2018年6月14日 第24号
「ひらがなやアルファベットが読めるようになった」「九九が暗唱できる」「ひし形と台形の違いがわかる」ーなど、子育てをしていると、同じ学齢期の子どもを持つ親御さんと、こんな会話になることがあるだろう。親として、大切な子どもの将来のため、ひとつでも多く「できること」を増やしてあげたいと願うのは当然のことだ。だが、この「できること」、すなわち目に見えて計測できる「認知能力」に焦点を当てる子育ては、本当に子どもの幸せな将来につながっているのだろうか。本紙では、バンクーバー在住のブリティッシュ・コロンビア州公認臨床心理療法士(RCC)・表現アートセラピストの加藤夕貴さんにお話を伺った。
葉っぱや草木を見ながら、黄色と青を使って、緑の色を探ってみよう
■日本で注目されている非認知能力
今、日本の幼児教育会では、IQで計測できる認知能力ではなく、その逆で、計測できない、内面の力となる「非認知能力」に注目している。この言葉が知られるようになったきっかけは、シカゴ大学の教育経済学者ジェームス・ヘックマンの研究結果「ペリー幼稚園プログラム」だ。60年代にアフリカ系アメリカ人の低所得層58世帯の子どもたちを対象に、プリスクールに通った子どもたちと通わなかった子どもたちを40年間追跡調査。両グループの認知能力(IQで測れる能力)の差は、9歳ごろになるとほとんど変わらなくなるが、大人になってから他の分野で大きな差が出てくることがわかった。それは、プリスクールに通ったグループの方が、40歳の時点で、高学歴で持ち家率が高く収入が多いという結果である。ヘックマンは、この差が出たのは、プリスクールで、非認知能力を身につけたのが要因ではないかと考えている。
■8つの非認知能力
非認知能力には8つの要素がある。自分に対する自信である「自己認識」。やる気である「意欲」。粘り強さである「忍耐力」。強い精神力となる「自制心」。自分の状況を把握する「メタ認知ストラテジー」。リーダーシップである「社会的適正」。立ち直る力である「回復力と対処能力」。工夫する「創造性」。生きる力とも称される、これらの非認知能力が、将来の経済的、社会的成功の鍵を握っていると、近年国内外で研究が進んでいる。
■非認知能力を育む方法
では、非認知能力はどうやって育むことができるのか。「触覚、視覚、味覚、聴覚、嗅覚といった5感を使ったクリエイティブ・プロセスを通したアート表現や遊びの中で非認知能力を育むことができる」と加藤さんは言う。「小さい頃に感覚を通して、外の世界を学ぶと、脳内の情報を伝達する細胞の道を増やすことができ、結果として表現力と学びの幅を増やすことができる。それが言語力や感情表現であったり、社会性、想像力、集中力、リラックス効果であったりする」。
例えば、外で裸足になって砂のザラザラやさらさらした感覚を感じたり、音楽を聴きながら感じた通りに絵を描いたり、子どもと一緒にお料理をしたりと、日々の生活のなかで子どもが感じたまま表現したことを、親子間などの人間関係を通して受け入れられることで、「人との繋がりの土台」と「自分はこれでいいんだという肯定感」を育むことができる。
また、表現アーツセラピーでも使われる、五感をふんだんに使ったクリエイティブ・プロセスに重点をおいたクラスも(英語ではクリエイティブ・アーツと呼ばれる)カナダ国内で提供されている。一般的な美術のクラスでは、スキルやテクニックを学ぶことに焦点を当てているが、クリエイティブ・プロセス中心のクラスでは、自分が感じたことを表現する過程、すなわち表現のプロセス自体にまずは焦点を当てている。
例えば、ビリビリと紙を破った五感の遊びから入ったとする。紙の感触、紙の音、ビリビリと破ったり、もしくは、ぐちゃっと丸めたり、その手の動作や音がおもしろくて仕方がない子どもたち。そこから、その紙を使ってどうしたいか? 紙の切れ端に絵を描いたり、小さくちぎれた紙を集めて紙吹雪のようにしたり、また紙をコスチュームにしたりと、さまざまなイメージが育まれ、遊びの形も変化する。また、そのビリビリ破けた状態からボール作成というグループの課題を導入すると、皆で協力しあって作成する体験もできる。“これが正しい形” という枠がゆるいため、失敗という概念がほぼない。そのとき、感じたまま動き、そこから生まれる子どもたちのイメージを育むプロセスだ。
