2013年7月1日、40フィートのヨット『シルク・パース号』で函館港を出航し、外国人として初めて単独日本一周を達成したカナダ人がいる。カーク・パタソンさん、62歳。 日本人でも知らない島国日本の魅力がぎっしりと刻み込まれた航海日誌をもとに、1月13日にはブルーウォーター・クルージング・クラブの月例会で講演。「日本は素晴らしい国!」とヨット仲間に日本一周達成を報告した。
高知にてシルク・パース号のデッキに立つカーク・パタソンさん
早期退職した後にセーリングを始めたそうですが、そのきっかけは?
ティーンの頃から憧れていましたが、ヨットはお金持ちのすることで、経験のある人が遠洋航海に出るものだと思っていました。ところが南太平洋のマルキーズ島で60代でヨットを始めた人に出会い、それなら自分にもできるかなと思い始めたのです。
25年暮らした日本で早期退職して2008年3月にカナダに帰国し、6月にヨットを購入したのが54歳のときです。前年に聞いた『ヨットで日本一周をした外国人はまだいない』という話に挑戦しようと決め、アラスカ、ハイダグワイなどで練習を始めました。
太平洋横断も単独航海でしたね。
2012年にまずビクトリアからハワイまで27日間、約5,400キロを航海しました。このときヨットの修理や台風を避けるためホノルルに寄航し、バーテンダーの資格を取って働きながら11カ月を過ごしました。翌年ホノルルから函館まで、約7,300キロを37日間かけて航海しました。
日本一周の航路を説明していただけますか?
2013年7月1日、函館港から時計周りで北海道を回ったあと津軽海峡から日本海側を福岡まで南下し、ヨットを停泊しカナダへ一時帰国しました。2014年に九州西側を日本最西端の与那国島と日本最南端の波照間島(はてるまじま)まで南下し、琉球諸島、九州、四国を抜け、瀬戸内海の広島に近いところに停泊しました。2015年に瀬戸内海から太平洋側を北上して函館に戻り、日本一周の航海を終えたわけです。
日本一周のために実際にヨットで移動したのは2013年に4カ月、2014年に6カ月、2015年に3カ月で、合計すると149日です。約1万1,900キロ(6,400 海里)を航海したことになります。
その後、函館から日本海を南下して福岡を経て瀬戸内海に戻り、現在瀬戸内海の周防大島(すおうおおしま)で暮らしています。
大変だったこともたくさんあったことでしょう。
五島列島(九州の西沖)から与那国島(日本最西端)までの5日間、20〜30隻の中国漁船の船団が10マイルごとに現れ、昼間は錨を下ろしているのですが夜になると漁を始めるのです。さらに昼も夜もたくさんの貨物船や石油タンカーと至近距離ですれ違ったため、ほとんど眠れませんでした。
ヨットではどんな食事をしていましたか?
ビクトリアからハワイまで航海したとき、非常時に備えパスタ、米、冷凍パン、缶詰など4カ月分の食料を用意しました。でも単独航海では帆の調整、天候やHAMネットワークのチェックをする以外は極力体を休めて眠るべきだということを実感し、料理はごく簡単に済ませました。缶詰を温めたりスクランブルエッグを作ったほかはパワーバー、クラッカー、ポカリスエットをたくさん飲みました。
長い間ひとりでいられる精神力があるということでしょうか?
ひとりでいても平気な性格ですね。船の上ではたくさんすることがあるので、つまらないとか淋しいという気持ちはありませんでした。外部との通信はHAMネットワークを1日2度くらいチェックしてほかの船と交信したり、短いメールはダウンロードしていました。
お勧めスポットはどこですか?
日本海、特に能登半島から山口県までは歴史のある興味深いところでした。石川県の福浦港、舟屋が並ぶ京都の伊根、松江、温泉津(ゆのつ)、萩など。瀬戸内海もいいところですが、海流が強い上、船の行き来が多いのでむずかしい海でもあります。
そのほか対馬、九州の西の沖の五島列島もいいですね。大島群島(奄美大島、加計呂麻島(かけろまじま)、沖永良部(おきのえらぶ)島、徳之島など)も美しい海岸や山がありお勧めです。
各地で人々との触れ合いもあったでしょうね。
お風呂と食事に招待してくれた夫婦や、車を貸してくれた人、応援してくれた友人や日本水路協会、日本セーリング連盟の人たちとも再会しました。人口が低下した村や、個人商店が閉鎖した後のアーケード跡など、淋しい一面も目にしました。
その中で居住の地に選んだのが周防大島(すおうおおしま)ですね。
周防大島は山やみかん畑、海岸もたくさんあり人口は1万8千人。それほど小さな島ではないのでスーパーや病院、レストランなどもあり、本州へは橋を通って新幹線や空港へもアクセスできます。便利でありながら、のどかな島の生活ができ、人々も温かく新参者にも親切です。
そこで本を執筆されるそうですね?
航海日誌、クルージングガイド、日本は島国であっても英国のように海洋国家を目指さなかったという学術的な本を考えています。
日本一周を計画する人へどんなアドバイスがありますか?
港で錨を下ろすことができない、燃料補給のためのドックがないので電話をすると船まで配達してくれるなど、外国と違うシステムがあります。鎖国時代の法律が今も基本となっているため、外国船には事前に入港のための面倒な手続きが必要ですが、人々は親切で、歴史や文化のある素晴らしいところです。カナダ人にもぜひ日本でのセーリングを体験してもらいたいですね。
(取材 ルイーズ阿久沢 / 写真提供 カーク・パタソンさん)
カーク・パタソン(Dr. Kirk Patterson, PhD)
米国生まれのカナダ人。マサチューセッツ州のタフツ大学(Tufts University)フレッチャー法律外交大学院で博士号取得(国際関係学)。 76年から2年間、埼玉県で英語教師。文部省(当時)から奨学金を得て筑波大学へ留学。保険会社『アメリカン・インターナショナル・グループ』法人コミュニケーション部日本・韓国担当副社長を経て2002年テンプル大学ジャパンキャンパスの学長及び学部長に就任。2007年早期退職。日本での25年の生活を終え2008年にカナダに帰国。2012年ヨットでビクトリアを出航しハワイに1年滞在後、函館に到着。以後3年かけてヨットで単独日本一周を達成し、現在瀬戸内海に浮かぶ山口県周防大島在住。
対馬に停泊中のシルク・パース号
周防大島に借りた一軒屋の前で。家賃は月1万5千円というお手ごろ価格!
周防大島の家からの景色。今後はここで日本版クルーズガイド執筆に専念するという
日本一周は函館からこのルートで回った
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