ハラスメントについて考える

 

パワハラに対する理解不足の日本人?

 ワーキングホリデーでバンクーバーにやってきたA子さんは、将来、永住権が欲しいと考えている。バンクーバーに到着後、早い段階で移民コンサルタントに相談した。「飲食業で9か月以上働いて、サポートをもらうことを勧められたので、仕事探しも飲食業で行い、日本食レストランで働き始めました」。  できるだけ長く頑張ろうと思っていたA子さんだが、「とにかく自尊心を傷つけるような言葉やふるまいが続いて、耐えられなくなって辞めました」という。「怒鳴りつけるのはいつものこと。使う言葉もきついし、ヒステリックでお皿を投げるのを見たこともあります。叩かれそうになったこともあります。トイレに行くにも許可を取らなければいけませんでしたし、それだけでなく、お手洗いを使用するのに『ドアをあけてやりな!』などという侮辱的なことを言われたり…」。  それでも、永住権のために頑張ろうと思っていたが、毎日、罵倒されていると精神的におかしくなりそうだったと、当時を振り返る。「日本では、近年、パワハラが問題となっていて、社会での啓蒙も進んでいます。人権擁護に積極的なカナダで、パワハラが普通に行われているのに驚きました」。  自分に対してだけでなく、ほかのスタッフに対しても同じような態度で、みんなストレスがたまっていると感じたこともあり、A子さんはWork Safe BCに職場の状況を訴えることにした。「飲食業は昔からの徒弟制度的な慣習が残っている場合もあるようです。そのうえ、移民して長い年数が経っている日本人の方は、日本を出たときの価値観をそのまま持っていて、こういう言動はパワハラになる、パワハラはいけないことだ、と理解していない人もいるように感じました」と、指摘する。 (編集部注:上記は、A子さんの体験談に基づいたもので、当紙編集部では事実確認はしておりません)  Work Safe BCでは、A子さんの訴えを受けて「General Inspection(一般調査)」を行った。今後は報告書(Inspection Report)が作成され、雇用者側でOccupational Health and Safety Regulations (OHSR)による規定に準拠していないと、Work Safe BCの職員が判断した場合、迅速に改善することが求められる。

 

パワハラって何?

 日本のニュースなどでよく見かける、パワーハラスメント、あるいはパワハラという言葉。改めて何なのか確認したい。『知恵蔵(2014年版)』では、「職場の権力(パワー)を利用した嫌がらせ」と定義されている。  厚生労働省のウェブサイトでは、パワハラは「職権などのパワーを背景にして、本来の業務の範疇を超えて、継続的に人格と尊厳を侵害する言動を行い、就業者の働く関係を悪化させ、あるいは雇用不安を与えることをいいます。うつ病などのメンタルヘルス不調の原因となることもあります」とある。暴行だけでなく、暴言、仲間はずれ、無視、仕事の妨害、私的なことに過度に立ち入ることも含まれている。セクハラもパワハラの1種と考えられている。  日本では社会問題化していて、4月末にもパワハラを受けた福島県警の警部と警視が相次いで自殺、上司は、懲戒処分を受けている。政府広報、厚生労働省をはじめ地方自治体でもパワハラ撲滅のための啓蒙ウェブページを用意するなど、「パワハラはいけないこと」という認識は広がっている。  パワハラはPower Harassmentで英語だと考えがちだが、実は和製英語で、カナダでPower Harassmentと言っても通じない。職場のいじめとして「bullying」や「harassment」といったことばが用いられる。

BC州の非営利団体Peoples Law Schoolによる資料によるパワハラの例:   

・怒鳴る、侮辱する、そのほか労働者が恐怖心を抱くような何らかの方法を用いる   

・悪い噂、真実ではない噂を広げる 

・侮辱するような冗談をいう   

・話をすることを拒否する 

・継続的に非難する   

・必要な情報を与えない 

・侮辱的な業務をさせる   

・適切な仕事の妨害を行う 

・不可能な締切を押し付ける

 

パワハラを受けたらどうする?

