“サムライ野球”は、世代を超えて
いま、日本でコミック誌に連載されたり、テレビで紹介されるなど、注目を集めるカナダの日系人野球チーム「バンクーバー朝日軍」。1914年~1941年にかけて大活躍したチームのホームグラウンドが、バンクーバー・ダウンタウン、イーストサイドのオッペンハイマー・パークであった。
そのチームで1939年~1941年まで名サードとして活躍したケイ・上西(カミニシ)さん(90歳)も記念試合に特別参加。始球式で見事ストライク。バッティングも鋭いスイングで観客を沸かせた。
NAVコーラスによる「O CANADA」の国歌斉唱があり、プレーボール。3試合が行われ、ブルーチームが優勝した。
グリーンチームには、最年少参加のジョセフ・孝ノ助君(11歳)が、ファーストやレフトを守り、バッティングでも大活躍。サウスバンクーバー・リトルリーグの2012年のBC州チャンピオンに輝くチームでピッチャーとファーストをやっている選手。さすがにグラブやバットさばきは見事なもの。この「バンクーバー朝日軍」の記念試合には、3回目の参加となり、ケイ・上西氏と親しく話す間柄。“サムライ野球”の精神が、世代を超えて受け継がれて大きく成長するのが楽しみだ。
“サムライ野球”と称されるゆえんは、当時、審判のあからさまな差別判定に対し、かたくななまでに武士道=フェアプレイの精神で立ち向かったチームの心意気が観客に伝わり、多くの声援を得るようになったことによる。
こうした当時の「バンクーバー朝日軍」をはじめ、日系人の歴史の写真や資料を丁寧に集め、整理した人が、かつて日系センター・博物館の学芸員だった英子・トムソンさん。日系人に限らず、さまざまな人々が、『Asahi』のロゴ入りTシャツを着て楽しむ姿をバックネット裏の観客席から感慨深げに見つめていた。

“サムライ野球”が生まれたこのグラウンドももうすぐ生まれ変わる
7回目の今回の記念試合もまるでお祭り騒ぎの盛り上がりよう。参加者同士の多くは初対面だが、一丸となってゲームに熱中していた。木陰の芝生の上に寝っ転がりながらの観戦もオッペンハイマー・パークならではの光景だ。
現在、改修工事が進むオッペンハイマー・パーク。野球だけではなく、多彩なスポーツを楽しめる場所に生まれ変わろうといている。その際、「バンクーバー朝日軍」記念プレートが設置され、業績が永遠にたたえられるという。

 

(取材 笹川 守)

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