昨年に続き、モントリオール・オープンで優勝した日本女子チーム
(左から:中嶋茜、小岩井亜樹、欠端瑛子、浦田理恵、若杉遥、安達阿記子選手)
決勝戦は得点2対2のまま延長戦にもつれ込んだ。しかし、観客席は静まり返り、コートに体をたたきつけるようにしてボールを受け止める、選手たちの激しい動きと短いかけ声、荒い息使いだけが競技会場に広がっていく。通常のスポーツのイメージとは全く違う雰囲気に、初めてゴールボールの試合を観戦する人は戸惑うかもしれない。しかし、この球技は奥が深く、エキサイティングなスポーツなのだ。
ソチ・オリンピックは2月24日に華麗な閉会式と共に終了した。しかし、忘れてならないのは、3月7日から同じソチで始まるパラリンピックだ。とかく商業主義に傾きがちと言われ、選手が「広告塔」のようになってしまうこともあるオリンピックに比べ、パラリンピックは派手なスポットライトを浴びることは少ない。しかし、4年前に身近でパラリンピックを観戦したカナダ人の多くが、そのダイナミックなスポーツ精神に感動し、オリンピックとは違う競技の面白さにも気づかされた。
ゴールボールは夏季パラリンピックの花形スポーツの一つだ。この球技は、第二次世界大戦で負傷し、目に障害を持つようになった人たちのリハビリのために始まったと言われる。1976年、モントリオールでオリンピックが開催された時、トロントで行われたパラリンピックから正式種目に加えられた。この競技が日本で本格的に行われるようになったのは1990年代になってから。しかし、2004年のアテネ・パラリンピックに初参加した女子チームは銅メダルを獲得。そして2012年のロンドン大会では、ついに強豪の中国を1対0で振り切って優勝した。男子チームも、着々と実力を伸ばしており、昨年7月にコロラドスプリングスで行われたIBSA世界ユース選手権大会では、日本のユースチームが優勝している。
優勝を争ったオンタリオ州の代表チーム。主力は世界選手権にナショナルチームのメンバーとして出場が予想される選手たちだった
開始の合図は「静粛に!」
ゴールボールの試合は審判が観客席に向かって発する、「静粛に!」の声で始まる。試合が熱気をおびればおびるほど、観客は文字通り息をひそめ、競技場全体が不思議な緊張感に包まれる。これがゴールボールのユニークな面白さの一つだ。
ゴールボールは、バレーボールほどの広さのコートで1チーム3名のプレーヤーが、ボールを転がすように投球し、相手側のゴールを狙う。選手はスキーのゴーグルのような形のアイシェード(目隠し)を着用しているので、視覚障害の度合いが違っても、公平に競技できる。試合に使われるボールは、バスケットボールほどの大きさだが、重さは約二倍、しかもかなり硬い。中に鈴が仕込んであり、その音と相手選手の足音などを聞いて防御態勢を取るのだ。だから、観客はどんなにエキサイティングな展開でも、完全にゴールが決まって審判の笛が鳴るまで、歓声をあげることも応援もできない。ただひたすら、息を押し殺すようにして手に汗を握ることになる。
ゴールはサッカーのものに似ているが、コートの横幅を覆う大きさ。そこを三人で防御するのだから、ボールの来る方向に体全体を床にたたきつけるようにして伸ばさなければならない。当然体の大きな人の方が有利に思える。今回のモントリオール・オープンに参加した日本選手は皆小柄で、体もきゃしゃと言っても良いほど。身長180センチ近くある選手も多い他のチームとは大きなハンデがあるように見えた。しかし、日本人選手たちは素早くボールの方向に回り込み、果敢に向かって行く。一見単純に見えるが、そのテクニックは複雑で、ボールの投げ方も変化に富んでいる。体にはプロテクターを付けているが、ボールを受け止めると、時には「ドスッ!」という重い衝撃音が観客席まで聞こえてくることもある。日本チームは球の威力ではやや弱いかもしれないが、コントロールの良さと速攻性は見事だ。
全身をバネにして叩き込むようなパワフルな投球がオンタリオ州代表チームの強み。日本チームは、コースを的確に読んで防御態勢をつくる