また、子どもがイメージしたこと、感じたことを、アートを通して表現することで、セラピストは「今日の〇〇ちゃんの絵は赤色が多いね」「あなたの絵は今にも動き出しそうだね」と言ったニュートラルなフィードバックや、また「今にも動き出しそうな絵を見てワクワクしてきたわ」と言った、見る側の気持ちを表現する。そのようなやりとりを通し、その子の作品、すなわち「その子ども自身」を受け入れる。この過程で子どもたちは「自分はこれでいいんだ」という自己肯定感を育むことができる。加藤さんの生徒さんのなかには、4歳にして、分からないことへの恐れの気持ちから、お手本を見ないと制作にとりかかれなかったり、大人に描いてもらおうとする子どももいたという。だが、アートという安全な環境を通して、その恐れも、励まされながら少しずつ克服することが可能だ。例えば、自分の花がどんな形なのか、どんな色なのか、それがどんな表現でも、「受け入れてもらえる」という経験をすると、自分のコンフォートゾーンから脱出し、より自由に自分の花を表現することができるようになる。子どもは、見たまま、感じたままの表現を、そのまま「受け入れられること」で、自信を得る。だからセラピストが生徒の作品に対して、「上手だね」と褒めることはほとんどなく、違う言葉で受け入れ、励ます。うまい下手という価値観を子どもたちの心に植え付け、不安や恐れや恥といった、想像力を抑える結果を導かないように、フィードバックには気をつけている。
そして、アート表現の中でさまざま思ったことを失敗を気にせず試してみることで、結果的に、その実験を繰り返すという「根気」にもつながる。繰り返していくうちに、納得いく作品に到達することもできる。さらに「これはなんだろう?」という疑問から、実験してみて一つの形が出る。そこからまた疑問が生じて、試す、というサイクルが、「創造的問題解決法」といわれ、失敗を恐れず、粘り強く挑戦できるという、実社会で役立つ「生きる力」を学ぶことができる。加藤さんは「これは正しい、これは間違っている、といったジャッジメントがないので、このプロセスを通して新しい発見がある。興味から出発して疑問が生まれる。疑問を調べるために実験する。そうすると、ここで何か一つ答えが見えてくる。そしてまたそこから興味が生まれて…という学び。これこそが本来の学びの姿」と話す。このようなクリエイティブ・プロセスの体験は、そのまま実生活へ反映される。クリエイティブ・アートのクラス外でも、より自分を表現する力、挑戦する力、また興味を見つける力となってゆく。
■表現アーツセラピーのクリエイティブ・ブロセスで育んだ結果、非認知能力が伸びる
表現アーツのクリエイティブ・プロセスで、子どもの自己肯定感や感情の調整力、そして自己統制力や、やり抜く力、探究心や興味、創造性、また忍耐や自己回復力、そして共感力や人とのつながりといった社会性を育むことができる。それが結果的に子どもの非認知能力を伸ばすことにつながる。もちろん、このクリエイティブ・プロセスは子どもだけではなく、いくつになっても、このプロセスを通して自分自身を発見し、人生の幅を広げることができる。(※認知能力がついてくる年齢からは、いくつかの芸術表現を織り交ぜた心の対話プロセスも可能だ)。
冒頭で紹介した、IQで測ることができる認知能力の向上は、上手になること、完璧になること、正解であることに焦点を置いた「結果重視化型」。子どもたちの自信は、結果に左右され、身につくのは優越感や劣等感であり、まわりに左右され揺らぐ自信である。結果重視型の現実社会の中でも、非認知能力を養うことで、周りに左右されず、壁にぶち当たったときには乗り越える力、人と繋がる力、夢を実現する力が身につく。
生活すべてがクリエイティブアート「Life as expressive art」であるという概念を持って、加藤さんは、バンクーバーと日本で、子どもたちの生きる力が花咲く社会を目指し、現在、表現アートセラピストとして活動中だ。今年の7月には、大阪と山口でクリエイティブ子育てという講演会とワークショップを行う。詳細はhttps://www.kosodate-sw-lab.com
■加藤夕貴さん プロフィール
バンクーバー在住のBC州公認の臨床心理療法士(RCC)。表現アートセラピスト。「表現アーツ」をつかった子育て支援を行っている。8歳と6歳の子育て中。日本に帰国した際、ワークショップ、講演活動を行う。https://ameblo.jp/creativepath/
参照
https://www.recruit-ms.co.jp/issue/interview/0000000542/
https://www.sukusuku.com/contents/qa/143200
(取材 小林昌子 写真 加藤夕貴さん)
秋の葉っぱや松ぼっくりを使った秋のアート
ここから何が作れるかな?みんなで協力しあってテープを使ってボール作り♪
紙でできたボール、どうする?色塗ろう!となり、子どもたちは「ここは〇〇色〜!」楽しく話しながら一緒にペイント
スーパーボールに絵の具をつけて、まずはコロコロ転がして実験
スーパーボールがつけた絵の具の上に、皆でペイントしたりデコレーションして共同画が完成!
加藤夕貴さん