ドキュメンタリー映画『The Exhibition』 

プロデューサー山本美穂さん

 

フィルム・メーカーの山本美穂さんがプロデューサーとして製作したドキュメンタリー映画『The Exhibition』が2014年度のインターナショナル ・エミー賞を受賞した。

ロバート・ピクトンにまつわる行方不明の女性を題材にした 映画製作について話を聞いた。

  

山本美穂さん 

   

10年めの達成

 2009年、BC州の映画とテレビ製作者の功績を称えるレオ・アワードにプロダクション・デザイナー(美術監督)としてノミネートされた山本美穂さん。その直後、弊紙のインタビューで「現在はプロデューサーとして、ダウンタウン・イーストサイドで行方不明になっている69人の女性を扱ったドキュメンタリー映画を製作中です」と話していた。

 あれから5年。レオ・アワード受賞は惜しくも逃したものの、今回は世界各国から集まった優秀なテレビ番組に与えられるエミー賞という大賞を受賞。「フィルム・メーカーになる」という夢を持ってカナダに来てから10年めの達成だった。

 

 

山本美穂さんとデイモン・ヴィナーリ監督

 

The Exhibition

 2007年当時、行方不明になった26人の女性たちへの暴行と殺害容疑に問われたロバート・ピクトンの判決は、カナダ犯罪史上最悪の連続殺人事件として大きく注目されていた。

 その前年からアーティストのパメラ・マシックさんは、これらの女性ひとりひとりを巨大なキャンバスに描いて展示するプロジェクト『The Forgotten』に取り組んでいた。その様子をカメラで追っていたデイモン・ヴィナーリ監督は、深い取材には女性のプロデューサーが必要と、声をかけたのが山本さんだった。

 「ドキュメンタリー映画のプロデューサーといっても実際の仕事内容は何でも屋で、リサーチ、コンタクト、インタビューに応じてもらうまで何度も足を運んで交渉したこともあります。センシティブなテーマですので、信頼関係がないと本当のことは話してもらえません。犠牲者の家族と時間をかけてインタビューにこぎつけても、当日になって断られたケースもありました」。

 こうして、山本さんとドキュメンタリー映画『The Exhibition』との毎日が続いた。

 

閉ざされた声を世界へ

 ピクトンにフォーカスすることはせず、パメラ・マシックのプロジェクトを通してダウンタウン・イーストサイドに光をあて、アートを通して世論を動かし世界を変えることはできるのか、事件の背景と事実を脚色なく淡々と描いていく。

 なぜ彼女たちがピクトンのターゲットになったのか、彼女たちが薬物や売春に走った背景には、幼いときに受けた性的虐待、人種差別、貧困などさまざまな要因がある。どれも非常に重いテーマだった。調停を聞きに裁判所へも通った。「胸をわしづかみにされるような話をたくさん聞きました」。

 犠牲者の家族やアクティビストの中には、パメラがこの事件の話題性を利用しているのではという不信感を持つ人もいて、プロテストもあった。その中のひとりがラジオでパワフルな発言をしていたのを聞いてすぐに飛んで行き、もう一度カメラの前で話してほしいと懇願したこともあった。

 深く追うほど次々と明らかになる想像を超えた事実に人間不信に陥りそうで、何度も途中で辞めたいと思った。それでも続けてこられたのは、映画を通して行方不明の女性たちの閉ざされた声を世界に届けたかったからだ。センセーショナルなものを作るのが目的ではなく、パメラが「作品を観て、人に考えてもらいたい」という公平な姿勢を取ろうと努力していたのと同じように。

 

 

ドキュメンタリー映画『The Exhibition』の中に出てくるパメラ・マシックの作品(写真提供:山本美穂さん) 

 

 

ドキュメンタリーへの熱意

 2004年にカナダに来て、バンクーバー・フィルム・スクール(VFS)で1年間の映画製作カリキュラムを終了。インディペンデント映画でキャリアを積んだ後、2007年から映画組合に入った。

 『The Exhibition』の製作は、フルタイムでテレビ番組制作の仕事をする合い間の週末や夜に、自費で行う作業だった。テキサスまで行ってインタビューしたこともあった。

 ヴィナーリ監督とともにカメラを回した全300時間近い映像を、90分に縮める編集作業。サウンド・デザインを依頼し音楽を入れ、完成までに6年の歳月を経た。  「この作品が完成したとき、あるものを出し尽くした。精根尽くしたと感じました」。

 『The Exhibition』は2012年に完成し、2013年にトロントで行われた北米最大のドキュメンタリー映画祭『Hot Docs』でワールドプレミア上映されたあと、さまざまな映画祭を経て、スーパーチャンネルで1年半放送された。

 

歩むべき道を歩んできた

 『The Exhibition』がエミー賞にノミネートされ、昨年11月、受賞発表式出席のため訪れたニューヨークで、2001年同時多発テロの跡地に立った。以前ここに来たときは、ワールド・トレードセンターがあったところだ。

 「メモリアル・サイトにはふたつの大きな穴があいていて、それを見て心が張り裂けそうになりました。でもそこにきれいな滝が作られていて、穴に落ちる水とそれを囲む大理石に刻み込まれた犠牲者の名前に照明が当てられ、幻想的な慰霊碑になっていたことがとても印象的でした」。

 山本さんがフィルムメーカーを目指したきっかけに、この大きな事件があった。「事件当日にラジオの生放送の仕事をしていて、次々と入ってくるニュースを選別しながら、同じ事件でもいろいろな視点や捉え方があり、ラジオやテレビでは時間の関係で報道できる内容に限界があることを感じていました。そんなとき、好きな映画を通してさらに深く何かを伝えられないかと思ったのです」。

 カナダに来て10年。「エミー賞という想像以上に大きな賞をいただき、クリエイティブなエネルギーをもらいました」。

 ニューヨークのメモリアル・サイトに立ち、「やるべきことはやった。エミー賞の候補者としてニューヨークに戻ってこられたことで、何か大きな力に導かれながら歩むべき道を歩いている」と確信した山本さんは、次の作品に向け、新たな意欲を燃やしている。

 

 

インターナショナル・エミー賞授賞式会場で夫のロスさんと 

 

 

山本美穂さんプロフィール

福岡女学院短大を卒業後、中学校で英語教師として4年勤務。テレビ西日本(福岡)でリポーターの仕事を皮切りに、FM福岡、LOVE FM、FREE WAVEでレギュラー番組を担当。2004年バンクーバー・フィルム・スクールに留学。卒業後はバンクーバーの映画製作現場で仕事をしている。2009年度レオ・アワードでベスト・プロダクション・デザインにノミネートされた。ドキュメンタリー映画『The Exhibition』で2014年度インターナショナル エミー賞受賞。同作品はシアトルのLocal Sights Film Festivalでベスト・スコア賞、レオ・アワードで最優秀監督賞およびサウンド賞、Salem Film Festivalでフロントライン・アワード受賞など数々の賞を受賞。

Independent Magazineからは「2014年に注目すべき10人のフィルムメーカー」の一人に選出された。

The exhibition ホームページ www.theexhibitionmovie.com 

(取材 ルイーズ阿久沢) 


 

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