大きく手足を伸ばしてボールを受ける日本選手たち。ディフェンスの中心であるセンターを守る欠端瑛子さんの父親は、横浜ベイスターズで投手として活躍した欠端光則氏だ
リオデジャネイロ・パラリンピックへの道
ゴールボールはヨーロッパで発展したスポーツだが、カナダにも世界的な強豪選手は多い。特にケベック州には、タージというゴールボール用競技器具の有名メーカーがあり、積極的に選手育成をサポートしている。モントリオール・オープンも今年で14回目を迎え、パラリンピックや世界選手権の候補選手のほとんどが参加する、カナダの代表的な競技会だ。
今年は、リオデジャネイロ・パラリンピックの出場権を獲得するための大事な年。日本チームとしては、6月にフィンランドで行われる国際障害者スポーツ協会世界選手権、10月に韓国で開かれるアジア・パラゲームでの優勝が目標だ。今回のモントリオールでの試合はパラリンピックへの第一歩。日本選手団はロンドン・パラリンピックの体験者がほとんどで、ナショナルチームのメンバーで臨んだ。キャプテンの浦田理恵さんも、ロンドン・パラリンピックのゴールドメダリスト。浦田さんは今回のモントリオールでの試合を振り返り、「チームとしての攻撃のパワーを作ることがこれからの課題。ディフェンスも三人で空きの無い『壁』を作っていく」と語った。
今回の競技会で日本チームは、準決勝までは各州の代表チームやアメリカからのチームを次々と破り順調に勝ち上がった。しかし、決勝でのオンタリオ州チームとの対戦は最初から苦戦。日本選手の倍もありそうな体格の選手が投げるボールはうなりを上げるように飛んでくる。ディフェンスも三人が並ぶと、ゴール全体が難なくカバーされてしまうように見えるほどだ。
試合は2対2のまま延長戦に入り、それでも同点のまま。最後はサッカーのPK線のように、攻守交代しながら一球ずつ投げていくエクストラスローまでもつれ込んだ。選手が交代するたびに少し時間が空くので、その短い間はものすごい応援の声が飛び交う。オンタリオの選手ばかりではなく、「日本ガンバレ!」の声も湧き上がった。
そして、とうとう日本側が一点先取。しかし、全ての選手が攻守を終えるまで、エクストラスローは続く。点を取り返されてしまえば、また全選手が一巡するルールだ。日本チームの最後に登場したのは、国際試合は数回目という控え選手の小岩井亜樹さん。日本選手の中でも特に小柄で、「ボールを怖がるな!」とコーチの叱責を受けることも少なくなかった。しかし、コートの端ギリギリに滑るように飛んできたボールに、小岩井さんの体が飛びつくように伸びた。ゴールかと思った観客も多かったに違いないが、小岩井さんの手はしっかりボールをコート外にはじき出した。審判の笛が鳴っても一瞬観客席は静かなまま。そして爆発するような拍手と声援が上がった。まさにゴールボールの醍醐味が凝縮された瞬間だ。
ロンドン・パラリンピックでもディフェンスの中心となった浦田理恵キャプテン。次世代選手の育成にも力を入れている
日常生活がそのままトレーニング
パラリンピックを目指す選手たちは、身体的なハンディキャップだけでなく、練習の機会や資金面でも苦労が多いのは否めない。今回の選手たちも仕事や学校で全国に分散して暮らしているので、チームとしての練習時間は限られている。
「音に反応するスポーツですから、集中力と聴覚を磨くことが大切。日常生活でも、距離や時間の感覚を大切にしています」と浦田キャプテンは語る。合同練習の機会が少ない分、日常生活そのものを練習に活かしているのだ。浦田さんは20歳を過ぎて視力を失い、そのショックから1年半ほど引きこもりになった時代もあったという。その浦田さんを大きく変えたのが、アテネ・パラリンピックで日本の女子ゴールボール・チームが銅メダルを取ったというニュースだった。
他の選手もそれぞれに事情は違うが、金メダルを手にして笑顔を見せる彼女たちには、よけいな気負いや悲壮感は感じられない。世界を舞台に活躍する一流のアスリートならではの清々しさと凛々しさが印象的だった。
(取材:宮田麻未 写真:神尾明朗)