2019年5月2日 第18号

第二次世界大戦中の外交官・杉原千畝に関する資料館が、今年3月、東京に開館した。杉原は、1940年夏、リトアニアで、ナチス・ドイツの迫害から逃れようとするユダヤ系を主とする避難民に、政府からの訓令にもかかわらず、日本通過ビザを発給。多くの命を救った。ビザ受給者の中には日本を経てカナダに着いた人々もいた。太平洋を渡った「杉原ビザ」のうち一枚が、78年ぶりに日本に里帰り。同館で展示されることになった。

 

杉原千畝(バンクーバー・ホロコースト教育センター提供)

 

■ヒューマニズムを伝える資料館

 「杉原千畝Sempo Museum」を運営するのは、NPO「杉原千畝命のビザ」(杉原千弘理事長)。杉原の人道博愛主義の継承、「命の大切さ」「平和の尊さ」を掲げた社会貢献を目的に2001年8月に設立された。2011年から本格的に活動を開始。以来、日本と海外での講演、ホロコースト関連行事への積極的な参加など、着実な歩みを続けている。

 副理事長の杉原まどかさんは、Sempo Museumの創設は「祖父のヒューマニズムを伝えるため、長年の夢だった」と話す。

 館名にSempoと入れたのは、杉原が自身の名前「千畝」を外国人が呼びやすいように音読みで「センポ」と紹介したことにちなんでいる。

 

■初公開の展示

 館内には、杉原千畝の略年譜、2140人の「杉原ビザ」受給者名をアルファベット順に記した大型パネル、杉原の各時代の出来事を紹介する60枚以上の写真パネルなどが並ぶ。

 未公開だった秘蔵写真、杉原の手記、イスラエルやポーランドから杉原に贈られたメダルや勲章の展示は同館ならではのもの。

 開館に至るまでの準備を、杉原まどか副理事長はこう振り返る。「展示用の写真は全て精査し、時代背景やホロコーストに関する記述も各方面の専門家に確認や監修をお願いしました。分からないことは、とにかく調べる。その後で助言をいただく。これをモットーに準備を進めました」

 館内では、新たに制作した杉原千畝に関するビデオが放映されている。「ビデオ制作に関しても、多くの方々からご協力を得ました。開館まで、苦労は多かったですが、たいへんやりがいのある仕事でした」と言う。

 

■「杉原ビザ」への感謝こもった祝辞

 3月19日午後、Sempo Museumで催された開館式には、来賓としてイスラエル、ポーランド、リトアニア、米国、カナダ、オランダなど「杉原ビザ」にまつわる国々の駐日大使や代表らの出席もあり会場は国際色に彩られた。

 「杉原ビザ」受給者の家族としてバンクーバー在住のジョージ・ブルマンさんと弟のボブさんが招かれた。二人の甥マイケル・シュローダーさんと妻モーリーさんも、この開館式にあわせ米国から来日し出席した。

 ブルマンさんの両親ネイサンとスーザンは、戦前、ポーランドのワルシャワで、裕福なユダヤ人家庭に生まれた。1939年9月、ナチス・ドイツのポーランド侵攻で第二次世界大戦が勃発するとリトアニアへ逃亡。杉原から日本通過ビザを受給し、41年7月初旬、バンクーバーに着いた。

 ブルマン夫妻の命を救ったともいえる大切な「杉原ビザ」が、Sempo Museum開館にあたり、NPO「杉原千畝命のビザ」に寄託され、そのレプリカが展示されることになった。ジョージさんからの祝辞には「杉原ビザ」への感謝がこもっていた。

 「危険が降りかかるかもしれないと知りながらもビザ発給を決断したスギハラの勇気。そのビザで私の両親の命が救われた。これは家族にとって大切な歴史。私はその話を聞きながら育ち、私の子供たちに語り、孫たちにも語るつもりです。彼らからさらに先の世代へも語り継がれていくでしょう」

 「スギハラに敬意を表し、私の孫の一人は、アリ・センポ・ブルマンと名付けられました」とジョージさんは述べた。

 

■「杉原ビザ」からの学び

 ボブさんは開館式での感動をこう話す。「チウネ・スギハラは私に、希望・責任・裁量について教えてくれます。希望とは、人間は難しい状況にあっても、正しいと思う行為をし、他者を思いやれること。責任とは、岐路に立った時、他者を助ける選択を行うこと。裁量とは、社会に役立つ決断をすること。これらを発揮したスギハラの信条に思いを馳せることができました」

 杉原まどか副理事長は、Sempo Museum開館の感慨と抱負をこう語る。「一人の決断が多くの命を救った話を風化させてはならない。杉原千畝を知る場所としてたくさんの方々に展示を見に来ていただきたいです。開館からまだ1カ月半ほどですが、国内のみならず海外からも来館者がありました。今後はイベントの企画も考えていきます」

 世界では、難民問題やテロリズムなど、新たな危機が引き続き起こっている。判断や決断を迫られる時、歴史の振り返りが指針となるかもしれない。「杉原千畝Sempo Museum」の役割に期待し発展を見守りたい。

 

// 杉原千畝Sempo Museum //
住所:東京都中央区八重洲2丁目7-9 相模ビル2階
電話:03-6265-1808
開館:水曜〜日曜 午前11時〜午後5時
定休:月・火曜(祝祭日にあたる場合は開館)
交通:JR東京駅 八重洲南口より徒歩5分 東京メトロ銀座線 京橋駅8番出口より徒歩3分
ウェブサイト:http://sempomuseum.com

(取材 高橋 文)

 

開館式にて。左:杉原美智さん・NPO「杉原千畝命のビザ」顧問。右:杉原まどか副理事長(同NPO提供)

 

祝辞を述べるジョージ・ブルマンさん(NPO「杉原千畝命のビザ」提供)

 

左から、モーリーとマイケル・シュローダーさん夫妻、ボブ・ブルマンさん、「杉原ビザ」寄託の感謝状を手にジョージ・ブルマンさん、杉原千弘理事長(NPO「杉原千畝命のビザ」提供)

 

「杉原ビザ」受給者名をアルファベット順に並べたパネル(NPO「杉原千畝命のビザ」提供)

 

杉原千畝の外交官としての仕事を説明するパネル(NPO「杉原千畝命のビザ」提供)

 

読者の皆様へ

これまでバンクーバー新報をご愛読いただき、誠にありがとうございました。新聞発行は2020年4月をもちまして終了致しました。