目標を文書化すること
リタイア後にはリタイア前の収入の70〜80%が必要だと言われるが、住居費、交際費、子供や孫にかける費用などによって、必要な金額は大きく変わってくる。まずは目標を決め、それを文書にしよう。文書化したら、それを定期的に見直すことも重要だ。将来のインフレ率や税率など不確定要素は多く、個人の状況も常に変化する。それに合わせて、リタイアメント計画も修正していこう。
リタイア後の収入見積もりには、サービス・カナダのウェブサイトにあるThe Canadian Retirement Income Calculatorが便利だ。
The Canadian Retirement Income Calculator
ウェブサイト: https://srv111.services.gc.ca
公的年金について
●Old Age Security(OAS)
リタイア後の重要な収入源の一つは公的年金だ。カナダに10年以上居住している市民権または移住権保有者は、65歳からOAS(老齢保障年金)を受給できる。ただしカナダ政府は2012年、この年齢を67歳に延ばすことを決定し、1958年4月1日以降に生まれた人から受給開始時期が少しずつ遅くなるので要注意だ。
●Canada Pension Plan(CPP)
CPP(カナダ年金制度)は所得比例年金であり、給与から自動的に掛金が差し引かれている。そのため受給額は納付期間と納付額によって決まるが、受け取り始める年齢は60歳から70歳の間で自分で選択することができる。通常65歳からだが、多くの人は60歳から受け取ることを選択しているという。受給開始が早いほど毎月の受給額は減るが、早くもらった分を運用するなどで、寿命と利率によっては総額がより多くなる場合もあるからだ。
起業している人は、会社の利益を給与としてではなく配当金として受け取ることで、CPPを払わないことを選択できる。これを勧める会計士もいるが、この場合は自分で老後のための貯蓄をしなければならない。黒住さんは、生きている限り受け取ることができるCPPの方が、長生きした場合にも安心だと語った。
貯蓄について
●Registered Retirement Savings Plan(RRSP)
退職後のための貯蓄プランであるRRSPは、所得税の繰延によって節税を可能にする。まず収入をRRSPに入れることで、その収入は課税対象所得から差し引かれる。将来RRSPから出金する時には所得税が課税されるが、退職後であれば収入が減っているため税率が下がり、節税となることが予想される。また、Spousal RRSPを使って、受取人を低所得の配偶者にすることでも節税できる。
ただしRRSPには落とし穴があり、リタイア後も不動産収入などがあって収入が減らない場合、あるいはリタイアせずに働き続ける場合には節税にならない。また71歳になると、RRSPはRegistered Retirement Income Fund(RRIF)に切り替える必要があり、これは毎年一定額以上現金化しなければならない。つまり投資が値下がりしていても、引き出さなければならないケースが起こり得る。
黒住さんは対処法として、RRSPをリタイア後に引き出すという考えに固執せず、源泉税がかかっても、状況に応じて途中で出金・入金することを挙げた。黒住さん自身も会計士として独立した当初は収入が減ったため、RRSPから資金を引き出して使った。
●Tax-Free Savings Account(TFSA)
TFSAは入金額に対する税金の控除はないが、その中で得た収益は非課税だ。投資収入は通常比較的高税率であることを考えると、TFSAを利用するメリットは大きい。毎年この口座に入金できる限度額が決まっているため、それを最大限に利用すると良い。選択できる投資プランにはさまざまな種類があり、その年ごとに最も金利の高い定期預金を選ぶという段階的な投資で、リスクを抑えながら時間をかけて資産を増やすのがおすすめだ。
●Registered Education Savings Plan(RESP)
子供の学費の貯蓄プランであるRESPは、入金しても所得税の控除にはならないが、これを始めることで政府からCanadian Education Savings Grant(CESG)を受け取ることができる。政府の援助は入金額の20%で、年間500ドルまで。低所得者の場合は40%出る場合もある。子供が大学や専門学校に入学すれば引き出すことができ、その時に子供の所得として所得税がかかる。子供ではなく孫のためにRESPを始めることもできる。
●自宅購入とHome Buyers’ Plan
私たちは生きている限りどこかに住まなければならない。生涯賃貸住宅に住むことを勧める人もいるが、黒住さんは自宅購入を推奨している。まず住宅には、値上がりが課税対象にならないという利点がある。また将来ダウンサイズすれば、リタイア後の資金となり得る。賃貸住宅のように、大家の都合で引っ越しを余儀なくされることもない。自宅の購入のためには、RRSPから非課税で2万5000ドル(夫婦で5万ドル)まで引き出し、これをHome Buyers' Planに入れて使用することができる。
働き続けるという
選択肢
近年は、65歳を超えても働く人が増加している。黒住さん自身も、会計士の仕事をリタイアした後にも働き続けられるよう、ファイナンシャルプランナーの資格を取った。働くことで収入を得られるだけでなく、社会とのつながりを失わず、心も体も健康でいられるからだ。しかし、高齢になってから新しい雇用主を見つけるのは難しい。その解決策となるのが起業だ。起業していれば、自分の意思で働き続けることができる。現在は会社員であっても、「何かビジネスのヒントはないかなって、いつも考えているのはすごく良いことだと思います」と黒住さんはアドバイスした。
寄付を通して
社会に貢献すること
自分の老後のための資金を蓄えることは重要だが、社会に対して貢献することも忘れてはならない。カナダに住む多くの人々は、自分に直接関係がなくても、他人を助けたいという気持ちから寄付をする。カナダ政府は寄付を促進するため、慈善団体に対する寄付金を税額控除の対象にしている。タックスレシートの出る寄付をし、税金の控除を受けると同時に、より良い社会の構築に貢献しよう。
人生を楽しむこと
たとえ資金があっても、生きがいがなければ、心の豊かさは感じられない。趣味や仲間を持つことは重要だ。黒住さんが勧める趣味の一つは「散歩」。お金はかからず、健康にも良い。若い時からリタイアメント計画を始めることは重要だが、それと同じくらい大切なのは人生を楽しむこと。黒住さんは最後に「Life is too short. Enjoy it.」と語り、講演を締めくくった。
貯蓄プランや年金については、この記事の中には書ききれなかった項目・受給条件などもあるため、詳細については会計士やサービス・カナダに確認することを勧める。
(取材 船山祐衣)
ブリティッシュコロンビア大学を卒業後、1986年に公認会計士の資格取得。バンクーバーの大手会計事務所で10年の経験を積んだ後、1993年に同僚と独立し、現在に至る。主に日本関係の法人・個人クライアントに監査・会計・税務業務を行っている。