植松氏が作務衣を着て客席へ

指揮者のアーニー・ロス氏が「ファイナルファンタジーがバンクーバーに戻ってきました。前回と違うのは、作曲者の植松伸夫氏が来てくれたこと。ノブオさん、どうぞ!」と呼ぶと、頭にバンダナを巻いて作務衣を着た植松氏が、にこにこした顔で舞台の袖から現れた。同時に場内から歓声が上がる。「ノブオ!」「ノビヨ~(植松氏の愛称)!!」。さらにファンたちを驚かせたのは、植松氏が客席に降りてきて観客に手を振り、前から数列めに座ったことだった。 
 孤独な遊びであるゲームの中で聴き続けた植松氏の音楽は、いわば一緒に戦った同士のようなもの。植松氏は彼らにとってヒーロー的存在なのだ。

 

画像に合わせて「セフィロス!」

開幕とともにファイナルファンタジーI,II,IIIのテーマ・ソングが立て続けに演奏されると、初期のゲームを知るファンの間から、懐かしむような声がこぼれた。オーケストラの生演奏とともに、ハイデフィニションの巨大スクリーンにはゲームの名場面が次々と映し出され、ファンタジーの世界に惹き込まれていく。
 キャラクターの動きに合わせた行進曲や、数々のバトルシーンで流れる勇ましいリズム。ロス氏が「バトル曲も好きだけど、次はお待ちかねのこれ」とタクトを下ろすと、VIIの挿入曲『エアリスのテーマ』が静かに流れ出し、場内はロマンティックな雰囲気に包まれる。 
 VIの『ダークワールド』では植松氏がキーボード、ロス氏が指揮をしながらバイオリン演奏も。ギタリストやオペラ歌手が登場するなど、メリハリのあるステージを展開した。
 ラストでは植松氏が舞台に上がり、観客とともに画像に合わせ“セフィロス!”と掛け声をかける。作曲者自らが参加してファンと一体になったステージは、スタンディングオベーションの中、大きな拍手で終了した。

 

 

作曲者、植松伸夫氏にインタビュー
作曲を始めたのは小学生のころだそうですね。
 家にあったピアノをいじって遊んでたって感じですね。ピアノは習ってないんですけど。中学校のころ、ロックとかポップスを聞くようになりました。

ロックとかポップスからオーケストラ音楽に移行していったのですか? 
 大学生のとき、マルチトラックのカセットレコーダーが出たんですよ。それまでレコーダーっていうと、録音は出来るけどそれだけのものだったんですけど、マルチトラック・レコーダーには4トラックあって、ドラム、ベース、ピアノ、歌を入れると、ひとりでバンドが出来るんです。僕、バンドやってたんですけど、これかシンセサイザーがあればオーケストラみたいなことが出来るなあと思ったんです。
 当時、冨田勲さんみたいにシンセサイザーで何度もダビングを重ねてオーケストラみたいなことをやってる人がいたんです。そういうのにはまりましたね。オーケストラは勉強してないですけど、オーケストラ“みたいな”音楽を作るようになって。そうこうするうちにコンピューターが出始めると、もうマルチトラックレコーダーは必要なくなったんです。コンピューターの中でいくつでも音が重ねられる。フルートの音とかコントラバスの音が出るので。そうやってマネゴトをやってた延長ですよね。


それから、実際にオーケストラと仕事をするようになったわけですね。

当時は20いくつで、オーケストラも知らない、音大も出てない小僧がオーケストラの録音なんかやってると、まるっきりなめられるわけですよ。それはしょうがないですよね。でもいつの間にか僕も52歳になってて、オーケストラの人たちの方が若くなってて、「ファイナルファンタジーで育ちました」なんて言ってくれると不思議な感じですよね。
 オーケストラの音楽ってすごく複雑で、たとえばCの音を鳴らそうと思ったらドミソって押さえてもちゃんと響かないわけで、コントラバスがここの音域でCの音を出すなら、ミの音はここらへんの音域で、しかもそこはメロディーとミの音が重なっちゃダメとか、いろいろルールがあるわけです。それ専門の知識が必要なサウンドの音楽ですよね。芸大の作曲家を出てオーケストレーターという仕事をしてる方々とご一緒させてもらって、やってますね。


ゲーム音楽の作曲というのは、ゲームを見ながら作るのですか?

シナリオは出来てても、プログラムとか絵とか音は同時進行なので、僕はシナリオを読みながら勝手に作るだけなんです。出来てるのは見せてもらえますけど。ゲーム機だけはさすがに仕事柄揃えてるんですけど、(ゲームは)もうずっとやってないですね。
ファイナルファンタジーは発売からすでに25年。作品に対し、どんな思いがあるのでしょうか?
 ゲームでは作品ごとに毎回シナリオが違うので、メインテーマも毎回作ってました。よく言うことなんですけど、(ファイナルファンタジーは)本当に子どもみたいな感じなんですよ。僕が作ったのはシンプルなゲーム機から鳴ってる、それこそファミコンのときは3音でしか作ってない音楽ですからね。たとえばベース音とアルペジオとメロディーくらいでしか作れないんですよ。今みたいにスタジオで録音したオーケストラをがーんと聞かせるようなそんな性能は、当時のゲーム機にはなかったですからね。
 そういうシンプルな音楽として生まれた子どもなんですけど、いろんな人に育てられ、オーケストラみたいなきれいな洋服を着せられて人前に出してもらって、しっかりみんなの期待に応えられるようなものを持ってるんだろうかと、ハラハラする思いです。
 コンサートには、可能な限り同行しています。どこの国でどういうお客さんが、そのときの演奏にどう反応してくれるか、ふたを開けてみるまでわかりませんもんね。


指揮者のアーニー・ロス氏はどんな方ですか? 選曲は一緒にされるのですか?

初めて会ったときに印象がすごく良かったんですよ。アーニーさんはクラシックのほかにロックやポップスの人なんかとも一緒にやっていて幅広いし、音楽に対する偏見みたいのがなかったので。芸能音楽を非常に真剣にやってくださるので、長い付き合いですね。
 世界ツアーが始まったとき一緒に選曲しましたが、基本的にはアーニーさんが、ここではこれをやるというのを決めてます。場所によって混声合唱が呼べるとか、条件が変わってきますけど。
現在はバンド演奏もなさってますね。
 ゲーム音楽をロック風にアレンジして演奏したり、僕が監督したアニメの曲をアレンジしたりしてます。基本的に、ハード・ロックとかプログレッシブ・ロックとか好きですから(笑)。

 

(取材 ルイーズ阿久沢)

 

植松伸夫(うえまつ・のぶお):ゲームミュージック作曲家。株式会社DOG EAR RECORDS、有限会社SMILEPLEASE代表。『ファイナルファンタジー』シリーズの大半の曲を手がける。作曲・プロデュースを担当した『FFVIII』のテーマ曲「Eyes On Me」(ファイ・ウォング)は50万枚のセールスを記録。第14回 日本ゴールドディスク大賞で、ゲーム音楽では初の「ソング・オブ・ザ・イヤー」(洋楽部門)を受賞した。2001年アメリカ『Time』誌の"Time 100: The Next Wave - Music"という記事において、音楽における「革新者」の一人として紹介された。2007年より、ファイナルファンタジー20周年を記念した国際コンサートツアー『Distant Worlds music from FINAL FANTASY』を開催中。

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