2019年5月2日 第18号
切手デザインが現れた瞬間、会場から感嘆の声が上がった。4月24日、カナダポストがバンクーバー朝日をデザインした記念切手の発行に合わせ、ブリティッシュ・コロンビア州バーナビー市にある日系文化センター・博物館で切手デザインの除幕式が行われた。会場には元朝日選手として活躍した上西ケイ氏も参加。自身が写っている朝日の集合写真がデザインとなっている切手を前に大きな笑顔を見せた。会場に集まった関係者は巨大なバンクーバー朝日の切手デザインを思い思いにカメラに収めていた。
バンクーバー朝日の切手デザイン除幕式。左側前から、マツモト氏、ファイ氏、ディプロック氏。右側前から、上西氏、カジワラ氏、ビーチ議員
上西氏「光栄に思っています」
あいさつした上西氏は何度も感謝の言葉を述べた。この記念切手発行が「バンクーバーの朝日を歴史の1ページに残してくれる」と喜んだ。
「非常に光栄に思っています。朝日が昔からフェアプレーとスポーツマンシップでずっとやってきたので、こういう記念の切手まで出していただけることになったと思いますね」と笑った。それが朝日選手たちにとっての、朝日ファンにとっての、誇りだった。
戦前の差別社会の中にあってバンクーバー朝日の活躍は日系人にとって一筋の光であり、野球を越えたものがあった。野球が人種の壁を破り、架け橋となった。この日あいさつした関係者が一様に朝日をそう表現した。
カナダ野球殿堂入りした2003年、BCスポーツ殿堂入りをした2005年以降、野球界、スポーツ界でその存在を知られるようになった。そして今年、朝日の初優勝から100年、朝日はカナダの歴史の1ページとしてカナダ国民の記憶に刻まれることになった。
祖父が教えてくれた 「ドロップボール」
朝日関係者が多く集まったこの日の除幕式。それぞれに思い出話は尽きなかった。全カナダ日系人協会(NAJC)会長ロレーン・オイカワ氏は祖父土井健一氏が元朝日の投手だった。子供の頃、祖父から「ドロップボール」といわれる投球方法を教わった思い出を話した。「私の小さい手にはうまくボールが握れなくて」と笑い、当時はボールがベース前でストンと落ちるのを見て「魔法だと思った」と語った。
ヘリテージ・ミニッツでバンクーバー朝日が紹介されるビデオでは自身もエキストラとして出演。1940年代の衣装を身にまとって「朝日の野球」を見て応援する場面は、「まるでその当時に行ってきたような感覚で、祖父の野球をより身近に感じた不思議な体験だった」と語った。ヘリテージ・ミニッツに続き、カナダポストの記念切手発行が実現し、「非常にうれしく思っています。これにより多くの人に朝日、そして日系の歴史に関心を持ってもらうとてもいい機会になると思う。日系の歴史はカナダの歴史の重要な1ページ」と語った。
元日系博物館キュレーターで後藤紀夫氏著書「伝説の野球ティーム・バンクーバー朝日物語」(岩波書店:2010年)の英語訳出版に貢献したグレース・エイコ・トムソン氏は、まずパット・アダチ氏の名前をあげた。彼女が編纂した「Asahi:A Legend in Baseball」(1992年)がなければ現在、朝日がこれほどまで知られることはなかったと思うと振り返った。
朝日は大人気の野球チームだったが、その時代背景には差別があった。朝日も日系人排斥も「日系カナダ人の歴史ではなくてカナダの歴史」と自身も強制収容された経験を持つトムソン氏。今回の記念切手発行で朝日をきっかけに日系カナダ人の歴史が伝わっていくことが重要と語り、昨年の日系人強制収容75周年記念表示プロジェクトや今回の切手発行などで、「いろいろな人が関心を持ち始めたことがすごくうれしい」と語った。
日本から参加 「一期一会に感謝」
日本から後藤紀夫氏と元朝日選手中西憲氏の甥中西輝夫氏も式典に駆け付けた。会場では引っ張りだこだった2人。「本当に来て良かった」と笑顔を見せた。
後藤氏の、長距離バスの中でたまたま乗り合わせた上西氏と出会い、本の出版にまで至った話はよく知られている。「人間一期一会って言いますけど、ほんとにそれですね」と笑う。「私にとってはリタイアのあと完全に人生が変わりました」とうれしそうに笑った。
中西氏はおじがプレーしているところを上西氏が子供の頃「よく見ていた」と聞いたという。「そういうことを聞くとすごくうれしいですよね。だから上西さんは今僕のおじのプレーを知っている地球上にいる唯一の人なんですよ」と少し興奮気味に話した。上西氏も、「中西さんのお父さんの兄弟がね、ピッチしとったの」と覚えていた。これも朝日がつなぐ縁だ。
中西氏は記念切手発行で「日本の人やカナダの人に知られることになってうれしいと思っています」と語った。横浜の海外移住資料館に切手の展示を計画しているという。後藤氏は、これをきっかけに日系カナダ人の歴史ももっと知られるようになればいいと語り、朝日の意志を継ぐ新朝日にも期待したいと語った。
バンクーバー朝日記念切手デザイン除幕式
この日は会場に朝日関係者、日系コミュニティ、野球関係者など約300人が集まった。カナダポストによると、切手のデザインは1940年のチーム写真という。上西氏がチームにいた時の写真で、本人は後列左から2番目。
この日は、カナダポストから司会を務めたバンクーバー出身日系3世のダグ・マツモト氏とレン・ディプロック氏、日系博物館ディレクター・キュレーターのシェリー・カジワラ氏、連邦自由党バーナビー・ノース-シーモア選挙区テリー・ビーチ議員、カナダ野球殿堂からロブ・ファイ氏、そして羽鳥隆在バンクーバー日本国総領事が出席した。
映画「バンクーバーの朝日」を観賞したという羽鳥総領事は「朝日はカナダの人と日本の移民の皆さんとの心の交流をつなぐ役割をしていたのではないかと思います」と語り、それは今でも変わらないのではないかと言う。「日・バンクーバー関係に貢献してきた、素晴らしいチームだと思います。いつまでも上西さんには長生きして、お元気でいていただきたいと思います」と語った。
バンクーバー朝日デザイン記念切手
カナダポストは4月25日バンクーバー朝日デザイン記念切手を発行。同日から全国のカナダポストおよびオンラインで購入できる。切手は10枚一組で9ドル、記念封筒1枚1.90ドルで販売されている。 https://www.canadapost.ca/cpc/en/personal.page
ヘリテージ・ミニッツはこちらから。
https://www.historicacanada.ca/content/heritage-minutes/vancouver-asahi
(取材 三島直美)
元朝日選手ケイ上西氏。指さしているのは朝日選手時代の自分自身
オイカワ氏(左)胸にBCスポーツ殿堂から祖父土井健一氏に贈られた記念メダルをつけて、上西氏と一緒に
新朝日チーム、上西氏(中央右)と日系3世アメリカ人俳優ジョージ・タケイ氏(中央左)を囲んで
上西氏(左)と羽鳥隆バンクーバー総領事
カナダポストが4月25日から発売した記念切手と封筒(Photo Courtesy of Canada Post)
日本から駆け付けた後藤氏(左)、中西氏(右)、上西氏(中央)と一緒に
朝日の帽子を被ったUBC小野学長(左)とUBC野球部ディレクターのマッケイグ氏、レセプションで。8月にはUBCと東大・慶大野球部のトーナメントが開催される