2019年3月28日 第13号

バンクーバー交響楽団(VSO)終身名誉コンサートマスターの長井明さんが今シーズンを最後に引退する。VSOで43年間、その前のモントリオール交響楽団時代を入れると、実に48年間のオーケストラ人生に終止符を打つことになる。

 

2010年9月26日、27日、東京サントリーホールで日本ヴィルティオーゾ交響楽団の公演。 同交響楽団には18年間参加し、そのうちコンサートマスターは10回担当した。

 

コンサートマスターの役目について教えてください。

 コンサートマスターというのは、フットボールのクォーターバックと同じ仕事です。コンサートマスターは第1バイオリン・セクションの首席のみならず、オーケストラ全体のリーダーです。指揮者の要求する音・音楽を技術的に分析して具体的にプレーヤーに(練習中に)説明し、演奏しながらオーケストラをリードする役です。バイオリンがうまいだけではコンサートマスターにはなれません。音楽そのものを理解できる心を持っている人のみができる仕事です。

 

音楽監督とはどのようにおつきあいをしてきましたか?

 要求してくることに自分が持っている理解力を駆使しながら楽器を通して処理していく、その信念・プリンシパルにのっとって仕事を全うすることです。人間同士の話・お付き合いですので、音楽感性のみならず人格性が大いにモノを言いますし影響します。

 行き着くところ、私は常に全員が同じ気持ちで指揮者の要求を作り上げよう、というモットーで対処してきました。この強い願望が終身名誉コンサートマスターの称号(2005年)をいただけた理由だったように思えます。

 

これまでで印象に残る公演は?

 秋山和慶さんが指揮したストラビンスキーの『春の祭典』、2012年秋にブラムウェル・トーヴィーさん指揮のチャイコフスキー『Swan Lake』と『Sleeping Beauty』抜粋公演です。昔ロンドンでバレエの指揮をしていたトーヴィーさんの経験と感性がマッチした彼のベスト公演のひとつでした。

 あとは2006年秋に行ったバイオリニストのジェームス・エネスとの3日間のレコーディング・セッションです。このレコーディングでVSO、エネス、CBCの録音スタッフ2人が2007年のグラミー賞とJuno Awardを受賞しました。

 

オーケストラ、カルテット、アンサンブル。それぞれの魅力を教えてください。

 カルテットなど小さなグループ演奏を拡大したものがオーケストラです。良いオーケストラ奏者は皆カルテットも上手なはずです。

 ピアノ・カルテットやピアノ・トリオの魅力は完全に自分たちの音楽作りに専念できる喜びです。3人・4人だけでの対話です。ソロ演奏が演奏家にとって一番満足度の高いものと思いますが、私は個人プレーより、カルテットやオーケストラとのグループ演奏に魅力を感じ、みんなと一緒に喜び合える幸せ感を大事にしてきました。

 

オーケストラ以外の活動もたくさんされましたね。

 アレクサンダー恵子さんのピアノと妻のせりのバイオリン/ビオラとの組み合わせで始めた『パシフィック・ノース・トリオ』は、14年間バンクーバーの日系コミュニティーやシニアセンターなどで演奏し、シアトル、東京と名古屋でも公演しました。

 札幌に設けたピアノ・カルテット『アンサンブル・パシフィック・ノース』は昨年20周年記念公演をしました。東日本大震災の被災者のための演奏会『あの日を忘れない』をこのグループとするのは、私の夢のひとつでした。3年前から札幌とニセコ郊外で復興チャリティー・コンサートを始め、集めた支援金を持って被災があった宮古市から南下しました。津波から生き残った方々からの経験談を聞き、津波の高さ、更地になってしまった町を見て、着実に進んではいるものの復興の遅さを感じました。そんな中、津波で壊滅した南三陸の郊外の新しい埋め立て地に、台湾から送られてきた支援金64億円の一部で建設された超スーパーモダンな病院で演奏してきました。

 20周年記念公演でも集めた多くの支援金を宮古市に献金し、ピアノとチェロだけでコンサートをしてきました。この事業は続けなければならないと覚悟しております。

 

企友会から功労賞を受賞しましたね。

 世界的に活躍しているだけでなく、バンクーバー市で、特に日本のコミュニティーに多く貢献したことで2014年に企友会から功労賞をいただきました。家族、支援してくれた多くの友達、日本のオーケストラ仲間、VSO、VMO(バンクーバー・メトロポリタン・オーケストラ)、VYSO(バンクーバー・ユース・シンフォニー・オーケストラ)のメンバーの支援なしにもらえることは不可能であったと、感謝の気持ちは今日も変わっておりません。ありがとうございました。

 

VSOでの在籍は43年間。続けるということは大変なことだと思いますが。

 77歳半ばを去ろうとしています。モントリオール響に入団したのが1971年、48年間のオケ人生、その内40年間カナダと日本のオーケストラで仕事ができました。コンサートマスターというポジション柄、成しえられた仕業に感謝しています。同時にコンサートマスターのポジションをキープするための練習、忍耐、努力をしてきたことが、今もって演奏し続けられた原点・元点と心得て、その感謝が一番大きいです。“努力は買ってでもやれ”と私の弟子に言ってます。

 

次に計画していることはありますか。

 はい! 6月15日がVSO最終公演となります。6月24日(月)11時からUBC のゴルフ場で桜楓会ゴルフコンペ・兼・長井明VSO退職祝賀コンペが行われます。ゴルフをされる方はぜひ、ゴルフをされない方も夕食会だけにでもいらして下さい。

 バンクーバー音楽院とVSO音楽院、東京で後進の指導を続けようと願っています。ユースオーケストラのコーチも続けたい。東日本大震災の被災者への支援コンサートは、札幌拠点のアンサンブル・パシフィック・ノースの今後のプロジェクトとして企画したいです。

 未だに陽の目が見えないさだまさしのバンクーバー公演と、NHK『今夜も生でさだまさし』の夢をぜひ実現したいです。

 

長井明:バンクーバー交響楽団終身名誉コンサートマスター。毎日新聞社主催音楽コンクール入賞。全国学生コンクール高校の部全国1位。東京藝術大学卒業後フルブライト奨学金を得て渡米。インディアナ大学大学院修了。 1971年モントリオール交響楽団に5年在籍。1976年バンクーバー交響楽団に移籍、コンサートマスターとして活躍する。ゲストコンサートマスターとして東京交響楽団、読売日本交響楽団、札幌交響楽団、仙台フィルハーモニー交響楽団。コンサートマスター・首席奏者が集められた、日本ヴィルティオーゾ交響楽団を歴任。札幌交響楽団在籍中、アンサンブル・パシフィックノース結成。バンクーバーでは2000年から14年間『パシフィック・ノーストリオ』を結成し、日系コミュニティで数多くのイベントにチャリティ出演。2014年、音楽を通してバンクーバーの日本人コミュニティに多大な貢献をしたことが認められ、企友会より功労賞を受賞。妻はバイオリン・ビオラ奏者の長井せりさん。

 

(取材 ルイーズ阿久沢 /写真提供 長井明さん)

  

VSOでコンサートマスターをしていた頃、オーフィアム・シアターで

 

2014年3月6日、札幌キタラ小ホールでの『アンサンブル・パシフィックノース』公演

 

2010年9月12日、札幌でのさだまさし公演に友情出演

 

『パシフィック・ノーストリオ』はバンクーバーを拠点に活動し、2010年に名古屋と東京で公演

 

長井明さん

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。