書道家 片岡紫江さん

 

大家の書がバンクーバー日本語学校の3階ホールに設置され、生徒をはじめ関係者は学校の宝物だと大喜び。歴史ある学校で学ぶ生徒の励みとなっている。
UBCでの書道講演とデモンストレーションを翌日に控えた2月23日、片岡紫江さんとカナダとの縁、書道の奥深さ、海外との文化交流などについてインタビューした。

 

 


 

 

―私も日本で、小学校の時に習字を習いましたが、「礼儀や姿勢」のことを厳しく言われたことを思い出します。

 

片岡    そうですね。それはすごく大切なことなんです。字は練習すれば上手になれます。でも、大事なことはそのバックボーンです。私が、昔、子どもの教室を持っていた時、「うちの子どもに礼儀を教えてください」とおっしゃるお母さんがいましたが、習字と礼儀は密接なものでした。お稽古が終わった後、必ず、ひとりずつ『ありがとうございました』とお辞儀をして帰っていましたが、書くだけではなく、人間的な成長や品格をもたらす教育が必要です。ところが、なかには小遣い稼ぎのアルバイトのような教室もあります。そこで教える先生には『日本人だったら字は書ける、道を歩くのに免許はいらない』というような方もいらっしゃいます。そこで習う子どもがかわいそうです。昔の先生は、師範学校で書をきちんと学んだ方が多く、字を書くだけではない人間教育をも一体にした授業でした。だから、永年たっても記憶に残っているのです。

私も出会った先生に恵まれたのです。田中塊堂先生という方で、仮名および写経と古筆の鑑定の大家で、書の歴史的なことや、宮中へ出す書、短冊への書き方、古典文学などの本を読むことでの教養の奥深さを教わりました。今は、学校での習字の時間も減り、教える先生もきちんと書を学んだ方は少なくなっています。

高校の場合は、選択科目で、先生も専門の方がいらして、高校で書を本格的にやれば、正統な書の世界を学ぶ機会が得られると思います。それと、公募展に応募するための書を勉強するのも良い方法です。

 

寄贈された校歌の揮毫

 

―私もその一人ですが、自分のクセ字にコンプレックスを抱いている人も多いように思います。練習すればほんとうにうまくなるのか…いく度も挫折してきたような気がします。

 

片岡    それは練習が足りないからです(笑)。私も子どもの頃から好きでこの道に入りましたが、練習は人一倍してきたつもりです。ある時など、書いても書いても思うような線をかけず、何日も深夜まで練習していたのですが、いつもいっしょにいる猫が、足を硯につけ、私が練習している紙にペタンと押したんです。いつも見ていたからなんでしょうね。それでも私の母は「いつ見ても同じね」という厳しい評価。それに奮起したこともあります。

 

UBCでの揮毫デモンストレーション。 会場のリクエストに応えてカタカナ混じりの書も

 

―最近、『アート化』というか、書をデフォルメした絵画のような作品をよく見かけるようになりましたね。

 

片岡    そうですね。それはそれで表現手法のひとつですから、特に言うこともありませんが、中にはひどいものもありますね。絵画の世界でも、具象のデッサン力がしっかりしていると、例えば、ピカソのような抽象画が、人の心を打ち、感動させることができるのです。書の世界も同じで、基本を積み、先ほど言ったバックボーンを学んだ人生観の上に立ってアート化していけば、すばらしいものになっていくと思います。ただ、ボディアート的に大書するだけ、文字をかすれさせる、崩す、といった技法だけの書では限界があります。マスコミが作ったあだ花のようなものです。プロの目から見ればすぐわかります。

 

在バンクーバー総領事館創設125年を祝い、岡田誠司総領事に手渡された

 

—片岡先生とバンクーバーとのご縁は、どんなきっかけですか。

 

片岡    最初は、1981年に観光旅行で来たんです。UBCの新渡戸ガーデンを散歩するついでに、アジアンセンターの図書館に立ち寄った時、偶然、私の恩師の田中塊堂先生の著作に出会い、「えっ、こんなところで…」と感動にも似た思いをしました。また、アジアンセンターの図書館の建物が、大阪万博の時の三洋館を移築したものであったこと、それを実現したエピソードなどを記した新聞記事を読み、さらに感動し、ある種の縁のようなものを感じました。翌年からUBCで書道展を催す縁ができ、そのうちアルバータ大学の日本文学の権威ソニヤ・アンツェン先生とのご縁ができ、ほとんど毎年のようにカナダを訪れています。それからは、アルバータ大学での書展を開いたり、バンクーバー日本語学校で子どもたちに書道を教えたりしました。その時以来、本間校長先生とも親しくさせていただいています。

1999年にはバンクーバーに、2000年にはエドモントンにそれぞれ景風会を発足しました。メンバーの方、皆さんほんとうに熱心です。また、私をよく支えてくださいます。
私の人生は、人との出会いに恵まれています。振り返ってみると、私の人生の節々で人との出会いが、私の人生を決定づけているように思います。

 

2月24日、バンクーバーは雪だった。
それにちなんで揮毫された掛け軸

 

―海外へ「書」だけではなく、日本文化の普及に寄与されてこられたわけですが、日本文化の感性は伝わりにくい面も多いのではありませんか?

 

片岡    そうですね…。でも、ソニヤ・アンツェン先生のように、興味をもたれた方は私たちよりずっと勉強されていて、日本の古典文学などについて突っ込んだ話をしようものなら、うっかりするとこちらが恥ずかしくなるような時があります(笑)。書に関しても造詣は深いですね。日本文化は、日本人が思う以上に海外の方に評価されています。それだけに、わたしたちがしっかり学んでおく必要があります。

 

日本語学校3階ホールで。(左から)在バンクーバー総領事館・内田晃主席領事、片岡紫江さん、富義之領事、日本語学校校長・本間真理さん

 

―習字について、私がもう一つなつかしく思い出すのが、あの香りですね。そして、友達の顔にいたずら書きしたこと…。

 

片岡    私の教室にも『ヤンチャ』がいました。その子も今では立派に家族を養い、幸せな家庭をつくっているのを見ると、あの時、叱ったりしたことがとてもなつかしく思います。

硯を使って墨をするという行為自体、心を落ち着かせ、集中力を高めます。あの香りも作用しているのかもしれませんね。墨は煤を膠で固めたもので、奈良県で作られたものが有名です。硯は中国の「端渓硯」産が有名です。筆の毛は、馬、羊、イタチ、ミンクなどがあります。それぞれ腰の強弱や、墨の吸いかたなどに特徴があり、使い分けます。ちなみに、墨をたっぷり含んだ濃い字もあれば、かすれた字もありますが、あれは、「書の遠近法」といい、書の内容に合わせて書き分けます。

 

―興味深いお話が、汲めども汲めども…といった感じです。ほんとうにお元気ですね。景風会のメンバーの人たちが、先生にお会いすると、元気をいただけると言っていましたがほんとうですね。

 

片岡    ピアニストと書道家は長生きをするといいますが、指先を使うせいでしょうかね(笑)。

 

—ほんとうにありがとうございました。

(取材:笹川 守)

 

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