2017年10月12日 第41号

肩に力を入れず、ゆったりと生きていきたいという思いの一方で、あくせくと生きてしまいがちな現代人。そんな人たちに、ありのままの素晴らしさを伝える人々が日本からやってきた。

9月29日からの6日間、バンクーバーダウンタウンのホテルで第8回自閉症フェスティバルが開催された。参加国はじつに34カ国。その中に今年新たに日本からの、自閉症のある人たちと家族、そしてサポーター計20人がいた。彼らは日頃、日本社会に目を開かせる芸術活動や社会活動を行っている人たちだ。

 

各国の参加者たちと。後方左から2番目が高崎明さん、3番目、4番目がアンカをリードするコルーラ夫妻 

 

自らの力を世界に発信する機会として

 アンカ(ANCA)自閉症フェスティバルは、世界から自閉症の人々が集まり、自分たちの力強さや素晴らしい能力を互いに称え合い、社会に知らしめようと2010年に開始された。主催は、自身と長男が自閉症と診断されたカナダ人のレオノーラ・グレゴリー・コルーラさん、夫のチャーリー・コルーラさんが創設した非営利団体アンカである。

 会場となったベスト・ウエスタン・プラス・シャトー・グランビル・ホテルではフェスティバル開催期間中、音楽演奏や芸術作品の展示、講演会などが行われた。パフォーマンスは、お国柄を反映した衣装や出し物にあふれ、万博のような華やかさだった。

 

聴衆をひきつけた日本の参加者たちによる音楽と朗読

 フェスティバルでは小柳拓人さんと渡辺大地さんが音楽演奏を、辻克博さんが朗読を披露した。ステージで応援に加わったのは、小柳拓人さんの母で音楽家の小柳真由美さんと、日本フィルハーモニー交響楽団のチェロ奏者・江原望さんと息子のはると君、娘のあきさん、バンクーバー在住のアダムズ弘美さん、そして同じくバンクーバーで活動する太鼓グループ「ちび太鼓」のメンバーたちだった。

 また、横浜で展開中の障がいのある人たちの活躍するカフェ「ぷかぷか」の活動を、経営者の高崎明さんがショートフィルムの上映を通じて紹介。小柳真由美さんは拓人さんの会社での仕事ぶりを撮ったビデオを披露しながら講演も行った。どのステージからも愛と情熱があふれ、各国参加者からは大きな拍手が送られた。

 

堂々、圧巻の演奏—小柳拓人さん

 フルートでの『さくらさくら』、ピアノでの『ラ・カンパネラ』——どの曲も自在に演奏する卓越した技術、時にダイナミックに、時に繊細な表現で聴衆を十二分に惹きつけた小柳拓人さん。当日は、母・小柳真由美さんとのデュオのほか、トルコやスロベニアからの出場者や、江原望さんとも見事なコラボ演奏を見せてくれた。誰もが認めるその実力に、本フェスティバルから2017年アンカ芸術部門大賞第3位の賞状が贈られた。

 なお、真由美さん、拓人さんについては、9月14日発行の本紙でフォーカスを当てて紹介している。本紙ウェブサイトを参照してほしい。

 

ベーカリーカフェ「ぷかぷか」—立ち上げ期の困難を乗り越えて

 今回は「ぷかぷか」を詳しく紹介しよう。「ぷかぷか」は、特別養護教員だった高崎明さんが「知的ハンディのある人たちの働く場を自分たちの住む街の中に作りたい」と、神奈川県横浜市で8年前に始めたベーカリーカフェだ。「字が読めない、言葉がうまく話せない、そんなことをはるかに超えて、彼らは人としての魅力を持っている。そして彼らはただそこにいるだけで、心安らぐ雰囲気を作ってくれる」(高崎さん)。そんな思いからカフェでは働く人たちを「ぷかぷかさん」と呼んでいる。「いっしょにいるだけで こころぷかぷか」がカフェのキャッチコピーだ。現在その言葉通り、心地のよさで地域の人たちから好評を得ているぷかぷか。しかし立ち上げ期の大変さは言葉で表現しきれないものがあった。養護教員だった高崎さんは、退職金を全額使って店をスタートしたが、支出が多く、貯金も取り崩しながらの運営に。しかも大変だったのは金銭面だけではなかった。「ぷかぷかさんの声がうるさいと苦情の電話がかかってきたり、同じところを行ったり来たりする自閉症の方が目障りでごはんがまずくなると言われたりと、半年くらいは針のむしろに座っている感じでした」。開業の目的も見失うほど精神的に追い込まれていたという。「それでも彼らがそばにいたから毎日元気をもらえ、やってこられたのだと思います」。

