用意したスライドを見ながら、1時間半の講義をする鈴木教授
図式を使ったスライドを示しながら、丁寧に解説する鈴木教授の説明に、学生たちはうなずいたり、メモを取ったりしながら、熱心に聞き入っていた。
鈴木教授は1979年、ホウ素を使った「鈴木カップリング」を開発、実用化に結びつけた。鈴木カップリングは、医薬品、農薬、液晶などの製造に広く応用され、世界中が恩恵を受けている。
この日の講義内容は、「Cross-Coupling Reactions of Organoboranes:An Easy Way for Carbon-Carbon Bonding」。講義終了後には、鈴木教授と学生たちとの歓談の場も用意され、千歳一遇の機会を得た学生たちはノーベル化学賞受賞教授との写真撮影や化学談義などを楽しんでいた。
この催しは、在バンクーバー日本国総領事館とUBCケミストリー・デパートメント共催で行われた。岡田誠司総領事は、今年125周年を迎えたバンクーバー総領事館のイベントの一つとして鈴木教授を迎えられたことは特別に光栄であると述べ、「学生の皆さんに講義を楽しんでもらいたい」とあいさつした。
鈴木章教授インタビュー「教科書に載るような仕事をすること」
講義が始まる1時間前、控室で談笑している鈴木教授にインタビューをする機会を得た。化学を研究する面白さ、これから化学・科学者の道を目指す、または、現在目指している人たちだけではなく、あらゆる分野に通じる鈴木教授の仕事への「プリンシプル」など、興味は尽きなかった。
海外で研究・勉強することの重要性
「いろいろあると思います。日本でも、もちろん勉強はできるし、外国に行けば何でもいいということはなく日本もいい点もあるということ、それは間違わないでもらいたい。ただ、科学の世界は広いから、世界中にいろいろな先生がいて、そういう先生のところで勉強することは日本で得られない知識を得られるという意味で、海外での勉強はメリットがあると思いますね。同時に、たくさん友達ができるということ。特に、アメリカ、カナダなどのように多民族国の場合には、みんながお互いに自分の考え方を出し合って、議論して、お互いの理解が生まれてくる。日本では得られない知識を外国へ行くと得られるし、いろんな国の人と友達になって、その人の将来にプラスになることがあると思う。外国の人たちと交わり合って、新しい世界観をその学生が持つというのは重要なことだと思うから、ぜひ、(海外に)行くような機会を作るべきだと僕は言ってますけどね」
国内で理系の学生が減少傾向にあることについて
「これは、日本にとってシリアスな問題だと思っている。日本っていう国は、ご存じのように、資源の全くない国。ほとんど完全に外国から輸入している。資源が全くない国の将来をどうやっていくかということを考えていくと、付加価値が高くて作るのが難しいものを作る。そうして日本でしか作れないものを世界の国が輸入して使うということが重要。
例えば、作ることが非常に難しい医薬とか、精密機械だとか、新しい付加価値の高い重要な産物を作って、それを輸出するというのが唯一日本に残されている道だと思う。そのためには、高いサイエンスのレベル、高いテクノロジーのレベルを持っていないとできない。若い人たちに理科系の道に入ってもらって、一生懸命やってもらいたいと思います。日本では、理科系をもっともっと進歩させなくてはだめ。最近聞いた話では、日本の若い人が理科系にだんだん興味が少なくなっていると。これは重要な問題で、最近は高校や大学で話す時には、その点を強調して、絶対日本では必要なんだから、あなたたちはそういう気持ちを持ってやってほしいと話しています」
講義終了後に記念品を受け取る鈴木教授と、UBCケミストリーのマイケル・フライザック教授(右)。フライザック教授は「とても楽しかった。学生にとっても、教授陣にとっても、インスピレーショナルな講義だった」と語った
化学を研究する面白さ
「ケミストリーにもいろいろな領域があって、僕は有機化学をやっています。有機化学の対象になるのは有機物で、炭素が結合してできた化合物が有機化合物。有機化合物はその特性から非常にいろんなものができる。それを作るための方法の一つに、『クロスカップリング』というものがある。それが一番直接できて、最も一般的な合成法なんだけど、作るためにいろいろな問題もあって、有機物を作る反応に興味を持ったんです。有機化学にもいろいろな領域があり、有機合成化学という領域に僕が興味を持って、新しい有機化合物を作る中、いい反応を見つけたその一つが『鈴木カップリング』と言われている方法でした。
