まず、「小阪裕司さんはどんな人か?」から始めさせていただきます。私にとっては、日本の書店で平積みになっているマーケティング関連の書籍の著者というイメージがありますが、ウィキペディアで調べたところ、『日本の経営コンサルタント、作家。「オラクルひと・しくみ研究所」代表』となっていました。そのほか、静岡、九州、中部、宇都宮大学の客員教授をはじめ、さまざまな顔を持っていらっしゃいますね。

小阪 私は経済や経営を修めていませんので、厳密に言うと、経営のコンサルティングは専門ではありません。直接的な答えにはならないのですが、私の基本的な関心ごとは、大学で美学を学んだときから同じで、人の心と行動です。美学を学んだ理由は、どうして人は感動するのか興味があったためです。

 

美学とはそもそも何でしょう。

小阪 美について研究する学問で、ミケランジェロ、ピカソのように美術の研究をする人が多かったですね。私は変わっていて、どうして人は美を感じるのか?という方向で研究しました。  これをビジネスに置くと、どうやって人の心をつかむか、ということになり、私の関心領域とつながっています。また、人の心をつかんで動かすはマーケティング活動の根幹です。  研究して分かってきたことを、「本当にお客さんが増えるのか」というように、ビジネスの世界で実際にやってもらうことは大切で、その結果をフィードバックとして戻します。結果に基づいて新たに考えて…と循環します。

 

人の心と行動を軸にしてビジネスをしていくことをみんなで学んで、自分たちで身につけて、自分たちのレベルをあげていく場を作っています。そこに必要な情報を与え、学びの機会を作ります。それが、ワクワク系マーケティング実践会です。

 

私がやっているコンサルテーションは、こうしろ、ああしろということはほとんどやりません。人の心をつかんで動かすというマーケティングの領域は、教えてできることではありません。それぞれが磨き、鍛える必要があります。実践して初めて身につく知恵、実践知には終わりがありません。学んで覚えたら終わりというわけではなく、教育できるものではないので、「場」をもっています。 このような「場」に参加することで、最初はお客様の心をまったく捉えられなかった会社が、捉えられるようになっていきます。

 

「人はなぜ感動するのか」に関心を持ったきっかけを教えてください。

小阪 よく聞かれるんですけど、きっかけは覚えていません。ただ、子どもの頃から映画マニアで漫画も好きで、高校時代には映画を撮ったりしていました。その後、バンドをやったり。エンタメ系が好きと言いましょうか。  広告会社に入ったのも、広告がしたかったわけではなく、イベントがやりたかったんです。就職活動をしたとき、映像作品を作るか、リアルのイベントや舞台を作るか、どちらかがしたいと考えていました。そこでテレビ局と広告代理店を受けて、広告代理店に入り、舞台づくり、博覧会や街のお祭りイベントなどに携わりました。

 

ではなぜマーケティングに進んだのでしょう?

小阪 採用になった広告代理店は、大手の流通会社のグループ会社でした。人事担当から広告代理店で採用だけど、形式上、本社採用だからね、と言われていたのに、なんと“本社の店”に配属されたんです。内定式でも広告代理店と聞いていたので、辞令を見てびっくり!騙されたと思いました。

 

それもデパートでなくスーパーの婦人衣料で、まったく興味がありませんでした。もともと人間のことにしか興味はなくて、経済などに関心はありませんでしたから、ショックでしたね。  パートのスタッフには言うことは聞いてもらえないし、商品は売れない。ひどかったです。しかし、これが転機になりました。あるときから本腰を入れて取り組んでみたら、意外と面白かったんです。私の感覚で映画を作ったりするのと似ていました。考え方を変えて、売り場を舞台に見立てて、どうすれば楽しくお客様に見てもらえるかを考えました。そうすると毎週、売り場を変えるわけです。ブラウスをたたんで置いてみたり、次は掛けてみたり、色をグラデーションで並べてみたり。結果、どんどん私の売り場の売上げが上がっていきました。

 

チェーン店ですから仕入れたものは同じなのに、うちの店だけ売れる。他店の店長が電話で「なぜ?」「値引きしてるの?」と聞くんです。 でも、値引きはしていません。「こうやってグラデーションで陳列すると綺麗なので売れるんですよ」と説明しても、「そんなことで売れたら苦労はしない」と信じてもらえません。

 

みんな商品は価格だと思っているので、売れない場合は価格が悪い、だから値下げするとかそういう話になるんです。でも、私は、見せ方を変えるだけでも、動きが変わってくるのが分かっているので、値下げはしません。

 

売上げが良いと目立つので、広告代理店の社長が「あいつはうちを希望していたそうじゃないか」と引っ張ってくれました。小売に行った経験が、結果的に吉とでました。店に配属されていなかったら、商売、ビジネスには関心を持たなかったでしょう。

 

 

様々な企業やプロジェクトに関わってこられたと思いますが、どんなことをしたか、お話しいただくことは可能ですか?

