ガスタウン Gastown 

 〜バンクーバーの生まれた場所〜

ウォーターフロントステーションから少し歩くと、バンクーバーで最も古いエリア、ガスタウンがある。ダウンタウンといえば、ロブソンストリートを中心としたファッションストリートや流行のレストランが並ぶイエールタウンなどもあるが、ガスタウンはバンクーバーの起源である。

 

ジョン・デイトンの像 

 

ガスタウンの始まりと今

 1867年9月、ジョン・デイトンはウィスキー樽と共にガスタウンに上陸した。お喋りジャック(Gassy Jack)と呼ばれるほどの話好きでもあった彼は、製造所で働く労働者に「もし君たちが僕のために酒場を建ててくれればこのウィスキーを飲ませよう」と約束。またたく間に彼の酒場は完成。これがガスタウンの始まりである。1886年、ガスタウンはバンクーバー市として設立されるが、同年の6月13日に大火事に見舞われ2棟の建物を残し町は全焼してしまった。  ガスタウンにある多くのオフィスビルや倉庫は、ゴールドラッシュによって得たお金で建てられた。商人だったケリー・ダグラスの会社は、貿易業で成功し、1905年に5階建ての建物をウォーターストリート沿いに建てた。1911年から1914年の間に、現在の姿のビルへと改築を行い、成長するバンクーバーの経済の象徴とされた。建物は、古代のギリシャ神殿などに見られる、調和が取れた3面の外観が特徴的だ。内装は、ガスタウンに数ある倉庫ビルと同じ作りとなっている。骨組みは、鉄ではなくスギの木が使われている。現在は、レストランや商業施設が入っており、ガスタウンに訪れる人が最初に目にする建物である。  ガスタウンの中でも、特に観光客でにぎわう蒸気時計 (Steam Clock) は、1977年に製作された。この蒸気時計は、ダウンタウンのセントラルヒーティングシステムの蒸気を使って動かしている。小さな3つの電気モーターが内蔵されており、時計内部のシステムは、1875年代のイギリスのデザインを取り入れている。思ったよりも新しいと感じるならば、それは時計を製作したレイ・サンダースの想いが伝わっている証拠だ。レイ・サンダースは、あえて100年前に作られた時計に見えるように、訪れる多くの人に100年ほどの歴史を持つ場所として認識されるように意図したとされる。地元のビジネスコミュニティーからの資金により町の復興の象徴として作られた蒸気時計だが、現在、運営と管理は、バンクーバー市が行なっている。この蒸気時計は、レイ・サンダースが初めて作った時計であり、「私自身何をやっているのか分からなかった。しかし、完成すると美しく、今日この蒸気時計は有名になっていることは、とても誇らしいことである」と述べている。彼は、この後に世界のさまざまな所で時計を製作した。北海道小樽市にある蒸気時計も彼の作品の一つである。

 

 

観光客をひきつける蒸気時計 

 

ウォーターストリートとコルドヴァストリート

 ウォーターストリート(Water Street)は、ガスタウンを横切る大きな道路で、さまざまなレストランやショップで賑わうガスタウンを代表する道だ。初めは、フロントストリート(Front Street)と呼ばれていた。フロントストリートは、バンクーバー市で初めて道路につけられた名前でもある。その後、海辺に面して通っている道路ということからウォーターストリートと名前が変わった。  ウォーターストリートと平行に位置するコルドヴァストリートは、幾度となく名前を変えてきた。始めは、ウィロウストリート(Willow Street)と名づけられた。その後、二人目のバンクーバー市長のデヴィット・オッペンハイマーの名前を取って、オッペンハイマーストリート(Oppenheimer Street)となった。さらに、スパニッシュ系の探検家、ドン・アントニオ・コルドヴァから取って、コルドヴァストリートと改名された。  蒸気時計を過ぎウォーターストリートをさらに奥に歩いていくと、ブリックの建物に挟まれた近代的な外見を持つ、ガラス張りの建物が現れる。ここは、「John Fluevog」という靴屋。ガスタウンにあるほとんどは、古い歴史的な建物が多いが、それらとは正反対の近代的建築だ。1970年にJohn FluevogとPeter Foxが、共同で靴屋をオープン。1970年から1982年の間にガスタウンに第一号店を出した。各地で店舗を増やし、2000年を過ぎた頃、ガスタウンにフラッグシップの店を再度オープンさせた。この建物は、前面がガラスで構成されており、店内に入ると天井からの日の光が、展示された美しい靴を照らしている。2階からはノースバンクーバーやフロームマウンテンなどの美しい景色を望めるが、現在はアトリエとなり、一般の立ち入りは禁止されている。  向い側には、白い壁に2階部分の窓が丸く突起した、可愛らしい建物がある。1階にある「LITCHFIELD」では、「How We Live」をスローガンに日常の生活を豊かに彩る雑貨を扱っている。幅広く使える日用品の数々は、オーナーのジョナサン・リッチフィールドが選び抜いた品ばかり。彼が日本好きと言うことで、日本の職人や企業が製作した、シンプルで使い勝手の良い道具なども取り扱っている。5月には、店舗のショーウィンドーに鯉のぼりが飾られていた。  ウォーターストリートをさらに奥へ進むと、灰色の「Water Street Garage」と書かれた建物が現れる。中には吹き抜けになった開放的な広場がある。1階の広場には、さまざまな日本酒を取り揃えている日本食レストラン「SHIRAKAWA」、バンクーバーでは珍しいセレクトショップ「NEIGHBOUR」、カジュアルフレンチのレストラン「L’ABATTOIR」が入っている。さらに進むと、メープルツリー広場につながる出口があるのだが、その付近の壁には「GAOLER’S MEWS」と書かれたプレートがある。実は、ここはバンクーバー初の刑務所があった場所である。1886年のバンクーバーの大火事で燃えてしまったが、その後は消防署として立て直され、さらにその後は駐車場として使われた。

 

「Hotel Europe」

 

メイプルツリー広場からの入り口

 

 メープルツリー広場に出ると、パウエルストリートとアレキサンダーストリートが交差する中心に、三角形の個性的な建物がある。1909年に建てられたこの建物は、「Hotel Europe」というホテルで、イタリア人のアンジェロ・カロリが経営していた。パウエルストリートからの入り口付近には彼の名前がいまも残されている。現在、ホテルは、当時の姿から一新され、バンクーバー初の鉄筋コンクリートでレンガの装飾とヨーロッパのクラシックな建築を彷彿させる軒の装飾が美しい。  ガスタウンは、バンクーバーの始まりの町であり、未だに当時の面影を残している。昼間は、観光客で賑わい、夜には多くのナイトクラブやバー、レストランなどでにぎわう。さまざまな歴史と共に姿を変化させてきたガスタウンは、今も流行の発信地だと言えるだろう。

 

 

近代的建築が目を引く「John Fluevog」

 

(取材 仲野琢杜)


 

 

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