能楽に親しむイベント トモエ・アーツが主催

昨年、文化庁文化交流使としてバンクーバーを訪れた金春流能楽師の山井綱雄さんが、トモエアーツ主催の能オペラ『通小町(かよいこまち)』に出演した。今回は山井さんの他に、能楽師の村岡聖美さんと柏崎真由子さんも出演。

1月23日、バンクーバー・オペラ・オブライアン・センターには、能を題材としたオペラに100人を超える来場者が訪れた。1月24、25日には、昨年に続き2回目となる能ワークショップも開催され好評を博した。

 

『通小町』の出演者とスタッフの皆さん。左から柏崎真由子さん、村岡聖美さん、山井綱雄さん、ヘザー・ポウジーさん、ジョーイ・ブルマンさん、アラン・マクドナルドさん、メラニー・アダムスさん。右端は作曲者のファーシッド・サマンダリさん。中央手前はアート・ディレクターのコリーン・ランキさん(Photo by Tallulah)

 

 能の演目である『通小町』では、絶世の美女と謳われた小野小町を慕った深草の少将が、百夜通ってくればその恋を受けいれると言われ通い続けるが、あと一夜というところで病死してしまう。死後も小町を思い求める深草の少将が亡霊となって現れ小町を苦しめるという内容だ。このオペラでは、老いた小町が、カウンセラーと呼ばれる登場人物(能の演目では僧が出てくる)に、自身の苦しみを聞いてもらうという内容になっている。途中、深草の少将が登場し、小町に会うために通い続けた夜のことを語る。作曲者のファーシッド・サマンダリさんは、この作品の中に小野小町の和歌を4首取り入れ、小町の心情を表現している。 

 深草の少将を山井綱雄さん、小野小町をソプラノ歌手のヘザー・ポウジーさん、カウンセラーをメゾソプラノのメラニー・アダムスさんが演じ、能の地謡(じうたい)に村岡聖美さんと柏崎真由子さん、オペラのコーラスとしてジョーイ・ブルマンさんとアラン・マクドナルドさんが出演した。フルート、バイオリン、ビオラ、チェロ、パーカッションからなるオーケストラの指揮をエリック・ウィルソンさんがとった。また、今回の公演は、東芝国際交流財団、全日空、リステルホテルなどの協力で開催された。

 小町、深草、カウンセラーが物語の中心となり、能の地謡とオペラのコーラスがまじりあう。オペラの中に能の謡(うたい)や舞いが生かされ、日本の伝統芸能と西洋の芸術音楽が混ざりあい、幻想的で象徴的な世界を繰り広げる。『通小町』は、昨年から制作が始まり、来年には完成版を発表する予定とのこと。今回はまだ試演段階であるということで、完成版は構成や解釈が多少変わる可能性もある。完成が楽しみだ。   

 

能オペラに出演し、ワークショップの講師を務めた山井綱雄さんに話を聞いた。

 ー『通小町』の構想はどなたの発案ですか?

山井:私が2014年にバンクーバーで行った能の公演を、作曲者のファーシッドさんが見て、能を題材としたオペラを考えついたそうです。その後、能について学ぶためにファーシッドさんが日本に来て、私が能についてのレクチャーをしました。去年私が文化庁の文化交流使としてバンクーバーに来た際、作曲されたオペラの一部をUBCで披露しました。今回、試演ではありますが上演して、その感触を見ながら、これから脚本にも手を加えたりして本格的なものに仕上げていくということです。

 ー今回の公演の準備の期間は?

山井:月曜日から5日間の練習をして本番に臨みました。来る前に台本は送っていただいたのですが、150ページ以上もありました。今回先方から、女流能楽師をコーラスとしてリクエストされていました。金春流は女流能楽師を育てようという意識が高い流派で、今回一緒に来た2人にとっても経験を積む良いチャンスになるだろうと思いました。

 ーオペラとのコラボはいかがでしたか?