もうひとつ重要だったことは、その反応で作ったものが我々の生活に非常に役立つものが多いということ。例えば、医薬とか、農薬とか、液晶とか、有機発光ダイオードなど。これは最近、鈴木カップリングで作られるようになった。 化学の世界は、人の役に立つようなこともいろいろできるのが魅力。科学者というのはね、いろいろ望みがあるんだけども、一番大事なことは新しい発見をしたいということ。そして、新しいことができたらすぐにでも人の役に立ってほしいと思っている。なかなか難しいことですが。
僕の場合は幸いに、僕らが見つけた有機物を作ることができるという新しい反応が、我々の身近に役に立つ物に非常に容易に使われるようになった。人類の進歩とか人類の生活に直接影響するようなことにすぐ使われるというのは、非常にラッキーだったと思う。人の役に立つということは、若い人も大切だと思うかもしれないし、新しいことを見つけるという研究も、面白い領域だと若い人たちが思ってくれて、(化学の世界に)入ってくれれば非常に嬉しく思います」
講義中に映し出されていたスライドの一部
研究に対する「プリンシプル」
「研究では物まねをするな、独創的な仕事をしなさい、というのは、一番学生に言ってきたこと。それは、僕が先生方に習ってきたことでもある。アメリカで師事したハーバート・ブラウン先生は、もっと分かりやすくダイレクトで、『教科書に載るような仕事をしなさい』とよく言っていた。人の真似をしたような、ちょっと変えただけのようなことをやったのでは教科書に載らない。全く新しい発想で仕事を進めていく、そういう研究のこと。だから、ブラウン先生の話も、日本の先生の話も、結果的には同じなんだよね。 僕が学生に言っていたのはそれと同じことで、重箱の隅をほじくるような仕事をするなと。重箱の中には他の人がやった仕事がたくさん残っているけど、少しくらいはあんまりやってないところもある。それをほじくり出して、やってないところを研究するというのではなくて、小さな重箱でもいいから、その中に、自分自身がやった仕事を全部蓄積する。小さな箱だけれども、全部自分がやったんだというような気持ちで研究するようにと僕は言ってたんです。それは、僕が師事した先生たちが言ったことと結果的には同じで、独創的な研究をしなさいということ。難しいけれども、研究っていうのは難しいことが当たり前なので。
研究者だけではなくて、どの世界の人でも同じだと思う。だから、僕は高校や中学校で話をする時、理科系に興味がある子どもたちもいるけど、将来文学をやりたいという人もいるだろうし、経済をやりたい、医者になりたいという人もいる。自分の一生を進めるためには、独創的な新しいことをやるということを根底におくことが重要だと話しています」
インタビュー中に、「鈴木教授の話を聞いてノーベル賞を目指す若者が出てきてくれればいいですね」というと、「僕はノーベル賞をもらうとも想像もしていなかったし、期待もしていなかったから」と笑って言った。「ノーベル賞をもらったのは、(鈴木カップリングが)実は役に立つっていうことをノーベル委員会にも認めてもらえたんじゃないかと思いますね」。
インタビューを通して感じたことは、鈴木教授の話を聞く機会があった若者たちが、化学を身近に感じただろうということ。「いい仕事をするためには、それがどうしてそうなるんだということを考えてやらなくちゃダメなんだよね」という最後の言葉は、深く印象に残った。
(取材:三島直美)
鈴木教授の丁寧で分かりやすい説明は、化学を理解していない人でも
その面白さが十分に伝わる力がある
鈴木章(すずきあきら)博士
1930 年北海道生まれ。
1960年北海道大学大学院理学研究科博士課程(化学専攻)修了、理学博士。
1963年から米国パデュー大に留学し、ホウ素研究の第一人者であるブラウン教授に師事。
1973年から1994年まで北大工学部教授、現在は北大名誉教授。
ホウ素を用いて有機化合物を合成する化学反応「鈴木カップリング」を開発、2010年ノーベル化学賞を受賞。(略歴は北海道大学サイトより一部抜粋)