『万民おどろ木』無款 (Photo credit: 稲垣進一、West Vancouver Museum)

 

浮世絵とは?

もともと「浮世ーうきよ」とは「儚い世の中」という意味がありました。特に、室町時代には、人々は仏教の影響で「人生は短い、世の中は儚い、ありのままの形での人生を受け入れよう」と言う姿勢で生活をしていました。それも江戸時代になると、意味が変わってきます。人々の生活に余裕ができ、人生をもっと楽しもうという発想が生まれます。そこで「浮世ーうきよ」も「儚い世の中」から「浮きうきした世の中」という意味を持つようになり、浮世絵も、人生の楽しみや美しさを描写する、華やかで親しみやすいアートとして繁栄していきました。

 

墨摺り絵から版画へ

室町時代に仏教の版画から発祥した浮世絵版画ですが、当初は墨摺り絵でした。それが、江戸時代に入り複数の色を使った浮世絵が登場し、浮世絵の全盛期である江戸時代後半には、大衆の娯楽として楽しむ版画としての浮世絵が主になりました。版画と言う手法をとることで、何枚も同じプリントを作成できたので、町の人は気軽に浮世絵を手に入れるようになり、一気に普及しました。  当時、浮世絵を作るには、誰でも勝手に手にとって始められるわけではなく、弟子入りして修行を積まねばなりませんでした。有名なのが歌川スクールですね。一枚の浮世絵を作るには、デザインする人、彫る人、刷る人、出版する人、といった具合に多くの人が関与しましたが、弟子はそれらの技術を師匠に何年もかけて教えてもらい、独立するときに浮世絵師としての名前を師匠につけてもらっていました。

 

「日本の生み出した芸術と文化を堪能して欲しい」と語るウエストバンクーバー美術館の渡辺さん(右)

 

当時はどんな浮世絵が作られていましたか?

浮世絵は今で言う新聞や広告の役割も果たしていました。世の中の流行を知らせたりアーティストならではの解釈がなされた作品も一般に出回っていました。
また子供の遊び用としての浮世絵もありました。線に沿って切り、それを着せ替え人形に着せたりなど、今の時代の私たちにしては、「浮世絵を切っていた!」なんて聞いたら驚いてしまう話ですが、当時の浮世絵は、額に飾って眺めるのではなく、人々が実際に手にとって眺めたり、遊んだりするものだったのです。

 

なんだか今で言う雑誌のような感覚ですね。

そうですね。手にとって間近に見るのが浮世絵なんです。だから今回の浮世絵展もふだん他の美術館が使わない手法で展示しています。
ふつう美術館で絵を展示する際は、絵の上にマットを置いて端を固定し、その上からガラスをのせるのですが、稲垣さんの希望に沿ってマットはなしで、浮世絵の端から端まで見てもらうために、特別な手法を使い額にいれ展示しました。

 

渡辺さんにとって浮世絵の魅力とは?

今回の展示を作成するために稲垣さんと出会うまでは、正直、敷居の高いあまり馴染みのない分野でしたが、稲垣さんに多くの浮世絵を見せていただき、その複雑な背景などを説明してもらい、すっかり魅了されてしまいました。浮世絵って、デザイン、色合い、歴史の何をとっても素晴らしいのですが、さらに魅力的なのが、物語化されて描かれていたり、間接的にメッセージが隠されていたりと、奇抜なものがたくさんあり、一見分からないけど、実は深い意味を含んでいるところなどに興味を惹かれました。
例えば、天保の改革の際、江戸幕府は役者絵を出版してはいけないという禁令を出しました。今で言う、芸能人ですね。そこで、人のかわりに、鳥や猫などを変わりに主人公にし、それまでになかった斬新なデザインなどが生まれました。本館に展示している歌川国芳の『亀喜妙々』は、役者のかわりに亀が描かれています。よく亀の顔を見れば、それぞれ特徴があり、亀の甲羅を見ると、役者の紋章が入っています。当時の人たちは、顔を見て誰だか分からなければ、紋章でどの役者だか分かるといった具合でしょうか。
また文明開化の際は色々と物価が上がったのですが、そんな歴史を描写する『万民おどろ木』には高くなった物の名前が、木の枝として描かれてあったり。その木の下で酒盛りをしている人たちは花見をしていて楽しいはずなのに、よく見ると顔が怒っているんです。この浮世絵はそういった規制の厳しい背景のもと発行されたので、作成者名があえて入っていません。作風の感じから三代広重の作品ではないかと考えられています。
こんな感じで、庶民の知りたい情報に、ひとひねり入れて、上手に表現しているんです。

 

面白いですね。彼らは、ジャーナリストであり、アーティストでありと多才だったんですね。

今回の展示は、今まで海外であまり展示された事のない面白おかしいものや、ユーモアあふれるもの、皮肉なメッセージが隠されているような作品を厳選しました。特に、歌川国芳、歌川芳藤のものが多いです。彼らの作品は、遊び絵、戯画、玩具絵、説話、武者絵などがあり、かなり見がいがあると思います。

 

最後に読者に一言

浮世絵を見ると、江戸時代の人々の想像力、創作力、技術を感じ取られます。デザインの斬新さや、複雑なんだけどキレイにまとまっている創作力や、よく見ると遊び心が含まれていたりするところなど、日本人の生み出した芸術と文化の一面を誇りに持てる点なのではないかと思います。  
また最近世界的に歌川国芳が流行っていますが、なかなかバンクーバーで見る機会はないので、展示中の3カ月間、気軽に両会場に見にいらして下さい。何度か見に行かれるとその度に新しい発見があることと思います。

 

(取材 小林昌子)

場所:

Ukiyoe Spectacular は二つの会場で開催中。日系ナショナル博物館では、お正月にちなんだ日本の伝統文化や子供に継承していくストーリー性のある作品、また遊びの浮世絵などを展示。ウエストバンクーバー美術館では、ユーモア、皮肉に満ちた大胆な作風の浮世絵が展示されている。両会場共入場料はドネーション制。

West Vancouver Museum:680 17th St, West Vancouver
3月22日まで
開館時間:  火曜日〜土曜日11時〜5時 

日系ナショナル博物館:6688 Southoaks Crescent, Burnaby
3月23日まで
開館時間:火曜日〜日曜日11時〜5時

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。