2018年5月17日 第20号
5月12日、ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー市内のスコシア・ダンス・シアターで、トモエアーツが日本舞踊コンサート『由子会』を開催した(メディアスポンサー:バンクーバー新報)。
藤間流師範の故・藤間由子は2003年に74歳で他界。 今回上演されたのは藤間由子によるオリジナル作品、残されたメモやビデオを元に復元した作品など。主賓の在バンクーバー日本国総領事岡井朝子氏と夫君の知明氏ほか、会場を満席にした約160人の観客から大きな拍手が沸き起こった。
『由子会』に出演したみなさん(左から)ライアン・カロンさん、藤間美奈子さん、藤間左由さん、藤間章吾さん
過去最大の『由子会』
トモエアーツのアートディレクター、コリーン・ランキ (芸名は藤間左由)さんが、2003年に亡くなった師匠、藤間由子の舞踊人生を称える踊りの披露会『由子会』を初めて開催したのは2014年。以来、いろいろな形で開催してきたが、ことしは日本から藤間流師範の藤間章吾さんと藤間由子の弟子の中では最も古参のひとりであった藤間美奈子さんを招聘し、一般向けの講義やワークショップを企画した。
弊紙ほか、英字フリーペーパーでも取り上げられ、数日前にはオンラインでの購入がほぼ完売。「ダンスの公演にはバレエ、コンテンポラリー・ダンス、フラメンコなどがありますが、バンクーバーで日本舞踊の公演がこれだけ注目されたのは初めてです」とランキさん。
ワークショップでは正座、立ち振る舞い、しぐさ、扇子の使い方などを藤間章吾さんが指導。受講者からは「扇子の使い方を習ったので、舞台で踊りを観ながらもっと楽しめた」という感想が聞かれた。
観客を惹きつけた舞台
幕開けは藤間章吾さんによる『七福神』(長唄)。司会と解説を務めたまい子ベアさんが「イザナギとイザナミの神が国造りをするところから始まる長唄で、ご祝儀ものとして知られています」と説明した。太鼓や鼓、笛の音が入る速いテンポに合わせ、扇子を用いたさまざまな表現や足踏みなど細かな振り付け。観客の目は早くも舞台に釘付けになった。
幼少から藤間由子の指導を受け『女役を踊る姿は由子先生を思わせる』と定評の藤間美奈子さんが選んだ演目は、17歳のときに由子先生から初めて習ったという地唄舞『鐘ヶ岬(かねがみさき)』。藤色の美しい着物姿で、安珍に恋した清姫の情熱さを優雅に、そして嫉妬深さをちらつかせながら踊った。
続いて藤間章吾さんによる『八島(やしま)』は、能楽の『八島』を荻江節の曲にし藤間由子が振り付けしたもので、衣裳をつけず紋付き袴姿による素踊りという形式で、登場人物をすべてひとりで演じわけた。屋島の浦ののどかな景色から一転して、場面は戦場へと移る。なめらかな立ち振る舞いで古戦場の哀愁を、また戦場の様子を力強い足踏みや目線を用いて躍動感たっぷりに表現した。
「今回上演した『鐘ヶ岬』『八島』『海士』の三曲は能楽を日本舞踊に作り直した作品で、由子師が好んでいたものです」と藤間章吾さん。そんなところにも藤間由子を偲ぶ気持ちが込められていた。
藤間由子オリジナル作品『海士(あま)』
ライアン・カロンさんは2009年からランキさん(藤間左由)のもとで日本舞踊を始めた。2016年にはBCアーツ・カウンシルの助成を受けて半年間東京に滞在し、藤間章吾さんから指導を受けた。
「頭の中を空にし、自分の体と先生を信じて感情に任せて踊る日本舞踊は、瞑想のようでもあります」と話す。
今回藤間左由さんとカロンさんが踊ったのは、義太夫の『海士』。大臣・藤原房前(ふさざき)が、幼少のころに亡くした母を弔うために訪れた地で出会った海女が、実母の幽霊だったという物語。
藤間由子はたくさんのビデオテープとメモを残したが、彼女の振り付けによる『海士』で残された資料は1987年に公演したビデオ1本。左由さんは1987年と1995年に国立小劇場で藤間由子・尾上菊紫郎による舞台を観ていたので、今回ビデオを観ながら復元させたという。
ふたりの間の距離感、緊張感はもとより、母の愛と犠牲を左由さんが巧みな踊りと表情で表現した。もともとは義太夫の語るセリフだった部分を英語にして、カロンさんが踊りの合間に語ったところも、カナダの観客向けにわかりやすい仕上がりとなったのではないだろうか。
海外に目を向けた藤間由子
「由子先生は外国人向けの発表会を開いたり、イギリスやイタリアで公演してワークショップを開くなど、日本舞踊を国外にも広めることに努めていました。だからこんなに背の高い外国人の私を弟子にしてくれたのかもしれません(笑)」とランキさん。
後継者がいないまま亡くなった師匠の資料やビデオテープを姉弟子とともにデジタル化しながら、今まで観たこともない踊りを知り、あらためて藤間由子の偉大さを実感したという。
「由子先生の踊りへの情熱が今夜の公演で終わることなく、今後も世界のどこかで教えられ上演されることを祈っています」と、感無量の面持ちで語った。
(取材/ルイーズ阿久沢 撮影/Trevan Wong)
藤間章吾さんによる『八島(やしま)』。登場人物をすべてひとりで演じわけた
藤間章吾さんによる『八島(やしま)』。登場人物をすべてひとりで演じわけた
藤間美奈子さんが地唄舞『鐘ヶ岬(かねがみさき)』で清姫の情熱さを優雅に踊った。 公演を終えて「コリーンが皆さまに支えられて活動していることを知り、安心いたしました。由子先生の芸が引き継がれていることをうれしく思います」と述べた
藤間美奈子さんが地唄舞『鐘ヶ岬(かねがみさき)』で清姫の情熱さを優雅に踊った。 公演を終えて「コリーンが皆さまに支えられて活動していることを知り、安心いたしました。由子先生の芸が引き継がれていることをうれしく思います」と述べた
義太夫の『海士(あま)』で藤間左由さんとライアン・カロンさんが母と息子を演じた
義太夫の『海士(あま)』で藤間左由さんとライアン・カロンさんが母と息子を演じた
義太夫の『海士(あま)』で藤間左由さんとライアン・カロンさんが母と息子を演じた
公演に先立ち藤間章吾さんが講義とワークショップを担当。「みなさんとても熱心に受講してくださいました。舞台もたくさんの方に観ていただきお礼申し上げます」と感想を述べた (Photo by Colleen Lanki)
藤間由子(1929-2003):藤間流師範。6歳より藤間寿枝(ふじま・すえ)のもとで日本舞踊の稽古を始め、18歳ごろから舞踊を教え始めた。写真は『神田祭』を踊る藤間由子。第一回『由子の会』1967年4月30日、三越劇場(東京)で開催(写真提供:TomoeArts)