きっかけは
知人からの誘い
マラソンを始めるきっかけは、知人からの誘いだった。「ランニング・スマイル」で走っている知人と偶然再会し、そこで誘われ走り出した。元々、体を動かすのは好きな2人。それまでは「夫婦でテニスを楽しむ程度」だったが、マラソンにハマるのにそれほど時間はかからなかった。子供が生まれたこともきっかけとなった。子供を預けて夫婦でテニスは難しい。「ランニングなら1人でもできるから」と走ることが日課になった。
達矢さんのフルマラソン初参加は2009年5月バンクーバー国際マラソン。「全然、分からなかったんですけど、いきなりサブスリーを出しちゃったんですよ」。サブスリーとは『市民ランナーがフルマラソンで、3時間を切るタイムで走ること』。その時のタイムが、2時間59分40秒。全体で45位、男性では1682人中42位、40〜44歳男性カテゴリーでは257人中6位と初マラソンで驚異的な成績を出した。「ビギナーズラックもあるし、何も怖いもの知らずだったんですけど」。前半を伴走者に引っ張ってもらったこともいい成績につながったという。それにしても…という成績だ。
一方、里香さんは、その年のフルマラソンデビューは膝を痛めたため見送った。初参加は2010年バンクーバー国際マラソン。こちらも「3時間24分出たんですね〜」と照れる。正確には3時間24分30秒。全体で277位、女性では1463人中37位、40〜44歳女性カテゴリーでは4位と、これまた驚異的な記録だった。
それから、里香さんは順調に成績を上げていた。しかし、達矢さんは紆余曲折、挫折の日々が続いていた。
サブスリーの後、スランプに。練習方法を変え、記録更新へ
「撃沈王で有名だったよね。巷では」と笑ったのは里香さん。「撃沈王ってあだ名で。『また、廿千さん?』って。みんなに抜かれまくってたもんね」と達矢さん本人も当時を思い出して大笑いする。
2、3回、里香さんにも抜かれたことがあると笑う。2009年初フルマラソン以来、成績は落ちる一方。3時間20分台にまで落ち、「足とかつって、苦しみ覚えちゃって」。
今年になってようやく底から抜け出した。「足がつる。なんでだろうって。なんでこれだけ速い練習して、こんなに走って、ダメなんだろうって思って、去年からゆっくり長くを始めたんですよね。そしたら変りましたね」。
試行錯誤の末、長い距離をゆっくり走る練習を取り入れた。『Long Slow Distance(LSD)』というトレーニング方法で、ゆっくり長く走ることで、マラソンに適した筋肉が鍛えられ、精神的にも強くなったという。ペースは1キロ7分15秒から30秒。達矢さん、里香さんレベルのランナーなら「苦痛になるくらい」の遅さらしい。2人ともレース中は1キロ4分前後で走る。それをあえて、ペースを落とし3時間ほど走る。距離にして20キロちょっと。達矢さんはこれを去年の秋から半年続け、今年のバンクーバー国際マラソンで、再びサブスリーを出した。そこから上昇気流に乗っている。
2人とも練習方法は自己流。ネットや知人からのアドバイスで、いいと思うものを取り入れる。LSDもその一つ。里香さんは、朝の通勤や昼休みなどを利用して、1日20キロから30キロ。多い日は40キロを走り込む。休むのは週1日。量的には達矢さんも同じくらいで、今年9月、2人は揃って自己ベストを更新した。
夫婦フルマラソン
世界記録へ挑戦
「世界記録へ挑戦」などと言えば大げさな気がするが、2人はすでにあと5分くらいのところまで来ている。夫婦フルマラソン世界記録は、今年2月24日に開催された東京マラソンで日本人夫婦が出した5時間41分36秒(夫2時間36分57秒、妻3時間4分39秒)。ギネス・ワールド・レコードで認定されている。
達矢さん、里香さんの最高記録は、今年9月29日サレーで開催されたサレー国際世界ミュージックマラソンの2時間47分15秒と2時間59分38秒。里香さんはこれが初めてのサブスリーで、夫婦そろってサブスリーでアベック優勝と話題にもなった。こうしてみると本当に5分ほどしか違わない。
「そんなには記録に執着はしていないんですけど」と里香さん。もともと、走ること自体が好きで、トレーニングでやってきたことをレースで実践できて、それが記録につながればうれしいというタイプ。だから、「お互いにノルマだけ達成しようと。一緒に頑張ろうじゃなくて」と笑う。それぞれの目標が達成できたら、世界記録も達成できるという計算だ。
里香さんの目標は「自己記録更新ですね。サブスリーをキープ」。達矢さんは、「なんとか(2時間)40分を切って39分。50歳までには」。これは男子国際資格の基準もクリアする。
2人での目標達成は、「いけますね。でもまた(夫婦記録)更新されるかもしれないですし。その前に一回取っちゃえって(笑)」。そんな自然体が面白い。
やればやるほど
奥が深い
ここまでマラソンにハマっていけるのは奥が深いから。「42キロは長いですから、練習には6カ月くらいはかけるんですよね。いつからいつまではこんな練習して、いつからいつまではスピードあげてとか、自分なりに考えて。レースの日にそのやってきたことを出しきれるように試行錯誤して。それでタイムに出た時の達成感、報われた〜って感じとか、走ってる最中も、速くいきすぎたらダメ、最初はこれぐらいでとか、すごくいろいろあるじゃないですか。それがすごく楽しくて。奥が深いな~って思いますね」と里香さん。
レースまでのプロセス、レースでのプロセス、そして成果と達成感。「納得できた走りができた時も楽しいし、納得いかなくても、またそれはそれで」と2人で声を合わせる。
達矢さんは47歳、里香さんは46歳。それでもまだまだこれから「伸びると思います」と断言する。40歳を過ぎて始めたフルマラソンで、友達の輪も広がった。走りの話を始めれば、知らない人でも旧知の仲のように話が弾む。「それもすごく楽しい」と達矢さん。 2人で、仲間と、これからも切磋琢磨しながら、まだまだ記録を更新していく。それこそがマラソンの魅力。「限界」のない世界で、楽しみながら自分を高めていける、そんな楽しさを知ったらもうやめるなんて考えられない。「50までには自己ベストと言ったけど、50以降も伸びるのかなぁ」と笑っていた。
(取材 三島直美)