山井:能楽師は西洋の楽譜を見ながら謡をするわけではないので、五線譜と共に謡が書かれているのにはやはり困惑しますね。また能のリズムは西洋音楽のものとは違うので合わせるのも難しい。能のグルーブ感といったものを保ちつつ、西洋音楽の枠の中に収めていく作業がとても難しかったですが、やりがいもありました。

 (作品登場人物の)深草は、ファントムみたいなものなので私も迫力ある声を出してみたんですが、オペラの男性コーラスの2人がやりにくそうにしてました(笑)。が、ファーシッドさんは「変える必要はない、これで続けてください」と。彼は、西洋音楽の常識を取り払うことを意識してこの作品に取り組んでいて、能のリズムなどもかなり尊重してくれます。こちらとしても音の制限の中に収めつつ、能の謡としても成立させるように最大限努力しました。作品中の4首の和歌は能の謡にはないため、今回こちらに来てから私が節をつけ、ファーシッドさんと音階を調整しつつ作り上げました。 

 ー今後の展望について

山井:今回でバンクーバーを訪れるのが5度目になりますが、今までは日本の伝統芸能をただ紹介するという感じだったのが、現地のアーティストたちと手を携えて作品を作り上げていくことができるようになりました。それは、何度もバンクーバーに来てご縁ができたからこそです。今までになかった活動が後世にも繋がり、新たな日加の友好のかたちになっていくようなきっかけになったのではないかと思いますし、そうなってほしいという気持ちで取り組んでます。  

 

村岡聖美さんと柏崎真由子さんにも話を聞く機会があった。

 ー公演はいかがでしたか?

村岡:思っていた以上に地謡の部分が多くてびっくりしました。それと現地の出演者とすり合わせるのが非常に難しかったです。本番が終わるまで生きた心地がしませんでした(笑)。 柏崎:本番では意外と緊張しなかったんですが、練習の時の方が大変で、練習に向かうのがちょっと憂鬱になったりもしました(笑)。慣れてきたところで終わりだったので残念でしたね。 村岡:もう少しやったらもっといいものができるんじゃないかな、と思いました。

 ー現地のアーティストとの共演について

柏崎:オペラの方と共演する機会はあまりないので、楽しかったですし刺激的でした。 村岡:発声方法も違っていて、能の謡は下の方に行くような感じですが、オペラの謡い方は上に抜けていく感じですね。

 ーバンクーバーの印象は?

柏崎:初めて来たんですが、ゆったりしていて、すごく過ごしやすく住みやすそうですね。日本人の方も思っていた以上に多いので、安心感もあります。 村岡:ここに来るのは4回目なんですが、だいぶなじんできて「帰ってきた」というような気持ちになります。

 

能の謡と舞を習うワークショップ

 SFUゴールドコープで開催された2日間のワークショップには17人が参加。その半数は昨年から引き続いて参加している。正座をして最初の挨拶の仕方や、扇の扱い方などから始まり、まずは謡の練習へ。曲は『羽衣』という演目からで、羽衣を返してもらった天女がお礼の舞を舞い、「国土に宝が降りますように」と願いを込めて謡う大切な場面だ。ワークショップ1日目の後半には舞の練習をし、2日目は謡と舞を合わせる。参加者からは、「日本の伝統芸能である能を学べる貴重な機会」、「大きな声を出して謡をするのは、気持ちがいいです」、「分りやすく教えていただいて楽しく参加してます」などといった声が聞かれた。講師を務めた山井綱雄さんは「バンクーバーでは、ここまで本格的な能のワークショップは今までなかったんじゃないでしょうか。来年もぜひまた開催できたらいいと思います」と語った。 

(取材 大島 多紀子)

 

能オペラのリハーサルの様子(Photo by Tallulah)

 

能のワークショップの様子。通訳を務めたのは、まい子・ベアさん(右)

 

(左から)金春流能楽師の村岡聖美さん、山井綱雄さん、柏崎真由子さん

 

System.String[]

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。