2018年3月22日 第12号
3月7、8、9日の三日間、「ラブ、ホープ&ニューライフ」と題し、東日本大震災関連の講演会、パッチワークの制作展示、音楽会のイベント(メディアスポンサー・バンクーバー新報)が、バンクーバーのユニタリアン・チャーチで開催された。のべ約230人が参加したこのイベントには、「内容が充実していた」「マルチカルチャーのカナダらしい会だった」「台湾コミュニティーの貢献が素晴らしい」とのポジティブな感想が多数寄せられた。
「世界の人々がつながり助け合うこと」「希望を見つめること」、参加者それぞれの被災地への思いが込められた作品27枚ができあがった。この作品づくりは日本国内外でこの先も続いていく
津波を受けた泥だらけの着物との出会いから
被災した着物の端切れを使い、被災地支援のパッチワーク作品を作り、音楽とともにコンサートで展示する。この活動を2011年から続けてきたのは東京在住の音楽プロデューサーのしおみえりこさんと、夫でクラリネット奏者の橋爪恵一さん。被災地に楽器を届けるボランティアをした縁から、えりこさんは宮城県石巻市で創業150年の老舗「かめ七呉服店」と、被災した大量の着物に出会った。「美しい着物がかわいそう」と着物を譲り受け、何度も洗い、強烈な臭いと汚れを取り、音楽家のステージ衣装の一部としてリメイク。そこで生まれる端切れも「もったいない」と開始したのがパッチワーク作りだ。協力者を募り、各地でイベントを行い、日本国内と世界33カ国の人々の手による2200枚の作品が生まれた。
バンクーバー開催を担ったバンクーバー実行委員4人の女性たち
「リメイクの着物とパッチワークは多くの方に震災の記憶を伝えてくれます。これが2020年に完成予定の宮城県石巻市の文化ホールの緞帳(どんちょう)になってほしい」と願うえりこさん。さらに東北復興を謳(うた)っている東京オリンピックでの展示を実現するため、世界の声援をと考えていた彼女が声を掛けたのが、親交のあったバンクーバーの女性、アントニア・チュウさんとシシリア・チュエさん(共に台湾出身)だ。二人は「それは意義深い活動」と受け止め、えりこさん、恵一さん夫妻は今年3月の来加予定を決めた。その台湾出身の二人を昨年末、コピソン珠子さんが偶然にもコキットラム市で開催中のキルト作品の個展に誘った。その場でキルト作家のジュディ・ビレットさんもともに集った際、台湾出身の二人からパッチワークのプロジェクトの話が出た。その時の気持ちを珠子さんはこう語る。「台湾の友人からこのような機会を提案されたことへの大きな感謝と、ぜひとも力を合わせて企画せねばならぬという、ある責任感を感じました」。残された準備期間はわずか2カ月。しかしながら、できることをできる時にできるだけ行い、この世界を少しでも平和に。その信念さえあれば進んでいけると確信して立ち上がったという。ジュディさんも共感し、4人の女性によるバンクーバー実行委員会が結成された。イベントの目的は、東日本大震災、津波被災の7周忌と世界平和。被災地の現状を学び、今できることに焦点を当て、安全で平和な社会を願い、芸術(パッチワークと音楽)を通じて表現するイベント企画を『ラブ、ホープ&ニューライフ』と名づけて4人は準備に奔走した。
ラブ、ホープ&ニューライフ
第1日目 トーク&ミュージック
開会式の後、台湾出身の作家ジュリア・リンさんが最初に登壇。「フォルモサ(美しい島)」の別称を持つ台湾は、東日本大震災発生直後、短期間で約200億円もの義援金を集め、被災地に送った。ジュリアさんはその台湾の、日本の統治時代も含めた移民の国ともいえる歴史や、地震の多い同じ島国同士の助け合いの関係に触れた。
