお土産やメンバーの手作り茶菓子などが用意されていて、参加者全員、頭も心もお腹も大満足のコスモス・セミナーであった。

 

(取材 笹川守)

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