アート・セラピーの世界
北米の心理療法の臨床分野では、トーク・セラピーと呼ばれるカウンセリングが主流。カウンセラーはクライアントの心の中でモヤモヤしていることを言語化するようサポートし、意識できるように促すことによってクライアントと共に問題解決に向かっていく。
今回ご紹介するアート・セラピー(絵画造形療法)は、表現芸術療法と呼ばれる分野のひとつ。絵画造形、音楽、演劇、動作(ダンス)、遊戯(プレイ)、詩歌などを用いてさまざまな感覚を使って自己表現することによって人間が本来持っているそれぞれの要素を引き出し、発達を促し、問題解決に向かっていくという考えに。言語化が難しい年少者やシニア、障害を持つ人たち、そして、もちろん一般の方々にも有用なアプローチとして北米では普及してきている。
カナダBC州公認アート・セラピストの上原英子さんにアート・セラピーについてお話を伺った。
Q カナダでのアート・セラピストとはどのような資格でしょうか?
A カナダには2つのアート・セラピーの協会があります。The British Columbia Art Therapy Association (BCATA)、そして、The Canadian Art Therapy Association (CATA)があります。カナダでアート・セラピストとして活動する場合、いずれかの協会に属することになります。
どちらの協会もプロと公認レベルを設けており、大学卒業後に指定校(アート・セラピー専門学校や心理系大学院)を卒業したプロのレベル、その後に1000時間の有償の臨床体験と50時間の専門家による監修などの条件を満たし審査により認められる公認レベルがあります。後者は臨床の現場と共に、アート・セラピーの監修者としても活躍しています。
Q 実際にセッションではどのようなことをするのでしょうか?
A アート・セラピーのセッションでは実際に画材を用いて創作するプロセスが用いられます。そこでは、さまざまな画材が用いられ、言葉にできない感情も表現することができます。クレパスやフェルトペン、色鉛筆などを用いて形や線などを含むイメージを描いたり、絵の具によるペイント、粘土、また、クラフト用品による創作も含まれます。具体的なテーマで絵を描くアセスメントや自由画で自己表現することもあります。心理療法ですので、クライアントの美術の技術の有無(上手い下手)を評価することはありません。例えば、絵が上手だからアート・セラピーに向くということではないのです。
Q セッションはどのような形で行われますか?
A 一対一、また、グループの形をとり、様々な対象を幅広く網羅します。個人の場合は問題となっているクライアントの行動や現状にフォーカスし、セラピストとクライアントの信頼関係を深めながら心理療法が進められます。グループの場合はテーマを設定し、参加者がそれぞれにどのように画材を用いてテーマに応えていくかを体験することにより、気づきを促します。
Q アート・セラピーはどのような効果が見込まれますか?
A アート・セラピーから期待される効果としては以下が挙げられます。
• アートを作る過程を体験することによって、自己表現力が高められる。
• 想像力を用いるアート作りの体験から問題解決への創造的な解決法が生まれやすくなる。
• アート作品を作り上げ、自分の目で確かめることによって達成感が生まれ、自己価値感が向上する。
• グループでのアート作りを通して新しい他者への対応技術や人間関係の育み方を習い、他者と人間関係を築き易くなる。
• アート作りをすることによって様々な気持ちを味わったり、自分の考え方を目で見ることができたり、自分がどのように感覚を知覚しているかを理解できるようになってくる。そして、感情、認知能力、感覚の内的統合ができるようになる。
• アートを作ることによって自分の今のあり方を確認でき、そこから望ましいものを再構築することによって心のあり方に変化をもたらすことができる。
• アートという個性的な作業を通して、自分自身に、また、他者へも、ありのままであることを尊重し、また、受け入れることができるようになる。その結果、うつや不安から解放され、心の平和が訪れる。
• アートを作る作業において自分の新しい面を見つけることができ、そこから自己成長が促される。
Q これまでどのような症例を扱ってきましたか?
A 地元のスクール・ディストリクト#83と契約して特別教育分野(Special Education)の傘下にある、代替教育プログラム(Alternate Program)で仕事をしてきました。問題行動やさまざまな障害(発達障害、学習障害、機能不全家庭などによる愛着障害)非行、抑鬱、不安症、アルコール&ドラッグの嗜癖などを持つ小学生から高校生の個人セッションがメインです。また、カナダ政府支援の児童から十代対象のマンデラ・プロジェクトでは、非行防止のテーマでグループ・アート・セラピーを催していました。個人開業の部では自閉症スペクトラム症候群のお子さんの長期ケア、また、親御さんの離婚問題により愛着障害や問題行動を呈するお子さんを扱ってきました。
Q 具体的な症例をいくつか紹介してください。
A アート・セラピーでよい効果が得られた事例をご紹介します。
症例1 周りの友達に暴力をふるってしまう、自閉症スペクトラム症害(ASD)の12歳の男児がいました。セッションで彼に「幸せな自分」と「怒っている自分」の絵を描いてもらいました。 「幸せな自分」の絵は大きな頭に笑顔が描かれている(写真:左)のに対し、「怒っている自分」の絵は、頭が小さく、大きな握りこぶしが描かれている(写真:右)のが特徴的でした。
事例1 ASDの男児の描いた作品
私が絵の説明を求めると、彼は「怒ると頭が小さくなって考えられなくなっちゃう。すると握ったこぶしが大きくなって、殴ってしまうんだ」と答えました。私はそれを聞いた時、その子がなぜ暴力を振ってしまうのか分るような気がしました。絵を描くことで、本人さえ自覚していない衝動を明らかにすることができたのです。
症例2 ある高齢者施設でのグループ・セッションでは、手先を使い脳に刺激を与える折り紙を計画していました。とても簡単な犬を折る予定でしたが、カナダ人のシニアは、経験のない折り紙を折ろうとはしませんでした。そこで、急遽計画を変更。全ての犬を私が折り、参加者に色のマーカーで犬の顔と首輪を描き、名前を付けてもらいました。後から伺ったのですが、この施設ではペットが飼えないので、皆さん自分が顔と首輪を描き、名付けた犬を部屋に持ち帰り、その後もペットのようにかわいがっていたそうです。お世話を受ける立場のシニアが折り紙の犬のケアしてあげたい気持ちを促され、アート・セラピーの効果が感じられる結果となりました。
事例2 シニア施設でのアート・セラピーでの折り紙の犬
表現芸術療法のひとつであるアート・セラピーが、これからさまざまな対象者に広がっていきますように。
(取材 北風かんな)