次に東北地方の地理研究者でもあるデイビッド・エジントン博士が、被災地の復興の進捗を、激減した人口や津波に備えた町作りなど多岐にわたり紹介。化学者の落合栄一郎博士は、福島の原発事故、さらには世界の原発、原爆実験がもたらしてきた健康被害の状況を詳細に伝えた。最後には恵一さんの演奏するクラリネットの音色が場を癒すように優しく響いた。
第2日目 パッチワークワークショップ
「作品の一部に被災した着物を入れること」——この方針に沿って参加者は思い思いにパッチワークを制作。横田清子さんは参加の動機を「娘がカナダに漂着した震災のゴミを拾う活動をリードしていました。自分にでもできることを」と語った。「被災地石巻市の瓦礫撤去と清掃作業のボランティア活動に参加しました」という渡部ホール句美子さんは、清掃活動で知り合ったカナダ人男性と結婚。その二人に生まれた1歳の娘を連れて参加し、当時の体験を会場で紹介。バンクーバー病院で看護師として25年間出産に立ち会ってきたダイアン・ドナルドサンさんは「震災が報じられた時、その状況に置かれた妊婦さんたちに思いを馳せました」と新生児をデザインした作品を作った。再生のための変容と希望への願いを込め、蝶や桜をモチーフにした人が多く見られた。昼には台湾と日本食のランチが振る舞われ、初対面同士の参加者が交流。「布でつながった女性たちは強いんですよ」(恵一さん)。日本の復興支援をキーに、多様な背景を持つ人たちが真剣かつ楽しく交流するまたとない機会となった。
第3日目 パッチワーク作品の披露&ミュージック
多数のチャリティーコンサートに出演してきた恵一さんがクナル・モルジアニさんのピアノ伴奏で日本や世界の曲を奏でて会をスタート。そして台湾出身者で構成するイグレットコーラスと日本出身者のウインズコーラスが『花は咲く』、『Let There Be Peace』ほかを合唱。会の中盤、パッチワーク作品の飾られたステージに司会者が制作者たちを招くと、会場から温かい拍手が送られた。最後にはアレクサンダー恵子さんのピアノ、ボー・ペンさんのチェロと橋爪さんとのアンサンブルの演奏が会を盛り上げ、三日間のイベントの幕を閉じた。
会を終えて
布を重ね、祈りを重ねた27枚のパッチワーク作品の上に、音楽を通して人々の共感の思いが集まった本イベントが終了した。「バンクーバーの皆さまの心意気に深く感謝の三日間でした」(えりこさん)。実行委員の珠子さんは、このイベントの準備期間中、自らを鼓舞したエリノア・ルーズベルトの言葉“It is better to light a candle than curse the darkness.”「暗いと文句を言っているより、小さなろうそくに灯りをつけて少しでも明るくしよう」の言葉を振り返っていた。そして「意志あるところに道は通ず」の哲学は生きていたこと、芸術には人間社会をリードできる偉大な力があることをあらためて感じながら、日本へ運ばれるパッチワーク作品を見送った。
(取材 平野香利)
パッチワークの展示された壇上に呼ばれた制作者たち
日本語、中国語、台湾語、英語の曲目を歌ったEgret (白鷺)ChoirとWinds Choir
イベントを実現させた人たち(写真左から)朱淑端(Antonia Chu)さん、コピソン珠子(Tama Copithorne)さん、橋爪恵一さん、しおみえりこさん、Judy Villettさん、陳慧中(Cecilia Chueh)さん
(写真左から)クラリネット奏者の橋爪恵一さん、ピアニストのKeiko Alexanderさん、チェロ奏者のBo Pengさん
被災地の復興状況を説明するブリテッシュ・コロンビア大学名誉教授David Edgington博士
Jenny SuさんはEgret Choirのメンバーとして日本語の歌唱にも取り組んだ
イベントのタイトル『ニューライフ』にインスピレーションを受けたDiane Donaldsonさん
「震災関係の映像で最後に桜が出てきたのが希望の象徴と感じて」と桜のイメージで制作したWendy Lynnさん