 開店当初、ぷかぷかさんたちに接客の講習会を行ったが、そこで高崎さんは違和感を感じた。「『かしこまりました』と言っている彼らの、無理に背伸びをしている姿が痛々しく思えました。私は養護学校の教員時代、彼らに惚れ込み、彼らと一緒に生きたくて『ぷかぷか』を始めました。それぞれのいいところ、個性が出せないのであれば、彼らと一緒にやる意味がなくなると思いました」。

 そこでマニュアル通りでなく「ありのままの彼らに任す」方針を固めた。その後のぷかぷかの和やかな風景を、こんなエピソードが物語っている。

 ある日、カフェでコーヒーを客に運んでいたぷかぷかさん。カップを持つ手が緊張で震えていた。その後、来店客から「丁寧に、慎重にコーヒーをテーブルに置いてくれたお店の方の心がこもっていて、一生懸命なのがすごく伝わりました。また行きますね!」というメッセージが届いたという。「なんかゆったりとした空間で、すごくよかった」「ひとときの幸せをいただきました」。そんな感想も寄せられている。

 「障がいのある人は社会に合わせないとやっていけないとみんな思い込み、家族共々大変な苦労をしている中、ありのままの彼らでうまくやっていけている『ぷかぷか』の実践はとても大きな意味があると思います。それは新しい希望、今までにない豊かなものを、社会にもたらしているのだと思います」(高崎さん)。

 

チェロ奏者 江原望さんの思いから

 ぷかぷかではベーキング講習会や芸術活動も行っている。そんな中、演劇活動の演目『セロ弾きのゴーシュ』への手伝いをきっかけに、ぷかぷかとつながったのがチェロ奏者の江原望さんだ。2016年、同じ神奈川県の相模原市で、知的障がい者福祉施設で大量殺傷事件があった。その犠牲者たちの追悼のために江原さんは『レクイエム』を作曲。ぷかぷかの渡辺大地さんのドラムと合わせて演奏会を行った。

 本フェスティバルで江原さんは、渡辺大地さんとその『レクイエム』ほかを演奏。また辻克博さんが絵本『さかなは泳ぐ』を朗読するステージではチェロで共演した。辻さんは時折、世界の都市や車の名前などを口に出して唱える。抜群の記憶力から繰り出されるそうした言葉の音ののどかさと卓越した暗算力は、ベーカリーのパンの販売の雰囲気作りと会計に、大きな役割を果たしている。

 『さかなは泳ぐ』を選んだ江原さんは言う。「誰にも束縛されないで生きようじゃないかという絵本のメッセージが、ぷかぷかの生き方と一致しているんです」。異国のステージで、深い思いやりを含んだチェロの音色に合わせ、のびのびと演奏、朗読していた姿は、聴衆の心に温かいものを運んだ。

 

純粋さが心を癒す

 日本チームのステージを観た人は「生きることが楽しいってこういうことだなって認識させられるコンサートでした。もちろんこの社会で生きることの不自由さ、苦労はたくさんおありだと思いますが、『得意』なことがあって、それで周りを幸せにできるってシンプルに素晴らしいことですね」と感想を語ってくれた。

 仲間のステージを見守っていたぷかぷかの寺澤郁美さんが、記者の名前を即座に覚え、すっと手を握って交流してくれたこと、隣の席のスロバキアからの参加者にも同じく接していたこと、そしてどのメンバーも、親子ともに笑顔にあふれていたことも、ステージ同様に記者の心に印象的に映ったフェスティバルだった。

*なお「ぷかぷか」の活動は『ぷかぷかパン』の言葉で簡単に検索できる。

(取材 平野 香利)

 

見事にコラボ演奏もこなした小柳拓人さん

 

開催1カ月前から毎朝練習に臨んだ渡辺大地さん(太鼓)とチェロ奏者の江原さんの演奏から静かな情熱が伝わってきた

 

絵本『さかなは泳ぐ』の英語、アラビア語、日本語版をよどみなく一貫したリズムで朗読しきった辻克博さん

 

(写真左から)開会式の司会を務めた米国代表のリズ・プリッチャードさん、日本の部の準備に奔走した上田洋子コーリンズさん、小柳拓人さん、小柳真由美さん

 

写真は「ぷかぷか」のメンバーと高崎明さん。メンバーの家族や、記録映画制作のため非営利団体プロボノのクルーも日本からやってきた

 

ちび太鼓が日本チームの参加を力強く応援した

 

アダムズ弘美さんのハープの美しい音色が会を引き立てた

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。