マンザナ収容所で誕生

日本には3000以上の詩吟の流派があると言われるが、國誠流の特色はアメリカ、カナダ、ブラジル、ハワイなど国外に多くの支部と会員を持つ国際色豊かなところといえる。
明治生まれの先代(故・初代荒國誠氏)はオペラ歌手で、声楽の勉強にアメリカに来ていたところ戦争が始まり、日系人とともにカリフォルニアのマンザナ収容所に送られた。そのとき、「みなさん詩吟をやって元気を出しましょう」と呼びかけて産声をあげたのが國誠流詩吟である。
「先代というのは人格的に崇高な人で、みんながついていきました。単に趣味だけで始めたものではなく、心のつながりがものすごくあると思います。ですから各地に広がっていっても横のネットワークが強いのがうちの会の特色だと思います」
昨年、ロサンジェルス支部が創立70周年を迎えた。
「時代が変わり世代交代していく中、昔の会員たちの気持ちを維持するのは難しいですけれども、やはり國誠流の原点である『和』を大切にする精神がそこにあるのではと思います」
各支部で5年ごとに記念大会があるため、年に2回は海外の支部をまわり講習会を行うなど、海外の会員とも深い交流を続けている。

 

口で伝え、耳で聞く

詩吟とは、漢詩や和歌に独特の節まわしをつけて吟じるもので、自分で詠うのが特徴。尺八、琴、鼓などの伴奏が吟を追うような形で追いかけて入ることもあるが、基本的にはアカペラともいえる。
荒宗家は先代の又甥にあたり、小学校6年のときに先代からマンツーマンで詩吟を習い始めた。
「口伝ですね。口で伝え、耳で聞く。先代は常に言っていました。『私は何も隠していませんよ。常にオープンです。私から盗み取る力量があるかないかは、あなた次第なのですよ』と」
初めての人には一度聞いてもらい、一緒に声を出すことから始める。口伝と理屈を合わせて両輪でいけば早く覚えてもらえるのではないかと、DVDを作製した。
「うちの流派の特徴をしっかりと理解していただいて、それを自分なりに表現していくということが出来ればいいと思います。始めはみなさんコピーして、それから自分の形を生み出していく。それが個性というものになっていくと思います」

 

 

豊かな表現と奥の深さ

「空気の使い方を覚えるのがこつ」と話す荒宗家が実際に目の前で声を出してくれる。めりはりのある発声。國誠流には『覇気(はき)』と呼ばれる特徴がある。
単純に空気を出しているわけではない。細い空気もあれば、ぱっという覇気の空気。空気を置いていったり投げ出したり。いろいろな空気の使い方を覚えることによって節調(せっちょう)と呼ばれる素読のあとの特有のメロディがついていく。
「バラエティがたくさんある節調があるからこそ、いろいろな漢詩の表現というものが出来るようになります。単純に詩があって、みんなが同じ詩を詠んでいたら同じになってしまいます。詩はひとつひとつ書いてあることが違うので、それを表現するためには技術的な裏打ちがないとなかなかできないわけです。その点を理屈の上で理解していただいて、感情を表すときにそれが身についてくればくるほど、その方は詩吟についていろいろな表現ができるようになり、ものすごく奥が深くなります。私は詩吟の良さと言うのはそこにあるのではないかと思います」
詩吟の上手な人はよく笑う人だという。「あっはっはっはっ」とお腹をいかに使うか。常に笑う人は腹筋を使っているので、詩吟は精神衛生的にもいいという。

 

ある時期ジンと来るもの

宗家として國誠流先代の跡を継いでから『漢詩500選』という本を出し、解説本とCD、DVDも作成。昨年、襲名15周年を迎えた。
わき目もふらずに生きてきた年代に比べ、ある時期、伝統的な芸術を自然と受け入れられる心の余裕が出てくることがある。
「私自身、昔から同じ詩を何回もやっていますが、10年後、20年後で同じ詩でも受けるイメージが違うわけです。表現の仕方も変わってきています。そういうところに奥の深さというものがありますし、逆に言えば深いものを追求し、受け入れられる自分でいたいと思っています。年を取れば取るほど、その詩を理解する力というものは増していきますから、そういった面で自分に対して貪欲でありたいと思います」

 

 

古き良きものを守る

若いときに漢詩に触れていれば年を取ったときに詩吟に入りやすいものだが、高校で必須科目だった漢文の授業も今は選択になり、日本で詩吟人口が減っていることも事実。
「教育ってものすごく大変ですね。変えていくのには50年かかります。日本の古き良き時代にあったものがなくなっていくという気がします」と話す荒宗家は、詩を読んでもむずかしく考えないでほしいと言う。
「ビジュアル化してください。頭の中でイメージしてください。月がきれいだなとか、お花が咲いてるなとか。それがものすごく大事なことだと思うのです」
最近ではカラオケのような詩吟や、オーケストラの伴奏をつけてする詩吟をする人もいる。
「それもいいと思いますし、まったく昔のままをやっているのではなかなか時代の流れにもついていけないこともわかります。ただ古き良きもの、伝統文化というのは絶対に残していかなければならないので、今まで耳に入っていたものを違ったところから、たとえば詩吟をする後ろのスクリーンで影絵をするなど目で訴えると、また違った受け入れ方が出来るのではないかと考えているわけです」

 

詩吟プラスの可能性

「先代の詩吟に対して、白人の方たちは言葉の意味がわからなくても『ブラボー』と称賛したと、昔のお弟子さんから聞きました。音で感激を受けていたわけです。直感的なものも大事なことだと思いますが、やはり詩吟は何なのかというとき、詩の内容を理解していただくことがものすごく大事なことなのだなと思いました」
荒宗家は、異文化の人たちに少しでも理解してもらいたいという願いを込めて、絶句の日本版と中国詩を使ったものと長い詩の3巻を英文で訳した教本を作成した。
今回、在バンクーバー日本国総領事館が主催した『詩吟の夕べ』では、当地で活動する國誠会と國風会の吟士らと共演。琴、尺八の伴奏、華道、書道、茶道、日本舞踊とのコラボレーションを披露。多くのカナダ人がビジュアル付きの詩吟を鑑賞する機会となった。
「詩吟というものがあります、ということが世界に広がってくれればいいと思っています」
このようにビジュアルを加えることにより、詩吟や日本の伝統文化を広げていくことも、今後の試みとして考えていきたいと豊富を語った。

 

 

 

(取材 ルイーズ阿久沢)

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