2017年10月5日 第40号
能の演目である「通小町」と「卒塔婆小町」を元にして作られた能オペラ「通小町」が完成し、10月26日〜28日にバンクーバーで上演される。昨年1月にバンクーバーで試演が行われ、完成を心待ちにしていた観客も多いだろう。メインキャラクターである深草少将を金春流能楽師の山井綱雄さん、小野小町をソプラノ歌手のヘザー・ポウシーさんが演ずる。山井さんと、トモエアーツのアートディレクター、コリーン・ランキさんに話を聞いた。
能楽師 山井綱雄さん
■昨年の試演後どのような点が加えられましたか。
「3年前に文化庁文化交流使として伺ったときにこの話が持ち上がり、その時からすでに3年計画でした。最初が10分の短編の作品。昨年の1月がスタジオでの試演会でした。3年目の今回、まさに『ホップ、ステップ、ジャンプ』の本格オペラ公演となりました。それに向けてさらにブラッシュアップをしました。前回からの能のほうでの大きな違いは、新たな楽器の一員として小鼓方の能楽師が入ります。前回にはない新しい章が創設されています。小野小町と深草少将とのお別れの場面と深草の登場が、音楽も含めて大きく変わる予定です。また、能の謡うたいとオペラの西洋音楽との融合がさらに進んでいます」
■バンクーバーで制作が進んでいましたが、日本にいる山井さんにはどのように過程が伝わっていましたか。
「まずは作曲者のファシード・サマンダリさんとスカイプで会議を重ねました。ネットの時代のなせる業ですね。今年の4月にファシードさんが来日し、約1週間にわたり細部の話し合いとすり合わせ、アイディアの出し合いをしました。また、トモエアーツの代表であるコリーン・ランキさんが6月に来日し、作品のイメージや内容について意見交換やミーティングを重ねました。それらをもとに、ファシードさんが再度楽譜を書き直しました。新しい楽譜は9月の初めにきました(笑)。バンクーバー入りまでもう2週間を切っていますが、まだデモ音源が来ませんが(笑)」
■練習やリハはどのように行っていきますか。
「10月8日にバンクーバーへ参ります。その翌日から早速リハーサルが始まります。最初の週は衣装合わせから音楽との細かい合わせ。次の週には舞や芝居の動きを入れながらのリハーサル。3週目には全体を通してのリハーサルになっていくと聞いています」
■この作品を作り上げる上で苦労された点は?
「なんといっても『能はこうでなければならない』というこだわりを捨てるということに尽きます。ファシードさんも『オペラはこうでなければならないというこだわりを捨てた』と同じことを言っていました(笑)。お互いがこだわりを捨てて初めて、真にコラボレーションし、かつハイブリッドなものができるのだと思います。苦労はたくさんあります。前回のリハーサルも正に究極の異文化交流でした。今回もそうなると思います。でも刺激になりますし学ぶこともたくさんあります。あちらも能と能楽師をリスペクトしてくれていますので、私もオペラをリスペクトしています!
また端的に大変なのは、すべて音符で西洋の楽譜で表記されていること。今回の譜面も180ページにも及びます(笑)。具体的には能のリズムと西洋音楽のリズムは違います。また能には声楽の『ピッチ』や『キー』というものが明確ではありません。それらをどうすり合わせていくか、そしてその中でいかに能らしさを出すか、表現として素晴らしいものにしていくか、という点に苦労を感じます。創作していくこと、これは能には無いことなので、普段使うことのないクリエイティブな脳みそを使いますのでリハーサルではけっこう疲れます」
■西洋音楽のバンクーバー側との共演で困った点、面白い点は?
「やはりピッチやキーを合わせていく、合うように謡うのが難しいです。また逆に合わせないで謡うということもあります。周りの歌や楽器の音も譜面で細かく表記されているので、勝手に飛び出したりができません。音の合わせ方、音程の取り方、リズム、表現全てが異なりますので面白いです。小野小町役のヘザーさんの歌がまた身近に聞けると思うと、とても楽しみです」
■心待ちにしている観客にメッセージを。
「私自身このバンクーバーにご縁をいただき、今回で6年連続6回目の訪問となります。この6年でご縁をいただいた皆さまと、またお会いできるのがうれしいですし、最初の能のワークショップから本格的な能公演『羽衣』の上演、日本人ピアニスト木原健太郎さんとのコラボレーション作品の披露、そういうご縁がまたこうして現地カナダ人のアーティストの方々との能オペラの共同制作へとつながり、ありがたい気持ちでいっぱいです。
この作品は、能とオペラが密接に関わっており、全く今までにないくらいの交わり具合と完成度です。小野小町を通して伝えたいメッセージがあります。それはこの現代人が必要としているものです。小野小町と深草少将の出会いと別れ。小野小町の秘めたる想い。今の世界中の人々がいま一度考えるべきことがメッセージとしてこめられています。
私事ですが、この度、日本の文部科学省より認定され、重要無形文化財総合指定保持者となりました。また来年は能楽の芸道40周年を迎えます。この能オペラは私にとっても大きな金字塔となります。精一杯、つとめます。そして必ず素晴らしいオペラにします! たくさんの方のお越しをお待ち申し上げております! どうぞよろしくお願いします」
トモエアーツのアートディレクター
コリーン・ランキさん
■通小町を制作することになったきっかけは?