 次に、パワハラを受けたときにどうすればよいかだ。冒頭のA子さんはWork Safe BCに報告しているが、大きな企業に勤めている場合は、組合や人事部に訴えることも可能だろう。インターンシップや人材紹介会社のように、何らかの機関、団体を通して仕事を紹介されたなら、紹介元に被害を報告することもできる。英語で相談、報告するのが難しいなど、言葉の問題があるという場合は、総領事館や隣組なども相談を受け付けてくれる。  在バンクーバー日本国総領事館の富義之領事は「当館で常にお話しているのは、『一人で悩まないで』ということです」と呼びかける。「代表番号に電話をいただければ、担当者におつなぎします。そこで、一緒に解決に向けて考えていきます」  隣組のMarikoさんは、「どう対処したいかにもよると思います。ただ話を聞いてほしいという場合もありますし、パワハラによりトラウマを受けているという場合は医療機関を紹介することになります。あるいは訴えたいというケースなどと、ご紹介する先も変わってきます」と話す。「また、BC州労働基準管理局のウェブサイトには日本語のページもありますので参考にしてください」。  直接、Work Safe BC(健康的で安全な職場を促進する公的機関)、 Bully Free BC(さまざまなハラスメントに対応する州の非営利団体)、BC 州労働基準管理局、BC Human Rights Coalition(人権に関する非営利団体)に相談するか、法的手段を求めるなら弁護士に相談することも考えられる。弁護士費用の捻出が難しい場合は、MOSAICや、Access ProBono、UBC Legal Clinicも利用できる。  たとえばMOSAICでは、Temporary Foreign Worker(一時外国人労働者)向けに30分の無料の法律相談が利用できる。また、1720 Grant StreetにあるMOSAICでは、Drop in Centre for Temporary Foreign Workersが毎週月曜日午後7時から9時までオープンしている。  叩かれたり、叩かれそうになったというのは、Assault(暴行)とみなされることもある。つまり、暴行を受けたとして通報することも可能かもしれない。さらに、暴言などが、労働者の年齢、性別、宗教などに関するものの場合は、BC Human Rights Tribunalも対応している。

 

書面での契約書・詳細な記録が重要

 隣組のMarikoさんは書面での契約書の重要性についても強調する。「勤務時間、残業の扱いをはじめとする雇用条件について、できるだけあらかじめ書面で確認して、それを保管しておいてください」。Job Descriptionがあれば、パワハラで契約内容と異なる業務を押し付けられたときに、苦情を申し立てることもできる。休憩時間などの取決めについても同様だ。  もうひとつ大切なことは、ハラスメントなどがあったときに、その内容を書き留めておくことだ。Work Safe BCのウェブサイトにはテンプレートもあり、そこにはハラスメントがあった日時、場所、パワハラとなる言動に関わった人、目撃していた人、何を言われた、あるいは何をされたかといった内容を記入するようになっている。言葉の場合、どういう口調であったかを書いておくのもいい。テンプレートを使うのが面倒なら ・○月○日夕方 以前からこの日は歯医者に行くので定時にあがりたいと言っていたのに、急に残業を求められる。予定があることを言うと、「それなら辞めろ!」と怒鳴られた。同じ部署の人たち目撃。 ・○月○日夕方 10日連続で残業、休日出勤だったので、本来の休日の今日は休ませてほしいと言ったら、「やる気がない人間は必要ない」と言われた。(部署の人全員の目前) というようにメモ書きでもよい。あるいはICレコーダーを利用することもいいだろう。継続的に暴言などがあったことが、パワハラの認定にも必要なので、できるだけ書きとめておこう。

  

パワハラのない職場を目指す

 A子さんは「私たちのような日本人労働者は日系企業で仕事をすることが多くなります。バンクーバーの日系社会は小さくて、騒ぎを大きくすると、次の仕事を見つけづらくなるかもしれないと心配してしまいます。やはり我慢ができずに、カナダの公的機関に報告しようと思っても、今度は言葉の問題がある人が多いようです」という。「そのためか、日本人の上司や雇用者が、治外法権にでもいるように、パワハラ行為を平気で続けているように感じます」。  パワハラが行われているという立証は、小規模な日系の職場のように日本語環境では難しいこともあるかもしれないものの、カナダでも許されるものではない。パワハラがあるような職場は健全ではなく、必ずマイナス影響を及ぼす。パワハラを受ける人だけでなく、周囲の人の生産性や意欲が低下するというのはよく知られていることだ。マネージメント、もしくはスタッフを使うような立場にある人は、自分の普段のふるまいや行為がパワハラではないか、定期的に見直すことも必要ではないだろうか。

 

 

各機関問い合わせ先:

総領事館 Tel 604-684-5868  

隣組 Tel 604-687-2172

MOSAIC Tel 604-254-9626

Access Pro bono Tel 604-878-7400

UBC Legal Clinic Tel 604-822-5791 

BC Human Rights Tribunal Tel 604-775-2000

(取材 西川桂子)


 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。