「赤毛のアン」の世界を堪能

 

プリンスエドワード島と聞いて、何を思い浮かべるだろう。私がバンクーバーに住んでいた頃は「『赤毛のアン』以外に何かあるの?」と答えていたと思う。それ以外に何があるのかを想像することもなかったが、幼い頃に読んだ「赤毛のアン」の中でアンが言った「世界で一番美しい島」ということは頭の片隅にあったし、写真集で見た美しさも心の片隅に残っていた。ひと夏をプリンスエドワード島で過ごしてみようとバンクーバーから軽い気持ちで来て以来、ひと夏どころか、それから8年が瞬く間に過ぎてしまった。この島に来たら誰もが魅せられてしまう。そんな不思議な力を持つこのプリンスエドワード島をその魅力にとりつかれてしまった私が紹介していこう。

 

「赤毛のアン」の舞台、グリーンゲイブルス 

 

 NHKの朝の連ドラ「花子とアン」のおかげで、私の住んでいるキャベンディッシュでは毎日のように日本人観光客とすれ違う。ここは、「赤毛のアン」の舞台アボンリーのモデルになった村だ。作者のルーシー・モード・モンゴメリが育った場所であり、ここで「赤毛のアン」の小説が生まれた。

 1908年に出版された「赤毛のアン」は瞬く間に世界でベストセラー小説になり、今でも多くの女性に愛され読まれ続けている。孤児院からやってきた痩せっぽちの赤毛の女の子が多くの失敗を繰り返しながら、それでも周りの人間に愛され、やがて大人の女性として成長していくというのが大筋の話だ。この本を読んだ多くの女性がアンとともに、笑い、悲しみ、共感し、またマシューの優しさに心を打たれ、自分の理想のギルバート像を作り、プリンスエドワード島に想いを馳せたであろう。ちなみに「赤毛のアン」ファンは自分の夫や彼など、パートナーのことを「うちのギルバート」と呼ぶ。相手が「あなたのギルバート」と言ったら自分のパートナーのことを指していると思わなければいけない。これは世界共通のようだ。実はお隣に住んでいる「赤毛のアン」好きの奥様の犬の名前がギルバートなのだが、話すときは「おたくのギルバート」と言ったらややこしいことになるので隣の住人に対して使うことはいまだに無いし、これからも使わないだろう。

 

 

「輝く湖水」のモデルとなった湖 

 

 さて、話が横道にそれたが、キャベンディッシュには多くの「赤毛のアン」関連の施設がある。

 まずはグリーンゲイブルス、物語を元に作ったと思われがちだが、実際に農家として使われていた場所であり、作者モンゴメリの育ての親である母方の祖父のいとこの老兄妹が住んでいた。このグリーンゲイブルスに養女としてやってきたのが、親をなくしたマートルという親戚の少女。「赤毛のアン」の設定とよく似ている。モンゴメリはここから発想を得たに違いない。このグリーンゲイブルスハウスの近くにLover’s Lane「恋人の小径」、Haunted Wood「お化けの森」の二つのトレイルがある。「恋人の小径」に一歩足を踏み入れると小川のせせらぎに、鳥のさえずり、風に揺れる木々のそよぎなど、時間が止まったように感じる。

 赤毛のアン」が物語と分かっていてもアンの姿を感じることができる場所だ。「お化けの森」に向かうと、名前のとおり昼間でも薄暗い。もし、「お化けの森」という名前でなかったら、森林浴ができる素晴らしいトレイルとして散歩に使っただろうが、夕方以降は一人で歩くことを躊躇してしまう。モンゴメリは親戚の家に向かうこの道を何度歩いたことだろうか。小さな頃は「お化けの森」といって怖がっていただろうが、大人になってからはこの静かな森の中を一人自由に空想にふけりながら歩いたことだろう。「お化けの森」を歩き続け、13号線を渡るとモンゴメリの住んでいた家の跡地Cavendish Homeにたどり着く。彼女の住んでいた家はすでに取り壊され、残っているのはかつての地下倉庫の面影を残す石組み部分のみ。家のあったところを背にして反対を見ると野原が広がっている。当時彼女の家の南側には台所があり、そこで赤毛のアンを執筆していた。この景色を見ながら思いつくままに物語を書いていた若い女性の姿が見えるようだ。今も昔と変わらない景色がそこには広がっている。