「トモエアーツでは、日本から高名な演じ手を招いて日本の伝統芸能を紹介しています。それだけでなく地元のダンサー、俳優、音楽家と共に新しい作品の制作もしています。日本の能楽師の方とバンクーバーで活躍するオペラ歌手などが共演する『通小町』は、トモエアーツのこうした2つの目的を合わせたものだといえます。また、この作品は伝統と革新の融合であり、総合芸術の新しい作品でもあるのです。
この作品の作曲者のファシード・サマンダリさんが、山井綱雄さんとヘザー・ポウシーさんが演ずるオペラを書くというアイディアを持ってきました。ただ、歌詞をどのようにしたらいいか迷っていたので、私が能の『通小町』を元にすることを提案しました。これは小野小町と深草少将という重要なメインキャラクターがどちらも描かれているただ一つの作品だったからです。そしてこの2人の情熱的であり心が乱されるような関係性に焦点を置いている作品でもあります。この演目の中で使われている能の謡をオペラに組み込むことで、西洋的な作品に強い能のインパクトを取り入れることができるとも思いました。それに加えて『卒塔婆小町』という能の演目の一部と、小町の和歌を取り入れました。たくさんの企業や団体のサポートを受け1月にワークショップを開くことができ、このたび世界初公演となったのです!」
■この作品を作るにあたって苦労した点は?
「私にとって難しかったのは、能と西洋のクラシック音楽の要素とのバランスを取ることでした。オペラの制作方法というのはとても西洋的なものです。西洋で訓練された作曲家が西洋音楽の楽譜を使い、カナダにおいて英語でリハーサルしました。出演するのはほとんどがカナダ人です。能の要素を大切にしながら、能楽師の方たちの熟練した演技を引き出せるようにすることが私の仕事だと感じていました。カナダ人アーティストも持っている力をしっかりと出すことが目標であり、そのためには最適なバランスを保って真剣にこの作品に取り組む必要があったのです」
■通小町の魅力は?
「たくさんありますよ! 音楽は美しいし、出演者もみな素晴らしいです。才能あふれる歌手、俳優、音楽家たちばかりですから。山井さんとヘザーさんがステージ上にいるのをちょっと見るだけでもチケット代の価値があると思ってます。昨年の試演の際、終わりの方で観客の多くが感動の涙を浮かべていました。この作品には女性のシテ方である柏崎真由子さんと村岡聖美さんが出演します。女性でプロの能楽師として活躍している人は多くはありません(少しずつ増えてきてはいますが)。また、若い女性の小鼓方である大村華由さんも参加します。とても見ごたえがありますよ!」
■観客へのメッセージを
「皆さんには能楽師とオペラ歌手の素晴らしい技能を楽しんでいただきたいです。そして、情熱、悲しみ、傷心といった感情を音楽の中に感じてほしいです。このオペラの重要な部分を担っている小野小町の類まれな和歌についても知っていただきたいです。山井さんは着物を着て能を舞い、ヘザーさんは素晴らしいアリアを披露し、2人の女性能楽師が能の謡をします。特別な公演となることは間違いありません。バンクーバーの皆さんにこのようなワクワクする素晴らしい作品をお届けすることができることをうれしく思います。公演が3回だけなのが残念なくらいです!」
(取材 大島多紀子)
読者プレゼント
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詳しくはパート1、8ページをご覧ください。
公演情報
Kayoi Komachi /Komachi Visted
10月26日〜28日 午後8時開演
チケット:20ドル〜
The Cultch
1895 Venables St, Vancouver
チケットの購入:604-251-1363またはtickets.thecultch.com
コリーン・ランキさん(写真提供 コリーン・ランキさん)
山井綱雄さん(写真提供 山井綱雄さん)
ヘザー・ポウシーさん(写真 Darren Hull)
昨年1月の試演会。ヘザー・ポウシーさん(手前)と山井綱雄さん(写真Don Xaliman)
昨年1月の試演会。能の謡を担当する柏崎真由子さん(右)と村岡聖美さん(写真Don Xaliman)