小阪 守秘義務もありますので無理ですね。つらかったのは、新しい考え方でやったことが成功しても全社的に取り組んでもらえなかったことです。実験的には我々の提案を取り入れてくれますが、なかなか全社的にはなりません。  私の場合、マーケティングと美学的な関心とをもっとつなげて掘り下げていきたい、もっとたくさんの企業と実践したい、企業側も本気でどんどんやって欲しいという気持ちがあります。そこで現在行っている会員制モデルにしました。次の転機です。

 

私個人的には、最初に会ったマーケティングの人が、大風呂敷を広げるけれど…という人でよいイメージがありませんでした。

小阪 マーケティングも広く捉えられているのでそういうこともあるかもしれませんね。私の場合、マーケティングという言葉も使っていますが、人の心と行動に着目してお客様の心をいかにつかんで動かすか、買い物してもらうか、自社商品や自店のファンになってもらうかというものです。

 

ですからワクワク系マーケティング実践会の会員様の中には競合会社もありますが関係ありません。また、彼らの市場がどんなに縮んでいっているかも関係ありません。

 

会員に呉服屋の方がいらっしゃいます。特に私が三羽烏と呼んでいる三社は、過去5〜6年、成長を続けています。呉服業界の市場規模は、この10年ほどの間に1兆2000億円から2800億円に落ち込んでいるそうです。その中での右肩上がりです。

 

 

三羽烏の皆さんは何をされたんでしょう?

小阪 最近私が使っている言葉で言うと価値創造です。我々のアプローチの一番の特徴は、商品を欲しいお客様に売るだけではなく、まったく呉服に興味がなかった人を呉服好きにするというものです。だから、市場が落ちても関係ありません。  一人は、「和服を売っているのではなく、和で暮らす喜びを売っている」と言います。なぜ和で暮らすと人生が豊になるかを説き、価値創造と購買、ファン作りにつなげます。そして、そういう実践事例を会員同士でシェアします。ただし、呉服屋がどうやれば儲かるかというハウツーではなく、お客さまの心をどうやって掴んで動かしたかという視点で使います。そうすると全業種で活用できます。

 

全部の新聞を扱う合売店という新聞配達店の方の事例も象徴的です。田舎のほぼ全世帯がお客様で、お父様が経営されていた時代はやや高飛車な態度で、お客様に嫌われていたそうです。でも、彼が私のワクワク系に入って実践することで、街中の人に好かれるようになりました。古紙回収に行くと、「ご苦労様」とメモがある、ロゴの入った車が走っていると女子高生が手を振ってくれる…「うちのお客様はみんな良い人ばかりなんですよ」とおっしゃりますが、街中の人が良い人ということは考えられません。

 

私のメソッド、ワクワク系を学んだ会員の皆さんは、子育てや恋愛など、いろんなことに応用しています。PTAや街づくりに活用している方もいます。ワクワク系が増えると、他者の利益を優先する利他性が発動して、素晴らしいコミュニティができると、私は真面目に思っています。

 

(取材 西川桂子)

 

小阪裕司(こさか・ゆうじ)さんプロフィール

山口大学人文学部卒業(美学専攻)。社会人選抜の飛び級にて、工学院大学大学院博士後期課程入学、2011年3月博士(情報学)取得。 作家、コラムニスト、講演・セミナー講師、企業サポートの会主宰、行政とのジョイントプログラム、学術研究、ラジオ番組パーソナリティなどの活動を通じて、これからのビジネススタイルとその具体的実践法を語り続ける。
人の「感性」と「行動」を軸にしたビジネスマネジメント理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。現在全都道府県から千数百社の企業が参加している。 「日経MJ」での380回を超える長寿連載コラム『招客招福の法則』が人気を博す他、著書は最新刊『「心の時代」にモノを売る方法』(角川oneテーマ21)『価値創造の思考法』(東洋経済新報社)はじめ、新書・文庫化・海外出版含み計34冊。

 

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