2018年3月8日 第10号

「ただの物忘れなのか、認知症なのか」「認知症と診断されるのが怖い」——普段の生活のなかで物忘れにかかわる疑問や不安がある。その気持ちをオープンに語り、医師から適切なアドバイスを得る機会、それが2月23日に開催された田中朝絵医師を講師に迎えた隣組のシニアライフセミナー(メディアスポンサー:バンクーバー新報)「認知症に関する正しい知識を身につけよう!」だった。

 

「怖がらずにファミリードクターに受診を」と促した田中朝絵医師

 

予防医学に詳しい田中朝絵医師から

 2004年に日加ヘルスケア協会を有志とともに設立し、健康維持、病気の予防に焦点を当てて、精力的に啓蒙活動を行っている田中朝絵医師。この日、バンクーバーは積雪で路面状況が悪く、12人の参加となったため、予定していたセミナーの大半を座談会形式に切り替え、参加者一人一人の思いを聴き、田中医師がそれに答える形で進行した。そこで交わされた話の内容を抜粋して紹介していきたい。

 

誰にでも起こる脳の機能の衰え

 「認知症」は病名ではなく、脳が何かの要因により、認識、記憶、判断の能力が弱くなり、社会生活に支障をきたしている状態を指す。それは誰にでも起こりうる状態である。だが「認知症というと高齢者の病気と思うのでは」と、田中医師は自身の体験から語り出した。出産のため医師の仕事を半年休んで復帰した時、頭の状態が「沼の中を歩いているような感覚」だったという。復帰後は、こなせる仕事の量が激減し、脳の働きは使わないと衰えることを痛感。「人間の脳の病気は使わないことによってなるものが多いのです」と語った後、参加者が気になっているアルツハイマー病に触れた。アルツハイマー病は認知症を引き起こす原因のトップ。これは脳の神経細胞に特殊なタンパク質が付着することにより神経細胞が壊れて減っていき、また神経繊維がもつれ、脳全体も萎縮することから身体の機能が失われていく病気である。

 次に認知症の原因として多いのが脳の血管の問題によるもの。このタイプの認知症は脳血管性認知症と呼ばれる。アルツハイマー病では大きな血管に問題が起きるのに対して、こちらは小さな血管の問題。脳血管性認知症は防ぐことができる。脳の血管の障害を引き起こしやすいのが、生活習慣病である高血圧や糖尿病、コレステロールであるため、運動と食事を気をつけることが予防方法となる。

 そのほかにも認知症の原因は20くらいある。例えば、甲状腺の疾患、梅毒などの感染症、脳に水が溜まってしまったこと、ビタミンB12の不足など。そのため認知症の疑いのある患者に医師はまず他の病気がないかをチェックする。原因を突き止めた後、脳の水を抜いたり、ホルモン剤や栄養改善によって治すことのできる認知症もあるのだ。

 

怖いと言って病院に行かないと回復のチャンスを失いかねない

 「認知症のうちの40パーセントくらいは防げます。また認知症が発症しても、初期の場合は回復できる、あるいは進行を防げる場合があります。アルツハイマー病の場合は、その病気だけに効く薬があり、進行を遅らせることができます。皆さん脳の病気は隠したがりますが、おかしいと思ったら、隠さずドクターに行ったほうがいいです。本人でなくても、本人に怒られないように気を付けながら、家族や友人など気付いた人が本人を病院に連れていくか、本人に病院に行くことを勧めてください」

 

認知症か、加齢による物忘れかを判断するポイント

 たとえ認知症を発症していても、会話自体は流暢にできて周囲からわかりにくい場合もある。判断のために知っておきたいのは、認知症の場合、忘れていることも忘れていて、会話に作り話が入ってくる場合があること。そして少し前に話したことを覚えていられないことだ。そして田中医師はこの場で「猫、電車、茶色」の三つ単語を覚えるように参加者に促し、5分後にまだ覚えているかを尋ねた。 ファミリードクターの予約・受診の際に

 ファミリードクターに相談する際は「最近、忘れっぽくなっている」という理由だけで受診予約を取ろう。ファミリードクターの予約には3つのスタイルがあり、普通の診察では短時間の予約となるが、カウンセリングという枠での予約であれば、医師は患者の話をじっくりと聴くことができるため、カウンセリングでの予約を希望してみよう。