 

グリーンゲイブルス郵便局

 

アボンリーの町並み

 

 Cavendish Homeから小さな森を抜けていくと、かつて彼女が通ったキャベンディッシュ合同教会、そしてその隣にはグリーンゲイブルス郵便局がある。夏の間だけオープンするこの郵便局は、ここから手紙を出すとアンの消印がつくことで人気がある。PEIを訪れた記念にここから葉書を出してみたらいかがであろう。その郵便局から見える信号がキャベンディッシュ村にある唯一の信号で、そこにモンゴメリが眠るキャベンディッシュ共同墓地がある。モンゴメリだけでなく、23歳の若さでなくなった彼女の母親や育ての親である祖父母のお墓もある。大好きなものに囲まれて眠りたいという彼女の遺言どおり、トロントで亡くなった後この場所に埋葬された。グリーンゲイブルス、かつての自宅、散歩で歩いた海岸、輝く湖水のモデルになった湖など、これらを線で結んだ円の中に彼女のお墓がある。

 その足で海に向かう。途中、レイチェル・リンド夫人宅のモデルになった家を通り過ぎ5分ほど歩くとセントローレンス湾が広がる。この場所は1937年に、「赤毛のアン」の世界を取り戻すために国立公園に制定された。それまでは畑だらけのきれいに開墾された土地だったそうだ。

 

 

モンゴメリが眠るキャベンディッシュ共同墓地

 

 キャベンディッシュには「赤毛のアン」のテーマパーク「Avonlea Village」がある。ここに行けば一日中、アンの世界を楽しめるだろう。アンやギルバート、その仲間達が村のあちこちに出没し、物語の中から抜粋された寸劇を間近で見ることができる。それも観客として見ているのではなく、彼らの起こす騒ぎを村の一員として見ているような気にさせてくれるのだ。朝のオープンと同時に始まるのがアンとマシューの出会いとなったブライトリバー駅での寸劇だ。もしかしたらアンから「あなたはカスバートさんですか?」と声をかけられるかもしれないので、心の準備をしておいた方がいいだろう。

 

「恋人の小径」Lover’s Lane

 

 さて、この他にもキャベンディッシュからは離れるがモンゴメリの生家、やはり「赤毛のアン」の中に出てくる「輝く湖水」のモデルになった湖がある、グリーンゲイブルス博物館などが「赤毛のアン」関連のお勧めの場所だ。

 もし、この島に足を運んでみようと思われた方は、ぜひ「赤毛のアン」を読んでいただきたい。そして、こちらでは誰もいない朝の「恋人の小径」を歩いたり、キャベンディッシュ・ビーチからの素晴らしい日没、夜は天の川や満天の星が見られるキャベンディッシュに少なくとも2泊はしていただきたい。そして、ご自宅に戻ったときにもう一度「赤毛のアン」を読んでいただきたい。そうすれば「赤毛のアン」の世界だけでなく、プリンスエドワード島の美しい景色があなたの心の中にいきいきとよみがえるだろう。

 今回は「赤毛のアン」を中心に紹介したが、次回は実はアンだけはないお勧めのプリンスエドワード島を紹介したいと思う。  

 

四ノ宮嘉代さん

  

四ノ宮嘉代

プリンスエドワード島在住。

B&B「Cavendish Breeze Inn」経営

Cavendish Breeze Inn

www.cavendishbreezeinn.com

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1-866-963-3385

 

(文・写真 四ノ宮嘉代)


 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。