 診察時に患者から少し話をしただけで「問題ない、大丈夫」と言う医師であれば、"How do you know?"「どうして問題ないと言えるのですか?」と聞き返そう。医師は訴えられることを恐れるため、そうした問いかけは無視できない。また、高齢のファミリードクターは、認知症のことを学んでいない場合があることも踏まえておこう。

 

どんな検査が必要か

 認知症の原因を調べるため、ファミリードクターには、普通の血液検査に加えて甲状腺の検査(Thyroid-stimulating hormone)、梅毒(Syphilis)の検査、ビタミンB12の検査を頼んでみよう。そして 頭のCTスキャンも依頼しよう。それに加えて記憶の検査を受けるために、専門の医療機関への紹介も頼むこと。

 認知症の検査は専門医(老年医学の専門医師Geriatrician)かブリティッシュ・コロンビア大学のアルツハイマークリニック(UBC Alzheimer Clinic)で受けられる。

 検査には、ミニメンタル・ステータス・エグザム(Mini-mental Status Examination、略称MMSE)という3つの単語の記憶力を試すことが含まれたテストと、5つの単語の記憶力テストを含んだモントリオール・コグニティブ・アセスメント(Montreal Cognitive Assessment 略称MoCA)があり、両検査とも日本語版もある。

 

家族に認知症患者がいる場合の配慮

 この事柄だけで別枠のワークショップが必要なほど大きなトピックだが、まず鍵はここに置く、何かの予定はここに必ず書くなど、物事をシンプルにして、システムを作っていくことが大切なこととして挙げられる。初期の段階でこうした習慣を付けたことが、後に大きな助けとなった人たちがいる。

 

脳のためのトレーニング

 軽度認知障害(MCI)だった場合、そこから改善する人は25パーセント、悪化する人は25パーセント、その状態を維持する人が50パーセントと言われている。維持、改善には、年に1度の検査と脳のトレーニングが大事だ。

 トレーニングには、数字のパズルといった考えるタイプのものよりも、覚えるものを。 また数字のトレーニングをした場合、数字に強くなるといったように、脳はトレーニングをした分野だけ機能が特に良くなる。そのため実際の日常生活で一番必要な能力に関して訓練することが望ましい。会話の能力を維持するには、積極的に人と会って交流し、相手の言ったことを覚え、質問をするといった取り組みが効果的だ。例えば、会話の相手が「娘が結婚する」と話したなら、その場で「どんな結婚式をするのか」と尋ねたり、その後に会った時に「結婚式はどうだった?」のように、その話についての質問をするといいだろう。

 

参加者の経験から

 認知症の予防と改善のための情報として参加者からも、昇降運動をしながら暗算をするといった運動との組み合わせや、料理など1度に複数のことを行うこと、楽しい体験で脳が活性化することなどが紹介された。

 

新しいことにチャレンジを!

 「脳は普段使われていない部分が大半だと言われます。一部に障害を受けても、訓練で新しい回路が開かれます。積極的に外に出て、人との交流を中心に、料理でも、語学でも、好きなことで、新しいことにチャレンジして人生を楽しく生きましょう」と田中医師はエールを送って会を締めくくった。

 この文章の中に田中医師が「覚えるように」と言った三つの単語があった。何だっただろうか。ある認知症患者は「認知症は不便だが不幸ではない」と語ったという。その人は認知症を受け入れ、生活に支障が少ないようにと、またこれ以上症状が進まないようにと、暮らしの中で工夫を行い、できることに注力しているようだ。そうして現実に正面から向き合い行動することで、不安な思いに圧倒されず、幸せを感じて生活できることを田中医師の明るい声が示唆していた。

 

田中朝絵(たなかあさえ)医師
BC州医師・ファミリードクター。日加ヘルスケア協会理事長。
SFUで生物学、UBCで生理学を学び医学博士を取得、ダルハウジー大学(ハリファックス)で家庭医の研修を終え、BC州内の緊急病棟、ファミリードクターのオフィスに勤務。日本語で診療や講演のできる貴重な存在。

(取材 平野香利)

 

 

医師に伝えるべきことを板書

 

座談会形式で会を進行

 

 

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